第一話 「馬上の目覚め」
ゆさゆさとした心地よい振動に揺り起こされるようにして、少しずつ意識が浮上していく。
いつの間にか、私はまた眠っていたみたいです。
夢と現実の狭間にいるような、ぼんやりとした意識が覚醒しないまま、半分まどろみに身を沈めるような感じです。
まるでふんわりとした洗いたてのシーツに飛び込んで、その肌触りにうっとりしながらお気に入りの枕に顔を押しつけて眠るときのような、あるいはお日様の光を体中に浴びた時のような、あのとろけるような安心感に包まれているから、身体は起きようとしているのに、ずっとこのままでいたいと思ってしまいます。
それは冬の朝にいつまでもベッドから出たくないなって思っちゃう、あのぐずぐずとした葛藤に似た気持ちに身もだえしながらも。
それでも、私の意識を繋ぎ止めてくれたのは、誰かに抱きしめられるような暖かさがあるからです。
ゆさゆさとした振動は続いています。誰かが私のお腹に手をまわして、後ろからギュッと抱きしめてくれています。
それらが一つの線になって、私の手を優しく引っ張ってくれるから。
――だから、私は目を覚ます。
○ ○ ○
目が覚めると、そこは馬の上でした。
何を言っているのかわからないと思うけど、大丈夫、私もよく分かりません。
まず、ゆさゆさ、というかカポカポとした振動に揺り動かされて起きてみると、そこは見慣れた寝室ではなく青空の下で。
しかも今まで寝ていたのはお馬さんの上に跨りながらで、なおかつ誰かさんの背中にもたれ掛かるように座っているといった格好で。
極めつけに、後ろの人は誰なんだろうって思って振り向いてみると、そこにいたのはユーリでした。
(……)
どうやら私たちは二人乗り用の鐙に跨って、広々とした草原を馬に乗って進んでいるみたいです。
なんとなく上を見上げる。青空が眩しい。そのまま視線を横にスライドさせて、もう一度後ろから抱き着くユーリを見る。
そんな私の様子に気づいたのか、「起きた?」って笑いかけてくれるユーリ。でもすぐに手綱のほうに意識を集中させたみたいで、その顔は真剣な眼差しに戻りました。
改めて見上げた空はきれいに澄み渡っていて、白い綿雲がふわふわと浮かんでいます。
そんな青空の下、私はというと王女様の胸に抱えられながら、緑の草原で二人っきりの乗馬を絶賛体験中。
現実感が無さすぎます。
さっき見たユーリの顔を脳裏に思い出しながら
(……ゆめですね)
私は早々にそう結論づけました。
そう、イリス姉さんに付けてもらった私の二つ名は「眠り姫」。その名の通り、夢の中でも至極冷静な女の子であると自負しています。夢と現実の区別なんてお茶の子さいさいです。
後ろから「あれ?マリアちゃん起きたよね?」とユーリがしきりと聞いてきますが、大丈夫、まだ夢の中だからしばらくは無視しても問題ないです。
不敬罪? 今手が離せないのでそんなのはちゃんと起きた後に問い合わせてください。
それよりなによりいま重要なのは、真っ赤になっているであろうこの顔のほてりを早急に取り除くことにあるからです。
「ぅうう」
口からなにか漏れましたが気のせいです。
ユーリが「マリアちゃん?」って不思議そうに顔をのぞき込こもうとしているのも気のせいです。前かがみになったせいで押し付けられる彼女の柔らかさにドキッとしたのも幻です。髪の毛いい匂いだなって思った私も存在しません。
非実在性なんたらです。恥ずかしくなんかありません。
「ねえアリサ、マリアちゃん顔に両手を当てたまま動かなくなったんだけど、どうしたのかな?」
「……あくびでもかみ殺しているのではないでしょうか」
外野の声が妙にリアルですけど、無視です無視。
あとアリサさん、私も女の子なんですからそこはきっちり否定させてもらいます。それと真っ赤になって涙目になんて断固なってませんから。
(うぅぅ、だってさぁ)
なんかふわふわとした気持ちのまま起きて、いつもと違ってすごくぼんやりとした感じが全然抜けなくってさ。
そんな時にユーリがすぐそばにいるのが嬉しくて。ほっとできて安心しちゃって。
……だから少しだけ魔が差しちゃったんです。
それでそう、普段はしないような妄想を、ちょっとだけしちゃったんです。
横目で見たユーリの凛とした顔かっこよかったし。本物の王女様だし。さらに言えば乗ってるのは白い馬だっし。
だから、そんなユーリの姿ってがまるでーー
(白馬の王子さまみたいだなんて!?)
イリス姉さんから届く少女小説の物語みたいな、そんな乙女チックな事を思っただなんてきっとなにか間違えなんです。
だから――
「マリアちゃんー、どーしたの?」
そう言いながら、私の頬をつんつんするのはやめてください。
補足:この物語は友情がテーマです。いわゆるガールズラブにはなりません。