贈り物<下>
リィズ・サーバティ。
ある町で名門のサーバティ家の令嬢。気立ての良い、出来た娘と周りからは評判だった。
そんな評判の良いリィズだが、彼女には夢があった。
<上辺だけの関係で無く、心から信頼し合える様な人間関係を持ちたい>
今現在の彼女の評価は、所詮名門の令嬢としての評価であり、彼女一個人の評価ではない。
接してくる他人も、名声を得たいが為に近づいて来る事を知っていた。
だからこそ、彼女は願っていた。真に理解し合える関係を。「自分」を見てくれる人間を。
そんなある日、彼女の家元である父を訪ねて一人の男がやって来た。
男はリオンと名乗った。茜色と山吹色の合わせ髪が特徴的な、聖典教会の「聖騎隊」に所属していると言う青年だ。
大司祭ナーゲルの特命でこの町を訪れたらしいのだが、その特命以外にもう一つ私用があると話してくれた。
リオンの妹は重篤な病に侵されており、まともに歩くことすらままならないと言う。
そんな妹の代わりに、訪れた町の情景や暮らす人達の様子を記録し土産話にしているそうだ。
今回もその土産話を妹に聞かせる為に、町を見て回ろうと考えているらしいが、今まで訪れた町に比べて広大な分、帰洛するまでに全て回れないと判断したリオンは、自身と歳の近いリィズに町のお勧めの場所を聞いてきたのだった。
リィズは、そんな心優しい兄であるリオンに興味を持った。
「リオンさんは、とても心の優しい方なんですね。」
「いえ、そんな事は。面と向かってそう言われると少々むず痒いですよ、リィズ嬢。俺………いや、私はそんな出来た人間ではありません。」
「ふふふ、そんなに謙遜なさらなくても。」
「事実です。ですが、妹のエミィに対することだけは妙にムキになってしまいましてね。何と言えば良いんでしょうか………。」
「家族愛ですね。」
リオンは苦笑いしながら頬を人差し指で軽く掻く。
「はい。私にとっては、この世の何よりも大切な存在です。」
そうハッキリと口にしたリオンの存在が、とても大きく感じられた。同時に、それほどまでに大切に想ってもらえる妹のエミィが羨ましくも。
「お互いが信頼し合える関係………羨ましい限りです。」
「リィズ嬢には、そういった関係の人はおられないので?」
「お恥ずかしながら。今は、名門の令嬢としてのお付き合いしかありません。」
俯き加減のリィズに、リオンは一枚の用紙を懐から取り出して見せる。
「………それは?」
「貴方の未来を変える仕事のお誘いですよ。必ず叶う、とは断言出来ませんが。」
「聖典教会への所属申請書………。」
聖典教会。<貧しき者には救いの手、死者には哀悼の念、そして罪深き者には裁きと贖罪を>と言う理念の元に活動している団体。
謳い文句の範囲であれば認知しているが、実際の活動詳細に関してはほとんど無知であった。
「我々聖典教会の仕事内容は様々です。教会と言ってもただ毎日祈るだけじゃありません。もしその気になられたのでしたら、私の方から今のリィズ嬢に相応しい居場所を推薦させてもらいますが。」
「リオンさん、計らいに感謝します。私にも………出来るでしょうか?」
「ええ、勿論ですよ。」
リオンの瞳にはリィズの何が見えたのだろうか。自信に満ちたその返答は、リィズの背中を後押しするには十分だった。申請書を受け取った令嬢は、いつしか本当の信頼を得る為に、セントラルホームへと赴いたのだった――――――――
午前三時。ラドは衰弱したウルを背負い、リィズとミケを連れて南区の一画の廃墟となっている一帯を駆け回っていた。
ドルフは、自身の能力を窃盗と言った。名前の通り、他者から能力を奪い取る力があるのだろう。
結果、能力を奪われたウルは突如として倒れ込んでしまい、今もなお口も利けない状態である。
ドルフはウルの能力を奪ってから早速その力を行使したのだが、自在にコントロールが出来ないのか、それが行使する為の条件なのかは分からないが、明後日の方向に撃っては苦痛の表情を見せていた。
その隙を突いて全員一目散に駆け出し廃墟まで逃げ果せたのだが、正直これからどうすれば良いのか、打開策が全く浮かばない。
リィズとミケは勿論、頼りであったウルも容態が危ぶまれる。許された時間は決してそうない。
ひとまず走り続けて疲労した体を休める為に、近くの廃屋に身を隠す事にした。
「うっ………ヒック………お姉ちゃん、怖いよぉ………。」
嗚咽を漏らすミケを優しく宥めるリィズの顔にも不安が募っているのが分かる。
出来れば嗚咽も堪えて欲しいところではあるが、子供にそれを求めるのは酷だろうと思い、咎めなかった。
しかしそれ故に、ドルフに位置を特定されるのも時間の問題であった。
