命繋いで
午前三時半。
リィズに作戦を伝えたラドは、自らが囮となってドルフを誘い出す為、廃墟一帯を歩いていた。
こう脇道が多いと、どこから攻撃がきてもおかしくない為、不意を突かれないよう慎重に歩く。
しかし、敵といつ接触するかも分からないこの状況下でさえ、ラドの内心はウルの容態の事で一杯だった。
早く、早くあの苦しみから助け出してあげたいと、それだけを願って。
しかし、ここで自身が焦ってミスを犯してしまっては皆の命を危険に晒してしまう。
慎重かつ大胆に………そんな言葉を口にしたくなった。
小道路を曲がった前方50mほど先に、細身の影が見えた。ラドは足を止めて壁越しに様子を窺う。
影の正体は、ドルフで間違いなかった。血相を変えて周囲を必死に見渡している。
あれから一時間近く経過しているのにも関わらず、未だに興奮状態のようだ。
冷静さを欠いている人間ほど釣りやすいものはない。チャンスだった。
だが、決して油断してはならない。冷静さを欠いているという事は、予想も出来ない行動を取る可能性があるからだ。
まずは手頃な小石を近くまで投げてみる。静寂が包む廃道の石畳を跳ねながら、小石はドルフの目の前まで音を立てて転がっていく。
しかし、ドルフはこれに気付いた様子はなく、相も変わらず辺りを見回している。再度石を投げ入れるも、結果は同じ。壁に小石を打ち付けて、高い音を出すも反応はない。
ラドの考えが、段々疑問から確信へと近づいていく。今度はもう少し近づいてから、ドルフを目掛けて小
石を投げる。
やや高く飛び、小石はドルフの背中に命中する。すると、一瞬でこちらに向き直って睨みつけてきた。
一連の行動で確信した。どうやらドルフは、音が聞こえていないようだ。
それが奪った能力を維持し続ける為の条件なのかどうかは、知る由もないが。
だがラドにとっては、それを知れただけで十分な収穫であった。
「そ、そこここにいるのはぁ、だあああれれれだぁ!!!」
威嚇するドルフに答えるように、ラドは颯爽とその姿を見せる。
「ヒ、ヒヒヒヒィィ。そんな所にかか隠れていたのかぁ………!!」
狂喜乱舞し、じわりじわりと迫ってくる。ラドは、相手が自身の姿を見失なってしまわないよう、一定の距離を保ちつつゆっくりと後退する。
しかしそれも長くは続かない。ドルフはまたしても痺れを切らし、勢いよく突進して来た。
流石にこれには背を向けて走らざるを得ない。通って来た道のりを思い出しながら、いくつもの角を次々に曲がっては疾走する。
時折振り返って様子を窺うも、ドルフの速度は衰えを見せない。まさに狂人のそれであった。
その剣幕に気圧されるも、足に鞭を打って距離を詰められないよう速度を上げる。
そうこうしている内に、廃屋の入口が見えて来た。作戦通り、両開きの扉の片側だけを外側に向けて開けている。
後方から迫るドルフに気を配りつつ、そのまま転がり込んだ。
「ラド君!」
「リィズさん、来ます!」
策に利用するガラス窓から、おおよそ5mほど離れた場所にリィズは立っていた。ラドはその前を遮るようにして構える。手筈通りに、まずはドルフが廃屋内に侵入するのを待つ。
リスクがあるとはいえ、氣弾を飛ばしてくるとも限らないので、いつでも避けられる体勢を保ちながら網を張り続ける。
それなりに頭の回る人間であれば、何かしらの罠があるかも知れないと警戒しそうなものだが、敵はこちらに非戦闘員がいる事を知っている。
故に、戦闘になってもそれらを狙う事で相手の行動を制限できる為、自身に有利な展開が可能だと考えているだろう。
また、非戦闘員だけを別の場所で待機させておく手段もあるが、別々に行動すれば危険な綱渡りをさせる事になる為、そんな愚策は弄さないだろうとも。
「ヒヒヒヒィッ………!よ、ようやく見つけたぁ………ぞぉ………!!」
