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小さな英雄

無音のはずの鉱山から、剣戟の音が響き渡る。一体あれからどのぐらい時間が経過したのだろうか。

エティーラの攻撃を受けて気絶していたラドは目を覚ました。


「うっ………どうなった?ウルは、皆は!?」


飛び起きて状況を確認する。ラドを含む四人は、気絶する直前にジエロの槍玉に挙げられたはずだが、所々服こそ切れているものの、目立った外傷はなかった。

自身の状態を把握した後、他の三人の様子を見やる。ウルとセリスの姿は確認出来たが、ジンの姿は見当たらない。もしかすると今鳴り響いている剣戟は、ジンが一人で戦っていると言う事なのだろうか。

だとすれば、そんなに悠長にしている暇はない。すぐさまウルの元に駆け寄って体を抱き起こす。


「ウル、しっかりして!」


名前を呼ぶも、反応はない。ウルは、自身とは違ってかなりの痛手を負っていた。

見ただけでも頬や脚に複数の切り傷があり、そこから流れる血の量がその傷の深さを物語っていた。

ラドはとりあえず簡単な止血処置を施してから、比較的安全な岩陰にウルを運んだ。

その後、セリスの元へと急ぐ。セリスはウルと比べて致命傷を負っている訳ではなかったが、それでも怪我をしている事は確かだ。ウルと同様に応急処置をしてから同じ岩陰へと運んだ。


「ジンさん、どこだ………!?」


剣戟の音を頼りに、ラドは暗闇の鉱山を進んだ。ゆるやかな起伏のある土を踏みしめること二、三分。

ジンとエティーラの姿は案外早く確認出来た。ジンは鬼のような形相で怒涛の攻めを繰り返しており、エティーラは短剣の切っ先をぎりぎりのところで捌いていた。

二人とも一杯一杯なのか、こちらには気付いていない。ラドは援護するタイミングを窺う為に、とりあえず近くの岩陰に身を隠してから覗き見ると、ジンが大声を上げだした。


「ハハハッ!!どうしたよ、ちっとは反撃してみせたらどうだぁ!!?」


「これが貴方の本当の顔なの?」


「はぁ?何訳分かんねえこと言ってんだ!どっちが俺か、だあ!?どっちも俺そのものだよ、ハハッ!!」


一体どう言う事なのだろうか、さっぱり状況が把握出来ない。いつもとは正反対にぶっきらぼうな物言いをするあの少年は、本当にジンなのだろうか?


「ラドクリフといい、貴方達は特異な人間の集まりなのかしら?ナーゲルは趣味が悪いわね。」


「んな事は俺にとっちゃどーでもいいんだよ!!俺はイヴァムを殺す為だけに生きてる!ナーゲルの奴にどんな思惑があるのかは知らねえが、俺は与えられた機会を存分に使って暴れるだけだ!!」


「野蛮ね。」


「テメェもな!澄ました顔してるが、本当は殺しが楽しくてしょうがないって目ぇしてる癖によ!!!」


「否定はしないわ。でも、それはイヴァム様の命令だからよ。他の男の言葉には耳も貸さないわ。」


「イヴァム、イヴァムとうるせえ女だ!その首掻っ捌いてやるよ!!」


舌戦が終わると、再びジンの攻撃が加速する。もはや目では追いきれない体の動きや剣の軌跡は、まさに疾風迅雷の如しであった。

しかしそれらは全て決定打にはならず、一見追い詰めているようにも見えたが、実際は現状を維持する為に必死といった様子であった。

エティーラは相も変わらずその冷静な態度を崩さず、ジンの攻撃を淡々と処理している。

このままではジンの体力が尽きてしまい、次第に形勢が傾くだろう。ラドはジンが稼いでくれている時間を有効に使って対抗する為の策を練る事にした。


エティーラに勝つ方法があるとしたら、やはり先程氷壁を脱出するのに用いた、石灰石と呪符ソーサリーを利用した攻撃が必要となるだろう。

となれば勿論石灰石が必要不可欠となるが、生憎そう都合良く転がっている訳もない上に、ウンブラの書の切れ端の力でエティーラの能力リボルトはあまりにも強力になり過ぎている為、一回無力化した程度では全くの無意味である。故に、完全に無力化させるだけの量が必要であった。

