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第7話 返済する前に、生活費を残します



 翌日、アルトは予定どおり依頼を受けなかった。


 朝はいつもより遅くまで眠り、身体を休める。


 昼からは剣の手入れを行い、日が傾いてから軽く素振りをした。


 ゴブリン四体との戦いで、腕や肩には疲れが残っている。


 痛みを無視して森へ入れば、いつか取り返しのつかない失敗をする。


「休むのも、仕事のうちだ」


 パーティーにいたころは、そんなふうに考えたことがなかった。


 ヴァリスたちは報酬の高い依頼を見つけると、休みを取らずに出発したがった。


 食料の準備も、装備の確認も、傷薬の補充もアルトの仕事だった。


 疲れていても断れなかった。


 自分が拒めば、役立たずだと言われるからだ。


 だが、今は一人。


 進むのも休むのも、自分で決められる。


 翌朝。


 アルトは革袋の中身を確認した。


 返済用に分けた金貨一枚。


 生活費として残した銀貨五枚と銅貨。


 この金貨をすぐに返済すれば、また新しい技能を得られるかもしれない。


 それでもアルトは、契約を管理する窓口へ向かわなかった。


「先に、もう少し稼ごう」


 手元の金をすべて失う怖さは、最初の返済で十分に味わった。


 武器が壊れるかもしれない。


 怪我をするかもしれない。


 何日も魔物が見つからず、収入を得られないこともある。


 最低でも、金貨一枚分の生活費を残してから返済する。


 そのためには、あと銀貨五枚が必要だった。


 アルトは掲示板から、昨日と同じゴブリン討伐の依頼票を取った。


 五体以上を倒せば追加報酬が出る。


 昨日は疲労を感じ、四体で帰った。


 今日は最初から五体の討伐を目標にする。


 ただし、複数を同時に相手にはしない。


 無理だと思ったら、報酬を諦めて帰る。


 アルトは町を出る前に、武具店へ立ち寄った。


 中古防具が並ぶ棚から、革製の籠手を手に取る。


 左右一組で銀貨四枚。


 表面には深い傷があり、見た目はよくない。


 それでも、剣を握る手と腕を守れる。


「銀貨三枚になりませんか」


「四枚だ」


「留め具が一つ錆びています。このままだと、近いうちに交換が必要です」


「……銀貨三枚と銅貨五枚なら売る」


「それでお願いします」


 会計係として物資を購入してきた経験は、今も役に立った。


 籠手を装着し、腕を動かしてみる。


 少し硬いが、剣を振る邪魔にはならない。


 これで残金は銀貨一枚と少し。


 生活費を増やすつもりが、逆に減ってしまった。


 だが、これも生き残るために必要な出費だ。


「今日も、無傷で帰ろう」


 森へ入り、《索敵》を使う。


 以前よりも広い範囲の気配を感じ取れるようになっていた。


 小さな気配を避け、人間に近い大きさのものを探す。


 一時間ほど歩くと、前方に二つの気配を感じた。


 ゴブリンが二体。


 少し離れた場所で、木の実を集めている。


 二体同時に戦う必要はない。


 アルトは風下へ回り、木の実を一つ拾った。


 狙いを定め、片方のゴブリンへ投げる。


 木の実が頭に当たった。


「ギャッ!」


 ゴブリンが怒った声を上げ、投げられた方向へ歩き出す。


 もう一体は、木の実を拾うことに夢中で気づいていない。


 アルトは移動しながら、もう一つ投げた。


 狙ったゴブリンだけが仲間から離れていく。


 十分な距離ができたところで、木の陰から姿を見せた。


「ギィ!」


 ゴブリンが棍棒を手に走ってくる。


 振り下ろされる攻撃を半歩横へ動いて避ける。


 剣を腕へ。


 怯んだところで首へ。


 これまで繰り返してきた動きで仕留める。


《ゴブリンを討伐しました》


 すぐに右耳を回収し、残った一体へ向かう。


 仲間が戻らないことを不審に思ったのか、ゴブリンは周囲を見回していた。


 不意打ちは難しい。


 アルトは正面から姿を現し、一対一で倒した。


「二体」