予測通りドルフは、疑う事無く真正面から廃屋へと侵入して来た。
ラドは予め地面を這うようにして電磁ワイヤーを伸ばし、その先端を扉の取っ手に括り付けていた。
ドルフが廃屋の中に足を踏み入れ、その視線が自身に釘付けになったと同時に、物陰に隠れていたミケに合図を出してワイヤーを引っ張らせ、扉を閉じさせた。
先程確認した通り、扉が軋む音が聞こえているのに気付いた様子はない。
加えて暗闇が満たす廃屋内、散乱した床面の廃棄物と混在した中、ワイヤーの存在に気付くことは難しいだろう。ここまでは順調だった。
「も、もう逃げ場はなないぞぞぉぉぉ………!!」
追い詰めたつもりにでもなっているのか、少しずつ距離を詰めてくるドルフに対して、ラドは悔しそうな顔を演出する。
ドルフとの距離が空き過ぎている段階で窓ガラスを割ろうとすると、相手からは斜め上に投げているように見えてしまう為、感づかれてしまう。
その為にギリギリまで引き付ける必要があった。ドルフが扉から3mほど離れたところで、ラドは行動を起こす。
タイミングを合わせるよう、リィズに視線を送って合図する。
………しかし、リィズは目線に気付いていないどころか、心ここにあらずと言った様子で俯いていた。
その一瞬の隙にドルフはウルから奪った能力である氣を、ラドを目掛けて放った。
「ぐうっ………死ねぇぇぇ!!」
反応が遅れたラドは氣の一撃を肩に受ける。
何とか踏みとどまろうと試みたが、並外れたその力に圧倒されるようにして、ラドの体は壁に叩きつけられた。
「~~~!!」
想像以上の痛みに言葉を失う。そして、壁から離れて床に倒れ伏した。
「ラド君!!」
ラドが吹き飛ばされたことで我に返ったリィズであったが、時すでに遅し………後の祭りであった。
駆け寄ろうとしたが、今動いてしまっては全てが水泡に帰す。
そうなれば、ラドも、ミケも、ウルも、全員生きてはいられないだろう。
自身の犯したミスを猛省するも、やはり人間。目の前の恐怖に怯えて、足が自然と後ろへ後ろへと下がっていた。
今動いてはならないと、心の中で必死に訴えるも足は止まってはくれない。
「逃げないででぇ下さささぃよ。リィズさんぁあぁん………!!」
リィズは、何と自分は情けない人間なのだと己を恥じた。
ラドは能力を持っていないのにも関わらず果敢に立ち向かい、ミケはその小さな体で必死に恐怖を押し殺して協力してくれたというのに。
能力を持っていながら、自ら協力を申し出ておきながら、自分は一体何をやっているのか。
皆の命より、記憶の方が大切なのか?
「………リィズさん!!」
廃屋内に響き渡ったその声にはっとする。後方を振り返ると、そこにはラドが額から血を流し体をふらつかせながらも立ち上がっていた。
「ラド君………!」
ラドは再度リィズに視線を送って合図する。
しかし、リィズの能力の射程範囲は5m以内であり、大分後ろに下がってしまった所為で、すでに範囲外である。
前進しようにもすぐそこまでドルフが迫っている為、その手段は取れない。
「お、おおぉ前ぇぇ!まだ生きていいいたかぁ………!!」
チャンスは一回。ラドは全身の神経をその一回に集中させた。
ドルフが氣弾を作り出した刹那、予め拾っておいた小石を全力で投擲した。
「いっけえええぇぇぇ!!!」
見えている行動であった為、ドルフはそれに対して能力で迎撃しようとする。
しかし、小石の軌道がはるか上方向だったので、迎撃態勢を解いてせせら笑う。
「ヒヒヒハハハッ、どこを狙っているるる!?」
ドルフの目には、満身創痍のラドが一か八かで放った最後の一撃に見えたのだろう。
だが、それはラドの策に嵌っていたに過ぎなかった。
渾身の力で放たれた小石は、見事扉上部の窓ガラスに命中し、激しい衝撃音と共に砕け散った。
驚く事に、普通であれば破片は外側に飛び散るはずだが、何と内側に向かって飛んでいた。ラドは、不測の事態に備えてもう一つ策を用意していたのだった。
