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決戦前

ラド達執行のメンバーは、早朝から大司祭ナーゲルの召集を受けて、大司祭祈祷の間へと集合していた。

相も変わらず何とも言いがたい緊張感が辺りを包み込む中、ナーゲルは壇上に姿を現した。


「皆さん、早朝より集まっていただいた事に感謝します。早速ですが状況をお話します。昨晩、イヴァムからふみが届けられました。尤も、ウンブラの書の力を利用した転移移動でですが。」


「ウンブラの書は、そのような芸当も可能なのですか?でしたら何故イヴァムは、その転移移動を利用して攻撃を仕掛けて来ないのでしょうか?」


ラドの素朴な疑問に、ジンがすっと回答する。


「おそらく書の力の全貌を、イヴァム自身が把握していないからだと思うよ。だから書の性質、リスクやリターンを知る為に日々実験しているんだろう。文の転移は、その成果ってところじゃないかな。」


「良い答えですね、ジン。私も憶測ではありますが、そのような考えを持っております。さて話を戻しましょう。その文の内容ですが、こう書かれていました。」


ナーゲルは普段以上に、感情の起伏を抑え目にして語り部のように話す。


「今宵、セントラルホーム北区のラチア鉱山にて、僕の主催する遊戯舞踏会に招待したい。勿論、君が選んだ自慢の踊り手達とね………と。」


踊り手、とはラド達のことを指しているのだろう。

イヴァムは、妙に詩人くさい文体を好んで用いる人物のようだった。

自分自身に酔いしれているが故と、とれなくもないが。


「全ての元凶たる男が誘うぐらいです、何か罠を張り巡らせて待ち構えている事でしょう。危険なのは重々承知してはおります………ですがこれは、イヴァムを捕らえれるかもしれない絶好の機会です。皆さん、どうか宜しく頼みましたよ。」


ナーゲルの問いに四人は利き腕を胸に当て、軽く拳を握る。

表明を終え、揃って祈祷の間を後にした。









四人は、今夜に向けての作戦談義をする為、ラドの自宅へと集合した。

話し合いの準備を進める中、ウルがラドの傍に寄って話しかける。


「ラド。」


「うん?どうしたんだいウル。」


「その………傷の方は大丈夫?」


昨日イヴァムを信仰する能力者リボルター、アルテの強襲を受けて瀕死の重傷を負わされた所を、颯爽と現れたジンに助けてもらった。

しかし、そこまでしか記憶がないラドは、その後どんな事があったのかは全く知らない。

かなり深く切れてたはずの脇腹は、病室で目覚めた時には跡一つなく治っていた。

派手に出血こそしたものの、そんなに大した怪我ではなかったのだと、そうラドは思っていた。


「僕が大袈裟だっただけで、実際はそんな大した怪我じゃないんだ。ありがとう、心配してくれて。」


「ううん、ラドが無事で良かった。でも、あれ程無理はしないでって念を押したのに………。」


ウルは、ラドの服の袖を強く掴む。その手は、小刻みに震えていた。

たとえ無表情でも、相当心配してくれていたことが分かる程に。

ラドはそんなウルの気遣いに嬉しさを感じる反面、申し訳ない気持ちに駆られた。


「ごめんよウル。君に心配ばかりかけて………。」


「反省してる?」


「うん、本当………ごめん。」


「次やったら、もう知らないから。」


「えっ。」


「冗談。」


悪戯っぽさを含んだ返事をして、パッと袖を放す。その姿に子供の時に見せていた、無邪気なウルを思い出して、少しの間ぼーっとしてしまった。

その目を覚まさせるかのように、ジンはわざとらしく大きめの咳払いをする。


「ええっと………そろそろ話してもいいかな?」


「あっ!ご、ごめんなさい………。」


縮こまるラドとは反対に、セリスは何故か嬉しそうにしていた。


「それじゃあ始めようか。今回の主目的は、ラチア鉱山に出没するであろうイヴァムや、関係者の拘束だ。」


「はい、質問!」


「どうぞ。」


「拘束って、具体的にはどうやって?」


セリスの質問に対して、ジンは特殊な文字が刻んである不思議な札を見せつけた。


「大司祭様からいただいた、この『呪符ソーサリー』を使うんだ。」


呪符ソーサリー?」


その質問返しに、今度はウルが返答する。


能力リボルトの元になる力素を染み込ませたお札のことだよ。回数に限りはあるけど、これを使えば能力者リボルターでなくとも、呪符ソーサリーに込められた能力リボルトが行使出来るの。例えば、今ジンが手に持ってるそれは、前方に障壁を発生させる呪符ソーサリー。」


「おぉー、そうなんだ!すっごいお札なんだね!!」


「………でも、良い事ばかりじゃないよ。呪符ソーサリーは作り手の技量によってその効力を大きく変えるの。だから全く知識の無い素人が作った場合、最悪効果が自身に跳ね返ってくることだってある。」


