表と裏
暖かい日差しが、人間の心さえも照らして燃やし尽くす。
売り子の熱気が辺りを包む商店街を歩いていたラドは、その賑わいの片隅で悲しそうに俯く少女を見つけた。
活気に溢れている昼下がりの商店街、且つ混雑している中である。きっと親とはぐれてしまったのだろう。
十~十二歳ぐらいだろうか。夕焼け色の長髪を三つ編みおさげにしており、真紅のワンピースが少女の態度には不釣合いな印象を懐かせる。
少女は、時折左右を見回して親の姿を確かめるものの、願いは叶わない様子で再び俯く。
ラドはそんな少女の元に歩み寄り、しゃがんで目線を合わせる。
「君、どうしたの?お父さんとお母さんとはぐれちゃったのかい?」
「うん………。」
見知らぬ他人が話しかけてきた故か、少女は目を合わせてはくれない。
「大丈夫、安心して。お兄ちゃんが、お父さんとお母さんを一緒に探してあげる。」
「本当………?」
「ああ、本当だよ。だからそんなに悲しそうな顔をしないで。」
ラドの優しい声色に、ようやく少女は顔を上げる。
「その服………お兄ちゃん、聖典教会の人なの?」
「うん、そうだよ。」
「じゃあいいもの見せてあげる!ついて来て!!」
そう言うと少女は勢いよく駆け出して、遠くからラドに向けて手招きしている。
先程まであれだけ落ち込んでいたと言うのに、やはり子供の気持ちの切り替えは早い。
少女について行く前に、まずは両親を探してあげねばと思ったが、そうこうしている内に少女は裏路地へと入ってしまった。
ラドは呼び止める間もなく、小走りで少女の後を追った。
昼間にもかかわらず、表通りのような華やかな賑わいはそこにはなく、裏路地は薄暗く静寂が支配する閑散地である。
そんな裏路地を右へ、左へと迷いなく進んでいく少女に対して、ラドは止めに入る。
「ちょっと待って!そんなに急いだら危ないよ!?」
ラドの声が聞こえないのか、少女は振り返ることもしなければ、立ち止まることもしない。
ただ、ひたすらに黙々とその『いいもの』がある目的地へと進んでいる。
よっぽど見せたいのかも知れない。ラドは諦めて、大人しく少女について行く。
やがて、目的地まで辿り着いたのか、少女は足を止めてその場に立ち尽くす。しかし、ラドにはただの行き止まりにしか見えない場所であった。
「………どうしたの、ここ行き止まりだよ?」
相変わらずラドの疑問には答えない。少女は、ゆっくりと振り返ってラドを見る。
その様子に、先程の少女とは思えないような異質さを感じ取ったラドは、思わず後ずさってしまう。
「ねえ、何で逃げるの………お兄ちゃん?」
「そろそろ教えてくれないかな。いいもの………って?」
「それはねぇ………お兄ちゃんの肉片だよぉ!!!」
少女は、能力者だった。叫んだと同時に直径30cm程の緑色の輪を投擲してきた。
突然の襲撃に不意を突かれたラドは回避が間に合わず、脇腹に輪が直撃した。
「ぐうっ!!」
輪はとても鋭利だったらしく、すっぱりと脇腹は切れ、多量に出血した。
服にはあっと言う間に血溜まりができ、ラドの体力を奪う。
立っていられなくなり、よろめいて膝を突いてしまう。苦痛に歪むラドの表情に、少女は真の顔を曝け出した。
「キャハハハハ、ほーんとお馬鹿さん!!こーんな簡単に騙されちゃうなんて!!」
先程の異質な感じは間違いではなかった。この少女は、敵だ。
「ど、どうして………!」
「決まってるでしょ?貴方が孤児との交流がある事は調べがついてるの。だったら、私のような貴方が心理的に油断しそうな容姿をした『子供』がうってつけでしょう?」
少女の言う通り確かにラドは、この少女に孤児達の姿を重ねていた所為か、完全に気を許してしまっていた。道徳心に付け込まれた。
「しっかし、反射神経は無駄に良いのね。本当だったら今頃は、綺麗さっぱり真っ二つになってるはずなのに。」
身をもって体感したが、あの輪が胴体部に直撃していれば、まさにその通りになっていただろう。
少女は蔑んだ表情で見下ろして口元を歪ませる。
反対にラドは全身に汗が滲んで、口を開くのもやっとの状態だが、問い質さずにはいられない。
「君は、どうしてこんなことを………!?」
「決まってるじゃない。貴方達聖典教会が大嫌いだからよ!口先ばかり達者で、結局は自己満足でしかない!貴方達が一人助けている間に、他の何千、何万という人間が苦しみ続けているのよ!?」
妙に悟りを開いた発言に、洗脳教育でも受けているのだろうかと考えたその時、真っ先にある人物が頭に思い浮かんだ。
「イヴァム………。君は、イヴァムの手先なのか………!?」
「手先とは、随分な言い草ね。私の名前はアンテ、イヴァム様に忠誠を誓う者。能力は圧縮回転刃。覚えておいてね、あの世でも。」
自由に身動きが取れないラドに向けて、アンテは無情な一撃、圧縮回転刃を投擲する。わざと外したのか、それはラドの肩を引き裂いた。
かすめただけにも関わらず、先程と同様に傷口から多量の血が鮮血する。
嬲り殺す気だと察したが、ただでさえ能力の無いラドが、戦闘前にこうも痛手を負わされては、たとえ策があろうとも倒す事は叶わないだろう。
