第19話 取引
魔王が俺を認めるまでに、一年かかった。
魔王は今、俺の中にいる。魔王は何度も、俺の体を奪おうとしてきた。実際、何度も体を乗っ取られそうになった。それでも俺は耐え続けた。そして魔王・アスモデウスは、俺の中で仲間みたいな感じになっていた。
恐らく俺は、いや間違いなく、人類最強になった。もちろん、魔王の力のおかげだ。俺は今、魔王の力を扱える。
そして今の俺は、時空にすら干渉できる。ただし、時間を戻したり、進めたりできるわけじゃない。そんな都合のいい力じゃない。俺にできるのは、アールヴの生体時計を操る力に対して、盾のように対抗すること。それだけだ。
洞窟の中を歩く。エルフの泉へと繋がる洞窟だ。どこまで進んでも、洞窟は終わらない。道が分かれていても、俺は迷わず進んだ。アールヴの気配がする方へと歩く。
途中で何度も魔物が襲ってきた。牙をむいて飛びかかってくる魔物を、俺は闇の魔力で消し飛ばす。黒い魔力が腕を包み、触れた瞬間に魔物の体が崩れていく。魔物が何体来ようが、俺の足は止まらない。洞窟の奥へ進む。
その途中、何度も骨を見つけた。人の骨。エルフのものかもしれない。この場所に来た者たちの骨だ。
とにかく、ただ前へ進んだ。
そして長い洞窟を抜ける。
その先にあったのは、巨大な空間だった。中央には泉がある。エルフの泉。ようやくここに来れた。第一の関門はクリアだ。
水面が小さく揺れている。水面の上に立っているのは、エルフ族の始祖、アールヴだ。
「久しいね」
俺に言ったのか。それとも、俺の中にいる魔王・アスモデウスなのか。
アールヴは人の心が読める。当然、俺の中の魔王の存在にも気づいているはずだ。多少は精神干渉を防げるようになったと言え、完璧ではない。
「やろうか」
「お前が我に、一度でも勝ったことがあったか」
俺の口が勝手に動いた。アスモデウスだった。俺の口を借りて、魔王が話している。
「ないね」
アールヴが小さく笑みを見せた。その声には余裕があった。
「エルフは瘴気に弱いから。だから、こうしてエルフの森を作ったわけだけど」
俺も黙ってアールヴを見る。発言は、アスモデウスに任せることにした。どちらにせよ、俺はもう逃げるつもりはない。
「最後の問いだ。どうするか、お前が選べ。アールヴ」
アールヴは少しだけ沈黙した。それから、静かに答えた。
「わたしも人生で1度くらいは、本気の勝負がしてみたかった」
その言葉を最後に、空気が変わった。泉の水面が激しく揺れだす。
俺は構えた。
●エルフ・オリビア視点
そこから先の戦いを、わしはうまく説明できない。ただ木の状態で眺めていた。
とにかく速すぎた、としか言いようがないのじゃ。目で追おうとしても、2人の姿が何度も消えては現れる。ルークが拳をふるえば、その拳が届く前にアールヴはもう避けている。じゃが、避けたと思った次の瞬間には、別の方向からルークの攻撃が飛んでくる。
お互いの衝撃波だけが残像として残ることすらあった。何が起きているのか、わしにはほとんど理解できなかった。
ただ、1つだけ分かることがあった。ルークは、アールヴを本気で倒しにいっている。そしてアールヴもまた、ルークを相手に手加減していない。
今まで長い間、ルークをそばで見てきたこのわしでも驚いた。明らかに人族の範疇を越えている。
空間が歪んでいた。恐らく両者が時空に干渉しておった。戦いのレベルが異次元すぎる。目の前にいるはずの2人が、突然遠くにいる。かと思えば、次の瞬間にはすぐ目の前にいる。時間そのものが狂っているように見えた。
2人は動きを止めない。拳と拳がぶつかり、魔力と魔力がぶつかり、空間が軋んでいた。
恐ろしい。それがわしの抱いた素直な感想じゃった。
アールヴは、わしらエルフ族の始祖じゃ。そんなアールヴと、ルークが互角に戦っている。
いや。戦況は少しずつ変わっていた。ルークが押している。アールヴが攻撃を避ける回数が減っていた。ルークが攻撃を直撃させる。避けられたときでも、ルークは決して止まらない。
何度目か、わしの目の前から2人の姿が消え、次に見えたときには、ルークがアールヴの体の上に馬乗りとなっていた。二人とも、泉の水面に葉っぱみたいに浮かんでいる。
ルークは息を切らしながら、アールヴを見た。
その体は傷だらけだった。服は破れ、呼吸も大きく乱れている。それでも、ルークは倒れなかった。
「アールヴ、取引しないか?」
アールヴの表情には、戦いに負けた者の悔しさがほとんどなかった。むしろ、目の前のルークを楽しそうに見つめている。
「なるほど。年を取らない私を殺してやるから、彼女たちを木から人に戻せということか」
「少し違う」
ルークは首を横に振った。息を整えながら真っすぐにアールヴを見る。
「今の俺は、全てを取り込める状態だ」
「……全て?」
「ああ。お前の無限のような寿命を、俺が肩代わりする」
アールヴは黙った。泉の水が静かに揺れている。わしはその言葉の意味を理解するまで少し時間がかかった。つまり、生き地獄の身代わりになるという提案だった。
「いいよ。君は本当に、何でも引き受けるね」
「何でもじゃない」
ルークは答えた。
「俺は、助けたいと思ったやつしか助けねえ」
「……そう」
アールヴは小さく笑った。
その言葉を最後に、泉の光が強くなった。そして、木がざわめきだす。葉が一斉に揺れ、枝が大きくしなり、木の中に閉じ込められていた魔力が外へ流れ出していく。
約1年の間、木として生きていた。少しずつ人間だったころの感覚が戻ってくる。
木の体が人間の体へと変わっていった。
エレナ。
フィリー。
セシリア。
そして、このわし、オリビアも。
みなが泉の中に飛び込み、そのままルークに向かって飛びついた。ルークの体に腕を回す。
「全く……」
わしは目の前にいるルークを見る。傷だらけで、疲れ切っていて、それでも最後までわしらを助けるために戦った男。
1年前、木にされたときには、こんな未来になるなど想像もしていなかった。
「わしの親友は、とんでもない男じゃ」
ルークはわしらを見て笑った。
「みんな、おかえり!」
「「「「ただいま!」」」」
完