リィズは、皆に迷惑をかけた事を心の中で謝罪しつつ、ある人物へ向けて言葉を紡いでいた。
今現在の居場所を与えてくれた恩師である、リオンに。
貴方のおかげで、私は心から信頼し合える様な人間関係を持つ事が出来ました。
護りたいと想うかけがえのないものを見つけられました。
また直接お会いした際に言わせてもらいたかったんですが、それは叶わぬ夢のようです。
私は、そのかけがえのない人達を護る為に、力を使います。
本当に………本当にありがとうございました。そして、さようなら――――――――
リィズは能力を解放した。
すると、無数のガラスの破片は、まるで吸い取られるかのようにドルフの背中に突き刺さった。
「ぐふっ………な、なななにぃ………!?」
突然の奇襲に慌てふためいてよろけるドルフに追撃ちをかけるが如く、ラドは吶喊した。
走り様にミケに巻き取らせておいたワイヤーを拾い上げ、ドルフに向けて伸ばし飛ばす。
背中のダメージが大きく響いたのか、回避行動は間に合わずそのまま腕に絡み付いた。
「覚悟は、良いですか?」
「お前ええぇぇ………ふざけるるなああぁぁ!!!」
「断罪!!」
雷の衝撃に耐えられず、白目を剥いてその場に崩れ去った。
「ラド君………!」
「安心して下さい、殺してはいません。少し、気絶してもらっただけです。」
「そうですか………。」
リィズはほっと胸を撫で下ろす。命を狙われたと言うのに、あくまで善を貫くその姿勢に感心した。
「どうして、ガラスの破片が内側に飛んだんですか?」
「ブローバック。と呼ばれる現象を利用したんです。」
物体の衝突、つまり小石によってガラスがたわむ。
すると、ガラス自体の持つ弾力によって元に戻ろうとする力が働き、ガラスの破片が外側と内側、または衝突した物体である小石の進行方向とは逆側にのみ、飛散するという物理現象の事である。
しかし、この現象はある特定の条件下でなければ起こす事が出来ない。
その特定の条件下こそ、密室であった。
ラドはこの現象を起こす為に、扉を閉めさせていたのだった。尤も、不測の事態に備えた保険ではあったが。
以上の事をリィズに説明すると、感心したように頷いた。
「そうだったんですか………。それよりも、ラド君………ごめんなさい!」
「ど、どうしたんですかリィズさん?」
「私の所為で皆に迷惑を………ラド君にも、ケガをさせてしまって………!!」
下げたままの頭から震えた悲痛な声が、ラドの耳に届く。おそらく、泣いているのだろう。
「リィズさん、ありがとうございます。」
「………え?」
「僕一人の力では、勝つ事は出来ませんでした。リィズさんと、ミケのおかげです。ミケ、もう出てきても大丈夫だよ。」
ラドの一声で、物陰に隠れていたミケがゆっくりと姿を現した。
とてとてとリィズの元まで歩み寄り、脚に抱きついた。
「ラドお兄ちゃん、リィズお姉ちゃん、助けてくれて………ありが………ヒック、ヒック………!」
ずっと押さえ込んでいた恐怖心を解放させるように、しゃくりあげながら泣き出した。
リィズは、ミケの小さな体を優しく包み込むように抱き寄せて、これ以上ないくらいの涙を流した。
自分が………この子の命を救えたのだと。ミケから伝わってくる肌の温もりが、それを強く実感させた。
睦まじいその様子を見て安堵したラドは、奥に寝かせていたウルの元へと駆け寄った。
ウルの容態は安定していた。脈、呼吸共に正常。
そして、一定以上の力で能力を行使した際に変色すると話していた髪色も、いつも通りの漆黒へと戻っていた。
安らかな寝息を立てて横たわるウルの姿に心底安心感を覚え、壁にもたれかかりながらずり落ちた。
「………ウル、良かった。」
ラドもまた、ウルの命を救えたことに感極まって涙を流した。