絶望がラドの体力を急激に奪い、崩れるように地面へと倒れ伏した。
「キャハハハ!どうしたの?逃げないの?ほらほらぁ!!」
「う、ぐぅ………!」
意識が朦朧としている中、辛うじて出来る事は呻き声を上げるだけだった。
「もうギブアップ?なら死になさい。イヴァム様に楯突いたことを後悔しながらね。」
ラドの頭部目掛けて、とどめの一撃が放たれた。
自身に迫るその刃に死を覚悟したラドは心の底でウルに謝罪した。
ごめん、ウル―――――
「キャハハハ!!………っ!?」
驚くことに、その刃はラドに届くことはなかった。
接触する直前に甲高い金属音が鳴り響いたかと思いきや、圧縮回転刃は弾かれるように明後日の方向へと飛んで行ったからだ。
「何なの………!?」
アンテの視線先には、一人の男性が立っていた。
仙斎茶色のきらびやかな髪に、口元を隠すかのように大袈裟に巻いてあるマフラー。
教会の正装を少し改造したような、黒服を身に纏った少年………。
その正体はジン・フォルバートであった。
「異様な気配を察知したから来てみれば、まさか君のような子供が発していたとはね………驚いたよ。」
血まみれのラドを一瞥するも、ジンは眉一つ動かさない。まるでその態度は、冷静と言うよりも冷徹さを感じさせた。
「すぐに片付けるから、悪いけどもうちょっと耐えてて。」
ジンが助けに来てくれたことに礼を言いたかったが、ラドは眠るように意識を失った。
「さて………と。あまりやりたくはないけど、致し方ない、か。」
ラドの容態を顧みてか、ジンは能力を解放した。
「あら、威勢の良いこと。でも無駄よ。貴方も同じようにあの世に送ってあげるわ!!」
アルテはジンに対して三枚連続で圧縮回転刃を投擲する。
しかし、またしても全ての刃が届く直前に甲高い金属音が鳴り響き、弾かれるように刃は壁に突き刺さった。
ジンはそれらを全て、自身の獲物である短剣で刃を受け流していた。それも、相手が目視できない程一瞬で。
曲芸師のように両手の短剣をくるくると回して逆手に持ち替えたジンに、アルテは戦慄した。
先程までの態度が信じられないくらい獰猛な顔つきで、抑えきれない殺気を辺り一帯に垂れ流していたからだ。
「さあ、狩りの時間だ………。」
威圧だけで相手を殺しかねないその眼光は、人間ではないと断言出来る程、おぞましさの塊であった。
アルテはその圧力に負けじと、圧縮回転刃を投擲する。しかし、投げた時には既にジンの姿はない。
ジンは光の速さで、次々と放たれる刃をかわしていく。その口元は笑っており、まるで遊んでいるかのような含みがあった。
「な、何なの!何なのよ貴方は!?」
恐怖心を紛らわす為に、アンテは必死に叫びながら刃を投擲するも全く振るわず、一瞬で懐へ侵入したジンにおさげを掴まれ宙に浮く。
「あぐっ………い、痛い………!!」
「終わりか?」
反撃しようと試みるも、条件を満たしていない為に能力は出ない。アンテは敗北を確信して涙目になる。
「やっぱりな。テメェの能力は気分が高揚している時にしか行使出来ないらしいな。つまり、今テメェは戦意喪失したって訳だ。」
「あ………うあ………た、助けて下さい………。」
ジンは悪魔の如き低くドスのきいた声で一蹴する。
「そいつは無理だな。テメェ、血生臭えんだよ………。今までに何人殺してきた?少なくとも、一桁じゃねえはずだ。そんな殺人鬼のテメェが、改心して全うな人生を謳歌できるとは到底思えねえなぁ………?」
「お願い………します………!」
戦う為の武器を失ったアルテは、悪魔の作り出す空気に完全に呑まれていた。もはや、涙を流しながら懇願するしか手段はなかった。
しかし、悪魔は断じてそれを許さない。命欲しさに媚びるその無様な姿に、腸が煮えくり返っていた。
「ゴミが息吸ってんじゃねえ!!とっとと詫びて死ね!!!」
一喝と共に躊躇無く、アルテの頚動脈を短剣で掻っ捌いた。
絶命したアルテの遺体を無造作に放り投げて、手で頭を押さえる。
「ククク、ゴミが。この俺に楯突くからだ………うっ………ぐっ………。」
悪魔は自身の体を抱えて蹲り、激しく痙攣する。
「ぐああああっ………!!ぐうっ、あああ………。」
二~三分程苦しみの声を上げ続けたが、やがて治まり何事もなかったかのように立ち上がった。
その表情は、悪魔ではなくジンであった。
「これだから嫌なんだ。好き勝手に暴れ回って………。」
意味不明な独り言を言いつつ、ラドの元へと歩み寄って傷口を確認する。
派手に出血こそしているものの入りが浅かったのか、たいして深い傷ではなかった。
「良かった………大丈夫そうだね。」
ジンはラドを担ぎ上げたその時、信じられない光景を目撃した。
先程確認したはずのラドの傷口が、綺麗さっぱりなくなっていた。触れて確かめると、なくなっていたのではなく、驚異的な速度で傷口が塞がっていた事が分かった。
「これは、一体………。」
「ウル………。」
夢を見ているのか、寝言を言うラドの目尻からは優しい雫が流れていた………。




