雹のエティーラ
開戦早々、エティーラは小手調べと言わんばかりに氷の柱、雹をラドに向けて放つ。
少々早計とは思ったが、ナーゲルから受け取った呪符がいかほどの物か、試すには丁度良い攻撃であった。
ラドはポケットから障壁の呪符を取り出して、前方へ突き出すと共に念を込める。
すると瞬く間に、巨大な透明の壁がラドの前面に形成され、投擲された雹を打ち消してくれた。その光景に、エティーラは少しだけ眉をひそめる。
「驚いた。貴方は能力が使えないと聞いていたけど、別の防御手段も持ち合わせていたのね。」
「僕だけじゃありませんけどね………!」
「そう。なら、これはどうかしら?」
エティーラの背後から、次々と氷が生成されてはこちらへ向けて飛んでくる。
貴重な呪符を無駄に消耗してしまうのを避ける為移動しかけた矢先、セリスがラドの前へと躍り出た。
「私に任せて、ラド君!」
セリスは気合十分に能力を解放した。空間を指でなぞると、呪符に似た特殊な文字が刻んである剣が現れた。
「さあ、いくよ!水彩剣!!」
セリスが剣を大きく薙ぐと、その衝撃でけたたましい轟音と共に炎が発生した。灼熱の炎が氷を溶かして水へと変え、やがて水蒸気へと昇華させる。
頭の中にイメージした現象を具現化させる水彩。それがセリスの能力であった。
限度はあるが、まさに万能的な力を秘める能力である。欠点としてセリスの手にしている水彩剣を介さなければ行使出来ないこと。さらに行使する条件として、具現化させたイメージが巨大である程、自身が空腹になる。と言う二つの条件をクリアしなければならないが。
昼間にセリスがこの話をした際にラドは、だからあんなに食事を摂取する必要があったのか。と納得した。
「あんまり調子に乗って力を使いすぎないようにね、セリス。」
「もっちろん!さあ、今度はこっちから!」
セリスは大きく踏み込んで、一気にエティーラとの距離をつめる。
エティーラは氷の壁を生成してそれを防ごうとするが、いつの間にか死角に回り込んでいたウルが放った氣弾によって阻まれ、防御を崩した。
その隙にかかさずセリスとジンが水彩剣と短剣を振りかざすが、命中するはずだと確信した二人の攻撃は虚しく空を切り裂き、セリスの剣は地面を叩いた。反対にジンは即座に身を翻して周囲を確認する。
「こっちよ。」
空から響いた声に反応して見上げると、エティーラは氷を土台にして高く跳躍していた。
広範囲に雹の雨を降らしつつ、四人の攻撃が届かない安全地帯へ優雅に着地する。
ウル、ジン、セリスの三人で協力して雨を撃ち落している間に、息つく間も与えない波状攻撃を浴びせてくる。
上空の対処は三人に任せて、ラドは障壁の呪符を用いてエティーラの攻撃を受け止める。
苛烈な攻撃に、使用を躊躇っている余裕はなかった。
しかし、一体どうしてこれ程連続で能力を行使出来るのだろうか。それが分かれば少しは戦いを有利に進められそうなものだが、今度ばかりは調べる暇もない。
「ふふっ、まずまずかしら。では、少し趣向を変えましょうか。」
右手で雹をコントロールしつつ、しゃがみ込んで左手を地面に当てる。
すると、導火線に似た細い氷のレールが作られていく。レールは勢いを増して、がら空きになっているラドの側面へと回り込み、ついには靴前まで到達する。
避けなければと思ったが、今自身が動けば正面の防御がなくなってしまい、氷を処理してくれている三人に攻撃が及んでしまう。
「逃げないのね。貴方、見込みあるわ。」
「敵に褒められても、嬉しくありませんよ………!」
咄嗟に考え方を変えて、ラドは障壁を展開したままエティーラに突っ込んだ。
自身でも無策だとは感じていたものの、無抵抗のまま攻撃されることは避けたかった。
20………10………段々とラドとの距離が近づいているというのに、エティーラは微動だにせず雹を利用した攻撃の手を休めない。
こちらが能力を持っていない事を知っている為、大した攻撃は出来ないであろうと悠長に構えているのか、はたまた罠を用意しているのかは分からなかった。
ラドは後ろから迫るレールに気を配りつつ、手の空いている左手で腰に帯びた電磁ワイヤーを握った。