 まだ余裕はある。


 剣を握る手にも力が残っている。


 アルトは森を移動し、さらに一体を見つけた。


 三体目も単独だった。


 こちらに気づく前に背後へ近づき、最初の一撃を背中へ入れる。


 振り返ったゴブリンの棍棒を籠手で受け流し、首へ二撃目を加えた。


 籠手には新しい傷がついた。


 腕へ衝撃は伝わったが、怪我はない。


「買って正解だったな」


 残り二体。


 昼を過ぎたころ、アルトは森の奥に五つの気配を感じた。


 密集している。


 おそらくゴブリンの群れだ。


 そこから少し離れた場所に、もう一つの気配があった。


 見張りかもしれない。


 アルトは離れている一体へ近づいた。


 予想どおり、ゴブリンが木の陰に立っている。


 手にしているのは棍棒ではなく、錆びた短剣だった。


「武器が違うな」


 距離を取り、小石を投げる。


 ゴブリンはこちらへ誘い出された。


「ギャアッ!」


 短剣を突き出しながら走ってくる。


 棍棒より速い。


 アルトは身体を横へ動かした。


 短剣の先が腹の前を通り過ぎる。


 剣を振ろうとした瞬間、ゴブリンが腕を引き、横薙ぎに短剣を振った。


「っ!」


 アルトは左腕を上げた。


 短剣が革の籠手へ当たる。


 刃は革を浅く切ったが、腕までは届かなかった。


 もし籠手を買っていなければ、左腕を斬られていた。


 アルトはゴブリンの腕を剣で斬りつける。


 短剣が落ちた。


 すぐに踏み込み、首へ刃を入れる。


《ゴブリンを討伐しました》


「四体目……」


 残り一体を倒せば、追加報酬を得られる。


 だが、近くには五体の群れがいる。


 戦闘の音を聞かれていれば、こちらへ向かってくるかもしれない。


 アルトは《索敵》へ意識を集中させた。


 五つの気配は、まだ同じ場所にある。


 動いていない。


 目の前のゴブリンは、群れの見張りではなかったのかもしれない。


「ここから離れよう」


 アルトは右耳だけを回収し、すぐに移動した。


 五体の群れから十分な距離を取る。


 それから一時間ほど探し、単独で歩いているゴブリンを見つけた。


 五体目。


 アルトは剣を抜いた。


 疲労はある。


 それでも昨日ほどではない。


 一日の目標を最初から五体に決め、余計な戦闘を避けてきたからだ。


 ゴブリンが棍棒を振る。


 アルトは避ける。


 剣で腕を斬り、首へ次の一撃を加えた。


《ゴブリンを討伐しました》


《ゴブリンを五体討伐しました》


《依頼の追加報酬条件を達成しました》


「よし……!」


 目標を達成した。


 アルトは五つの右耳を確認する。


 これ以上は戦わない。


 まだ動ける。


 もう一体くらい倒せるかもしれない。


 だからこそ、今帰る。


 余裕を残した状態で町へ戻ることが、長く冒険者を続けるためには必要だった。


 依頼の窓口で右耳を提出する。


 通常の討伐報酬が銀貨十五枚。


 追加報酬が銀貨五枚。


 合計は金貨二枚だった。


 一日の稼ぎとしては、これまでで最高額だ。


 アルトは金貨を受け取り、革袋へ入れた。


 手元にある金は、金貨三枚と銀貨一枚ほど。


 金貨一枚は返済用。


 金貨一枚は生活と装備のために残す。


 そして、もう金貨一枚の余裕ができた。


「これなら、返しても大丈夫だ」


 明日、三度目の返済をする。


 次に誰の技能が移ってくるのかは分からない。


 強い技能とは限らない。


 それでも、返済するたびにアルトの選択肢は増えていく。


 借金を押しつけられた日には、金貨一枚を用意するだけで、すべてを売らなければならなかった。


 今は自分で稼ぎ、必要な装備を買い、生活費を残したうえで返済できる。


 アルトは革袋の中にある三枚の金貨を握った。


 増えたのは、技能だけではない。


 自分の人生を、自分で管理する力も戻り始めていた。


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