必死に思考を巡らせてあれやこれやと考えるも、浮かんでは消えていく。そんな中、唐突にリィズが口を開いた。
「ラド君………私も戦います。」
「えっ………!?」
その発言に思わず声を張り上げそうになる。それもそのはず、一介の教会所属者が戦えるはずがない。
「リィズさん、気持ちは嬉しいんですが………。」
「ラド君の言いたい事は分かります。ですが、私は………能力者ですから。」
まさかと耳を疑った。いつも温厚で他人の気持ちを思いやるあのリィズが、能力者であったということに。
「………今まで黙っていてごめんなさい。」
「いえ、謝らないで下さい。能力者になるには、相応の覚悟が無ければ出来ない事だと知っていますから。」
リィズがウルの事を詮索しなかったように、ラドもまた必要以上に詮索はしない事にする。それよりもまずは、把握しておかなければならない内容から話を始める。
「ではリィズさん、貴方の能力について教えて下さい。」
「私の能力は、移動。半径5m以内限定ですが、1kgまでの物体を自由に飛ばす事が出来ます。」
「なるほど………それで物体を投擲武器として扱う訳ですね。」
その辺一帯にある塵でさえも武器に出来るのは、とても心強かった。しかしここで、大事な事を忘れていた。能力を行使する以上、必ず何らかの条件が必要なはずである。
「リィズさん、その力を行使する為の条件は………。」
その問いに、リィズは暫く沈黙し続けた。それほどまでに重い条件が課せられているのだろうか?
もしそうであるならば、その力を使わせる訳にはいかない。
「………髪の毛を、一本抜く事です。」
そんなラドの心配をよそに、返答はあまりにもあっさりとしたものであった。
「髪の毛………ですか。」
髪は女性の命とも言う。リィズが躊躇う気持ちも理解出来るが、状況が状況なので使ってもらう他ないだろう。
「安心して下さい。力は使います。」
「それを聞いて安心しました。すみませんが、宜しくお願いします。」
リィズの承諾を得たところで少し冷静さを取り戻したラドは、敵の能力について考察を始める。
ドルフの能力は窃盗。相手の能力を奪い、一時的に自身の力として行使出来る。
条件は定かではないが、おそらく力を行使する度に激痛に襲われる………と大雑把ではあるが、大体まとめるとそんなところだろうか。
前述のリィズの事も含み、考慮した上で作戦を練る必要がある。
やはりまずは、リィズの武器となる木片や塵をかき集めた方が良いのだろうか。廃屋内で利用出来る物がないか探してみることにする。
「ラド君、どうしたんですか?」
「今のうちに使えそうな物を探しておくんですよ。」
単独で行動するならば話は別だが、女子供を引き連れてそう何度も移動するのは却って危険である。
ここに罠を張ってドルフを誘き出し、迎撃した方が得策であろうと判断した。
「ラドお兄ちゃん、ミケも手伝う。」
先程まで嗚咽を漏らしていたミケは、勇敢にも自ら協力を申し出てきた。
きっと必死に恐怖を押し殺しているのだろう。その小さな肩は、震えていた。そんな女の子の頭をそっと撫でて安心させてやる。
「ああ、ミケも手伝ってくれるかい?」
「うん。」
ミケを安心させてやったところで、廃屋内を探索する。
外観はかなり古びていたのだが、内装はつい最近まで生活していたような形跡があり、とても綺麗な状態だった。
しかし、五分ほど探したが使えそうな物は見つけられなかった。
「やっぱり、そう簡単にはある訳ないか………。」
分かってはいたが、落胆してしまう。すると、ミケが裾を引っ張って自身の成果を報告しようとしていた。
「ラドお兄ちゃん、これ。」
差し出されたミケの小さな手の平には、キラキラと輝く破片が乗っていた。
「ガラス………。」
「これ、役に立つかなぁ?」
パッと閃いたラドは、ある場所に注目した。廃屋出入り口上部に取り付けられた、長さ1mもあろうかと思われる巨大なガラス窓。
加えて、機密性の良いこの廃屋………頭の中で欠けていたピースが当てはまった。これならばいけるかもしれない。
「ミケ、ありがとう。おかげで上手くいきそうだよ。」
「ほんと?えへへ、良かった………。」
「ラド君、何かいい策を思いついたんですか?」
「ええ………今思いつく中では、最善の策です。リィズさん、時間も惜しいので、早速内容を話させてもらっても良いですか?」
ラドが手筈を説明している間、リィズはずっと悩んでいた。
先程ラドに話した能力行使の条件は、嘘であったからだ。本当の事を話してしまうと、絶対に反対されると………そう思ったから真実は伏せた。
リィズの能力行使の為の本当の条件………。
それは、自身が大切にしている記憶を一つ消去することだった―――――




