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外伝 ウルの秘密

「ラド君、おはよっ!」


「おはようございます、セリスさん………って、今日も変わらず凄い量ですね………。」


げんなりするほど山と積まれた食べ物をのせたトレイを持って、セリスはラドの隣の席へと腰を下ろした。


「えへへ~っ。やっぱり朝ご飯が一番大事だからね!体力つけないと!」


ガッツポーズをするセリスに相槌を打ちつつ、苦笑いした。


「セリス、少しは減らさないと太るよ?」


セリスと話す時にだけ見せる呆れ顔でジンはぼやいた。


「おはようございます、ジンさん。」


おはよう(グーテンモルゲン)。ラドからもセリスに言ってやってくれないかな?」


「………ええっと。」


二人の会話は既に耳に入らないのか、セリスは無心で食べ物を口一杯に頬張っている。


「セ『リス』だね。」


ジンの突っ込みは的を得ていて、思わず吹き出してしまった。


「あ、そうだ。ラド君にちょっと聞きたいことがあるんだけど。」


「何でしょう?」


「あの………ウルちゃんのことなんだけどね、ここのところ夜一人で出かけてるみたいなんだけど、何か心当たりとかないかな?」


「えっと、それは警邏けいらではなく………ですか?」


「うん、どうもそうみたい。二日前に偶然宿舎の入口で出会ったから、どこか行くの?って聞いたらいつもなら『警邏です』って答えるのに『ちょっと………』って言って凄い速さで走っていったから、何だか様子がおかしいなあ………って。」