5mぐらいまで接近したところで、ラドはタイミングを計って呪符を解いてから体勢を低くして、滑り込むように雹をかわしつつ電磁ワイヤーを飛ばした。
しかしと言うか、やはりと言うか、攻撃を中断させる事には成功したが、回避行動を取ったエティーラにあっさりかわされる。続けてもう一度電磁ワイヤーを薙ごうとするが、ラドは周囲の状態を見て愕然とした。
先程まで自身を追尾していたはずの氷のレールは、ラドを中心にして円状になるように脇に逸れていた。
「思い切りは良かったけど、詰めは甘いわねラドクリフ。」
まんまと誘い込まれた。と身を翻すが、エティーラが指を鳴らすとレールから一般家屋より高い氷の柱が突き出してきて周りを囲まれた。
ラドは唇を噛み締めて、迂闊だったと猛省する。これでは三人の様子を窺う事も、エティーラの攻撃に対して防御手段を取る事も叶わない。
「ラド………っ!!」
氷壁の外側からウルの心配そうな声がラドの耳に届く。
剣戟の音が鳴り止んだと言うことは、おそらくもう雨の処理をし終えたのだろう。
「僕は大丈夫!!構わず戦って!!!」
「了解、ラド君!!」
再び外から剣戟の音が響きだした事を確認して、ホッと一息つく。
これでもし、自身を助ける為に必死になるあまり全滅したとあっては目も当てられないからだ。
少しの間エティーラは三人に任せるとして、まずはこの氷壁を何とかしなくてはならない。
とりあえず手で軽く叩いてみるが、普通の氷と大差ないように思える。しかし、これは能力で生み出された氷であり、油断していると痛い目に遭うだろう。
早く何とかしなければ………そう思う所為か、中々この状況を切り抜ける打開策が浮かばない。
障壁の呪符で打ち消せるかどうかも、電磁ワイヤーで砕けるかどうかも試したが、結果は同じ。完全に八方塞がりであった。
「くそっ、どうすれば………!!」
思わずそう叫んだ時、地面に落ちていた白い石に目がいった。
気になって拾い上げると、それは鉱山で採掘された鉱石の一つ、石灰石であった。
石灰石。その石の性質を思い出してピンときたラドは、ポケットから触れた物に能力の源である力素を与える呪符を取り出した。
自身の考えている通りなら上手くいく筈だと信じて、石灰石に呪符を貼り付けて念じ、氷壁に勢いよく押しつけた。
「頼む!!」
結果は、ラドの思惑通りとなった。
凄まじい噴出音と煙が辺りを包んだかと思えば、あっという間に氷壁の一角は蒸気と化した。
突然の事態に、外側で戦っていた全員が戦闘を中断してこちらを見ていた。
「ラド………!」
「ふう、上手くいって良かった………。」
ラドが無事であった事を喜ぶ三人とは反対に、エティーラは信じられないといった様子でラドを見つめていた。
石灰石は水をかけたり、氷に触れさせる事によって化学反応を起こし、一瞬の間ではあるが熱を発生させる力がある。
その性質に加えて、触れた物に力素を与える呪符を合わせる事で、その熱を何十倍にも膨らませて氷を溶かしたのだった。尤も、ラドが予想していた効力よりも遥かに強力だったのだが。
「貴方、一体どうやって?」
「さあ………どうやってでしょうね。」
「生意気な子。」
会話の隙を突いてジンが短剣を振りかざすも、エティーラは氷壁を生成してそれを防ぐ。
「いいでしょう。そろそろ遊びは終わりにしましょうか。」
少し怒りを含んだ口調で、エティーラは懐から文字の書いてある複数の紙切れを取り出した。
「それは………!?」
「イヴァム様から頂戴した、ウンブラの書の切れ端。と言ったら?」
「本体から引き剥がしても効果が持続すると?」
「それは貴方達の目で確かめると良いわ。では、再開しましょう………!」
エティーラの放つ雹が、一瞬にして大地を覆い尽くしラド達の脚を凍りつかせる。先程までとは段違いの効力に、四人は驚きを隠し切れない。あの切れ端は、間違いなくウンブラの書であった。
「どうするの、ジン!?」
「僕に聞かないでくれ!くそっ、動けない………っ!!」
手加減で互角だったと言うのに、奥の手を出されてはこちらに勝ち目は薄い。
ラドは、次の攻撃が来るまでに対抗出来る手段を探していたが、そんな都合良くはいかない。
身動きの取れない四人に対して、エティーラは無慈悲な雹を浴びせた。