「つ、つまり………?」


「行使した者を死に至らしめる可能性がある………と言う事だよ。」


ウルの不吉な発言に、セリスは分かりやすいオーバーなリアクションで札から遠ざかる。


「そっ、そんな危険なお札を使うの!?」


セリスの察しの悪さに、ジンは手で顔を覆い首を振りながら「やれやれ」と呟く。


「僕とウルの話を聞いてたかい、セリス?そんな素人が作った危険な物を使う訳ないじゃないか。ここにある呪符ソーサリーは全て、大司祭様自らが作製された物だよ。」


大司祭ナーゲルのお手製であるならば、暴発の心配はないだろうと安心した際、ラドは何故そんなにウルが呪符ソーサリーに詳しいのか疑問に思った。


「あのさ、ウル。どうしてそんなに呪符ソーサリーに詳しいんだい?」


「ちょっと形や用途が違うけど、私も自分用のを持ってるから。」


その答えでピンときた。いつもウルが付けていたあの禍々しい仮面が、そうなのかも知れないと。


「もしかして、深夜の警邏けいらの際に付けてたあの仮面がそうなの?」


「うん、あれは仮面型の呪符ソーサリー。装着した人物の力素を高めたり、抑えたりする効力があるの。あれも、大司祭様が作製されたんだよ。」


納得した。それならば、知っているはずなのも当然であった。


「って、ちょっと待って。それじゃあ、あの仮面の禍々しいデザインも大司祭様が?」


「多分。………趣味、だとか。」


「………意外だね。」


人は見かけによらないとは言うが、まさか大司祭ナーゲルともあろう者が、ピエロのような仮面を嬉々として製作している姿は全く想像ができない。

律儀にそんな物を付けるウルは、意義の一つでも唱えた方が良い。むしろ、新しい物を申請した方が良いのではとラドは思った。


「………っと。ごめんなさい、話が脱線しちゃいましたね。ジンさん続きをお願いします。」


「うん。それで、大司祭様が用意して下さった呪符ソーサリーは全部で三種類。一つは、セリスの質問の答えになる、対象の能力リボルトを押さえ込む呪符ソーサリー。一つは、ウルが話してくれた前方に障壁を発生させる呪符ソーサリー。そして最後の一つは、触れた物に力素を与える呪符ソーサリー………以上の三つだ。」


「攻撃、防御、補助………と言った感じですか。」


「簡潔に言えばそんな感じかな。これらを各自が有効に使用出来れば、たとえイヴァムがウンブラの書を利用したとしても、暫くの間は互角に戦えるだろう。問題は、対象の能力リボルトを押さえ込む呪符ソーサリーを、どのタイミングで使用するか………何だけど。」


頭の上には?の文字が見えそうなぐらい、セリスは頭を抱えて呻っている。

ほぼ全てが理解出来ていないであろうセリスとは違い、ラドは別の意味で引っ掛かりを感じていた。


「えっと、ジンさん。その押さえ込む呪符ソーサリーを使用するタイミング………と言うのは?」


「言葉通りの意味さ。いくら大司祭様お手製の呪符ソーサリーと言えど、一つだけじゃイヴァムを押さえ込むのは苛烈を極める。だから、多方向から同時に展開する必要があるんだ。そこで、一つ僕から提案があるんだけど………。」


ジンにしては珍しく言葉を詰まらせる。言い出しにくい事なのだろうか。

しばらくの間沈黙したが、やがて決心したように口を開いた。


「ラド、そのタイミングを君が指示してくれないだろうか?」


「ええっ!?つ、つまり僕が司令塔を担う………と?」


あまりに突然の指名に戸惑いを覚えたラドは、慌てふためく。しかしジンは、真っ直ぐにラドを見据えたまま話を続ける。


「君が驚くのは分かる。けどね、多分この中で一番周りが見れて、尚且つ状況に応じた適切な判断能力を備えているのはラド。君だと僕は思うんだ。それに………こういう言い方をすると嫌われてしまうかも知れないけど、僕達も戦いながら君を守ってやれる程余裕はないんだ。だから、後方支援を兼ねて………って事で、どうかな?」


確かに言い方はきつく聞こえるが、それはジンなりの優しさであることをラドは理解していた。

実際その通りであり、能力リボルトのないラドが最前線で戦えるはずも無く、前に出れば出るだけ、逆に迷惑を掛けてしまう事は明白であった。

なればこそ、ジンが薦めてくれた大役をこなすべきであろう。

ラドは自身の弱さに後ろめたさを感じつつも、仲間の提示を信じて心を決めた。


「分かりました。僕が………やります。」


先程まで心配そうな眼差しを向けていたウルも、ラドの瞳に満ちた光に、どこか安心したようだった。

能力リボルトがあろうとなかろうと、未知に対する恐怖は皆平等である。

皆が命がけで恐怖に立ち向かおうと言うのに、一人だけ隅で怯えている訳にはいかない。


「うんうん。ラド君、頑張ろう!」


「頼りにしてるよラド。」


「はい、皆さん頑張りましょう!」


決戦の時までの残り少ない時間を有効に使って、仲間と触れ合ながら、少しでも皆の生存率を上げる為の策を必死に考えていた………。

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