初耳だった。ラド自身、ウルのプライベートに関しては触れないようにしていたからだ。


「人のプライベートに首を突っ込むのは感心しないな。」


「で、でもジン。ウルちゃんにもし何かあったら………。」


ジンの発言は尤もであったが、セリスはどうも心配な様子だ。


「ごめんなさい。僕も、ウルのプライベートに関してはほとんど何も知らないです。」


「そっかぁー、ラド君も知らないかぁ………。」


気の抜けた声を上げて、セリスはがっくりと肩を落とした。


「でも事情は理解しました。今日、僕の方からそれとなく聞いてみます。」


「本当?ラド君ありがとー!」


先程までの落ち込んでいたのが嘘のように元気になったセリスは、食事を再開した。


「いいのかい、そんな安請け合いして。」


「この際ですし、僕もウルのことを知りたいんです。勿論、可能な範囲で。ですが。」


余計な詮索はすまいと心に決めてはいたが、そんな話を聞かされてはセリスだけでなく、ラド自身も心配でたまらなくなってしまった。

皆が食事を取っている中、ラドは一人悶々としていた。






太陽の光が燦々(さんさん)と降り注ぐ昼時に、ラドは仕事の合間に出会ったウルと一緒に、小さなカフェで休息を取っていた。

ウルの仕事は警邏。つまり、セントラルホームに蔓延る悪事を未然に防ぐために、各自割り当てられたルートを巡回して市民の安全を守るのが仕事である。

今日はウルの担当コースがたまたま南区の小教会付近を通りかかるようだったので、ラドはおおよその時間を計って、ウルが現れるのを待ち伏せしていたのだった。


「おいしかったね、アイス。」


「うん、そうだね。」


ウルの顔を見ても、別段変わった様子はない。

まじまじと見つめていた所為か、ウルは視線に気付いて首を傾げる。


「………どうかした?」


「う、ううん。何でもないよ!」


聞こう聞こうと思ってはいるものの、いざとなると中々口から言葉が出ない。


「ラド、体調でも悪いの?」


「ち、違うよ!ええと、その………。」


「………その?」


「ウル、今晩空いてるかな?久しぶりに一緒にご飯でもどうかなって、思ったんだけど………。」


ようやく言えた。

ラド自身にそのつもりはないのに、まるでデートの誘いをしているかのような感覚に陥った。だからこそ、言い出しにくかったのだろう。そう心の中で決め付けて納得させた。

ウルは少し間を置いた後、申し訳なさそうに目を伏せて返答した。


「………ごめん。」


「いや、気にしないで。用事があるんだったら仕方が無いよ。また今度―――――」


「今度も、ダメ。」


「えっ………。」


予想外の返答に、思わず驚きの声を上げてしまった。ウルに拒絶されたのは、初めてかも知れない。

何か事情があるのだろうと頭では理解していたが、体は正直で、つい肩を落としてしまう。

そんなラドの姿を目の当たりにしたウルは、珍しく慌てた。


「あ、違うの………。別に、ラドのことが嫌いになったとか、そう言うのじゃなくて………ごめん。」


「あっ、ウル!待って!!」


脱兎の如く駆け出したウルの姿は、あっという間に人混みの中へと消えてしまった。

セリスの行った通り、明らかに様子がおかしかった。

もっと、単刀直入に問いただした方が良かったのだろうか。


「ねっ、ウルちゃんいつもと様子が違うでしょ?」


「そうですね………ってセリスさん、いつの間に!?」


気が付けば何故か、隣でセリスが考えるような仕草をして立っていた。


「細かい事は気にしない!それよりもラド君、今夜尾行しよう!」


「ええっ!?そんな、やめましょうよ。」


「ラド君は、ウルちゃんのこと気にならないの?」


そんな訳がない。ラドにとって、ウルは自身の命よりも尊い存在だ。

そのウルに何かあったとなっては気が気でない。しかし、今朝食堂でジンが言っていたように、安易にプライベートに首を突っ込み、ウルの心を傷つけてしまうことは避けたい………と、そんな葛藤に苛まれて、中々結論が出せずにいたが、この際腹を括るしかなかった。