どこからそんな大量の石灰石を採掘するかと考えていた時、ラドはある雑誌の事を思い出した。

ウルから借用した「マップさん」。確かあの雑誌に、この鉱山についての書記があった。

その内容を思い出そうとしている最中、不意に背中に何かが触れる感触があった。驚いて振り向くと、そこには何と先程岩陰に寝かせたはずのセリスがいた。


「セリスさん、どうして………!?」


「ごめんね、もう大丈夫だから。それよりも状況を教えてよラド君。」


無茶はしないで。ラドはそう言いかけたが、その真っ直ぐなセリスの眼差しに、誠実に応える事にした。

ジンの変化や、状況打開の為にラドが考えている事等々。一通りの状況を説明すると、セリスは何やら悲壮な面持ちで口元に手を当てた。


「そう………なんだ。分かったよ、それじゃあ早くその石灰石を探そう。ラド君場所は分かるかな?」


「ちょっと待って下さい。今記憶を辿っている所です。」


神経を集中させて思い返すと、少しずつその片鱗が姿を覗かせる。

やがて完全にその情景と道筋を思い出したラドは、時間も惜しいので早速行動に起こす事にする。


「セリスさん、行きましょう。ジンさんが時間を稼いでくれている今の内に。」


「うん………!」


動きを悟られないよう慎重に回り道をしながら、二人は鉱山の奥を目指した。

セリスは怪我を負っている為か、若干足取りがおぼつかなかった。ラドはその手を取ってセリスの負担にならない程度に足を速める。


「あのさ、ラド君。」


不意にセリスが口を開く。


「どうしましたセリスさん。あっ、すみません痛かったですか?」


「ううん、違うよ。この際だしさ、どうして私が聖典教会リベル・サーンクトゥスに所属しようと思ったのかを話しておきたくて。」


本当はそんな場合ではないのをセリス自身も理解しているはずだが、ラドの知り得ない何かが、セリスの心を突き動かしたのだろう。


「ええ。セリスさんが良ければ、教えて下さい。」


「………ありがとう。」


少し間を置いた後、懐かしむように話し始める。


「私の故郷はね、エディアって言ってセントラルホームからずっとずっと南にある田舎町なんだけど、私の両親はそのエディアにある聖典教会リベル・サーンクトゥスの支部に勤めていたんだ。町で一番の能力者リボルターで、周りから信頼されてて、いつも困っている人を助ける正義の味方だった。」


嬉しそうに語るセリスを眺めれば、両親の存在が自身の誇りである事がよく分かった。


「私もお父さんやお母さんみたいに、人を助けるお仕事がしたい!って、子供の時からずっと能力リボルトの修行してたっけ。それで怪我ばっかりして、毎日のように怒られてたよ。」


直後表情が曇る。続きが容易に想像出来てしまうぐらい、悲しい顔だった。


「………でも、ある日を境にそんな夢のような日常は砂になったんだ。お父さんとお母さんが、死を迎えるという形で。」


ラドは言葉が出なかった。いつも皆に明るく振舞っていたセリスが、両親を亡くしていたなど。


「偶然私が一人家で留守番をしていた時だった。突然町の皆が私の家に押し掛けて来たんだ。どしゃぶりの雨の中を、傘も差さずに。そんなに慌ててどうしたの?って尋ねようとしたけど、分かっちゃったんだ。来てくれた人が全員、泣いてたから。」


「………余程、町の皆さんから愛されていたんですね。」


セリスは小さく首を縦に振ってラドの相槌に反応する。


「死因は溺死。川の氾濫で流された子供を助ける為に飛び込んだはずが、逆に流されちゃってそのまま………。何だかあっけないよね。私のずっと憧れだった英雄は、川に負けたんだ。」


「そんな事は………!」


「ふふっ、分かってるよ。昔じゃ絶対に納得しなかっただろうけど、今なら分かるんだ。能力リボルトが使えて、強いから皆から愛されてたんじゃないって。どんな小さな事にも親身になって、決して困難からも逃げずに必死に足掻いて………そんな一所懸命な姿があったからこそなんだって。」


「セリスさん………。」


「だから私は決めたんだ。私もお父さんやお母さんみたいに、人に愛される人間になるって。誰かの流した涙を拭って、救ってあげられるような英雄に。」


自身に言い聞かせるように放ったその決意は、かつて子供の時に見た両親の大きすぎる影に、少しでも近づこうと懸命に努力するセリスの想いが伝わってきた。

ラドも両親を亡くしている手前、その気持ちをより強く共感した。


「セリスさんの気持ち、よく分かりました。だからこそ言わせてもらいます。」


「うん?」


「無理、しないで下さい。困った時は僕………は頼りにならないかも知れませんが、皆がいます。」


「あはは、そんな事ないって。ラド君も頼りにしてるよ。」


「すみません生意気言っちゃって。」


「いいよ。それよりも、聞いてくれてありがとね。おかげ様で元気出たよ………!」


繋いでいた手を自ら離して一人で歩き出す。もう、足はふらついてはいなかった。


「ぐずぐずしていられないね。早く行こう!」


「はい!」


早歩きから徐々に駆け足になり、最後には全力疾走で起伏のある鉱山を駆け登った。

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