たとえウルから突き放されようとも、真実を知らなければ、胸に抱えた衝動を抑えきれそうになかった。


「………分かりました。では今夜、宿舎付近で待機しています。」


ラドの気合の入った返事に応えるように、セリスは力強く頷いた。






街灯の明かりが煌々と輝く夜中、教会の宿舎からウルがその姿を現した。

周辺の気配を念入りに探っているらしく、しきりにキョロキョロと見渡している。

やがて、誰もいないことを確認し終えてホッと一息ついた後、ゆっくりと足を動かし始めた。

その後ろをつけるようにして、ラドとセリスは十二分に距離を保って尾行を開始した。

時折振り返って様子を窺うウルに気付かれないよう細心の注意を払いながら、迷路のように入り組んだ小道路を進むこと数分。

中央区で生活している人間でさえ誰も知らないであろう、異常に古い建物へと辿り着いた。

ウルは躊躇すること無く、その建物の扉を開けて中へと入っていった。


「ラ、ラド君。ウルちゃん、この中に入っていったよね………?」


「は、はい………。」


ガラの悪い不良連中が根城にしていそうな廃れた建物。窓から明かりが漏れている。

ウルの他に誰かいるのだろう。その正体を確かめるべく、恐る恐る入口の扉を開いた。


「はーい、いらっしゃーい。」


中に入って真っ先に、やけに媚びたような男性の声がラド達を迎え入れた。

言葉から察するに、どうやらここはお店のようだった。

少しして、奥のカウンターからどぎつい化粧をした筋骨隆々の男性が姿を現した。


「あぁ~ら、可愛いお客さんだこと。」


「あ、あわわわわ………!オ、オカ………!!」


「『お姉さん』でしょぉ~?お・嬢・ちゃん?」


男性の気色悪いウィンクに耐えられず、セリスは泡を吹いて倒れてしまった。


「あらやだ、失礼しちゃうわもう!ねえ、お兄さん。」


「は、はい………ははは。」


性癖は人それぞれとも言うが、この男性の性癖はかなり特殊な部類のようだ。


「ラド………!?どうして………。」


男性の背後から現れたウルが、信じられないといった表情でラドを見つめていた。


「ウル………!ご、ごめん………君の様子がおかしかったから、心配になって、後をつけて来ちゃったんだ。」


「あーら、なぁに?ウルちゃんお知り合い?」


「………はい。追加、お願いします。」


「りょーかいよ。それじゃ、ちょっと待っててね。」


謎の台詞を残して、男性はカウンターの奥へと消えていった。その姿を見送った後、ウルはラドに向き直る。

後をつけられた事に対して、怒りを覚えているのではと一抹の不安が過ぎったが、特別そのような雰囲気は感じなかった。


「私の方こそ、ごめんね………ラドに心配かけちゃって………。」


「いや、僕が悪いんだ。本当にごめん。………ところで、聞いてもいいかな?」


ラドの聞きたいことが分かっていたのだろう。ウルはうんとは言わず、そのまま話し始めた。


「最近夜にお腹が空くことが多くなって、夜食を取ってたんだけど、思った以上に太っちゃって………。」


「………それで?」


「ダイエットしようと思って、運動とか食生活を見直して、なるべく体に負担が掛からないよう色々試した結果、ある程度減量出来たのはよかったんだけど、やっぱり我慢できなくて………。」


ウルは、少しだけ頬を赤らめて黙ってしまう。その態度で、言葉の続きが容易に想像できた。


「結局、夜食を再開してしまったって事だね?」


小さく頷く。ウルは、体重と言う敵と戦っていたようだ。

そして年頃の女の子だからこそ、周囲に知られたくなかったから、ひた隠しにしようとしていたと。

故に昼の誘いも断ったのだろうとようやく納得できた。

事の真相が解明したことで、ラドは心底安堵した。


「それで、ここは何の食べ物屋さんなの?」


「すぐに分かるよ。とりあえず席に着こう?」


言われるがまま、カウンター席に腰を下ろしてその食べ物が登場するのを待つ。

ウルは待ちきれないといった様子で、しきりにカウンターから厨房を覗いている。

数分後、先程の男性がトレイに大きめの椀を乗せて運んできた。


「はぁーい、お待ちどおさま。ゆっくりしていってね。」


二人にそれぞれ一つずつ椀と水の入ったコップを配ると、本日二度目のウィンクを決めて、再び厨房へと戻って行った。

愛想笑いもほどほどに、湯気の立った椀を覗く。スパゲッティのような細い糸状の物と、得体の知れない緑色の刻み物がスープに浸っている。一体何と言う食べ物なのだろうか?


「どうしたの?」


「ウル、これは何て食べ物なんだい?」


「ラーメン。今異国で流行りの料理なんだって。」


ウルは長方形状の真ん中に裂け目のある小さな木片を渡してくる。


「これは?」


「割り箸。これで食べるのが習わしなんだって。その裂け目から二つに割って使うの。」


「フォークやスプーンじゃないんだね。よし………。」


軽く力を入れて割り箸を二つにする。パチンと木の心地良い音がラドの気分を高揚させる。

ウルに割り箸の持ち方を教わって、ある程度慣らしてから割り箸をスープの中に落とし込んで麺をさらう。


「おおー、取れた。」


ウルに教わった通り、そのさらった麺を音を立てて勢いよく啜る。


ズルズルズルッ………。


とても歯ごたえがあり、噛む度にスープと麺の旨みが口一杯広がっていく。


「おいしい………!!」


ラドの素直な表情と感想に、ウルは満足そうだった。


「おいしいよね、これ。」


「うん、おいしいよ!今までに食べさせたことない味だ………!!」


ウルが夜食をやめられないのも分かる気がした。実際、ラド自身も既に美味しさの虜になっている。

しかし、ラドはそれ以上にウルとゆったりとしたひと時を過ごせる事が、嬉しくてたまらなかった。

二人は昔話に花を咲かせつつ、仲良くラーメンを啜るのだった。




後に、ラドとウルの体重が激増したのは言うに及ばず。

そしてセリスは、この日の事を記憶から抹消したと言う………。

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