第52話 関所地下の債務者
《未登録契約具――位置を更新》
《関所地下》
《複数の債務者を確認》
アルトは古い関所跡を見つめた。
地上に見えているのは、崩れかけた石造りの建物だけ。
だが、その地下には契約具がある。
さらに、すでに借金を背負わされた人間たちが閉じ込められている。
「何人いますか?」
アルトが黄金の板へ問いかける。
《債務者――七名》
《関係者債務対象――十一名》
「中にいる七人だけではありません」
「家族も含めれば十八人ですか」
治癒師の女性が、関所から出てきた男を見る。
男の首には、黒い鎖が残っている。
《契約者本人の命令拒否を確認》
《家族三名からの徴収を準備》
「家族はどこにいる?」
アルトが尋ねる。
「街だ」
「黒い箱を保管していた街ですか?」
「ああ。妻と、子どもが二人いる」
「借金の表示は?」
「俺が命令を拒否した直後、筒に名前が出た」
本人から取れなければ、家族から取る。
本人に選ばせているように見せて、実際には拒否できない。
「地下へ入りますか?」
護衛の一人が尋ねた。
「すぐには入りません」
「債務者がいるんですよ」
「だからこそ、入口と罠を確認します」
関所へ誘い込むこと自体が、相手の目的かもしれない。
地下に人がいると知れば、アルトが助けようとすることも予想されている。
「黒い箱はここへ近づけません」
アルトは御者を見る。
「荷台を関所から離れた場所へ移してください。人員用の馬車も一緒に」
「アルトさんは?」
「関所の入口まで行きます」
「歩ける状態ではありません」
治癒師が即座に止める。
「護衛に支えてもらいます」
「私も同行します」
「黒い箱のそばに、治癒師が必要です」
「地下に怪我人がいるかもしれません」
アルトは少し考えた。
関所の地下にいる債務者が、どのような状態か分からない。
契約で生命力を徴収されているなら、救出直後に治療が必要になる。
「入口の安全を確認してから呼びます」
「先に入りすぎないでください」
「約束します」
輸送隊を二つに分ける。
黒い箱の監視に護衛二人。
御者二人と王都の職員一人も残る。
関所へ向かうのは、アルトと護衛二人。
黄金の板を持つ契約管理の職員。
そして、首に鎖を巻かれた男だった。
「俺も行くのか?」
「地下の入口を知っていますか?」
「知らない」
「関所にどれくらいいました?」
「半日ほどだ。机の前で命令を待っていた」
「ほかに人の気配は?」
「一度だけ、床の下から音がした」
「どの辺りですか?」
「奥の部屋だ」
アルトたちは、関所へ近づいた。
入口の扉は外れている。
石壁の一部も崩れ、屋根には穴が開いていた。
人が待ち伏せできる場所は多い。
「先に確認します」
護衛二人が左右へ分かれる。
アルトは入口の外で待った。
自分でも索敵を使う。
だが、以前より範囲が狭い。
関所の内部までは届くものの、地下の様子までは分からない。
「中に人はいません」
護衛が戻ってきた。
「罠らしい物は?」
「見える範囲にはありません」
「見えないものは?」
「分かりません」
「それで十分です」
分からないことを、ないと決めつけない。
アルトは杖をつき、ゆっくりと建物へ入った。
室内には、古い机と椅子が残っている。
机の上には、先ほど男が持っていたものと同じ黒い筒。
ただし、こちらは地面へ固定されていた。
《未登録契約具を確認》
《命令伝達用》
《発行元――地下》
「これも本体ではありません」
アルトは筒に触れず、部屋の床を見る。
「音がしたのはどこですか?」
「あそこだ」
男が奥の壁際を指す。
床には、古い敷物が置かれていた。
護衛が長い棒で敷物をめくる。
下から、鉄製の扉が現れた。
「鍵があります」
「触らないでください」
鍵穴の周囲には、黒い線が刻まれている。
アルトが黄金の板へ確認させる。
《地下収容区画》
《解錠条件》
《新たな債務者の登録》
「扉を開ければ、誰かが借金を背負います」
「誰が?」
《解錠者》
「鍵を開けた人間ですか」
罠解除の技能を使っても、扉を開けた時点で契約が成立する。
「壊せますか?」
護衛が剣の柄へ手をかける。
「扉を壊した場合を確認します」
《契約設備への損害》
《修理費――五金貨》
《損害債務を発行》
「開けても壊しても借金です」
「別の入口は?」
アルトは黄金の板へ問いかける。
《地上出入口――一》
《換気口――二》
「換気口から入れるかもしれません」
護衛が外へ回る。
しばらくして、建物の裏から声が聞こえた。
「一つ見つけました! 人は通れません!」
「中へ物を入れることは?」
「細い縄なら!」
アルトは考える。
地下へ入らなくても、黄金の板を近づければ契約具を調べられる可能性がある。
「板を縄で下ろします」
「落としたら回収できません」
契約管理の職員が言う。
「扉を開けるよりは危険が少ない」
黄金の板を布で包み、細い縄を何重にも結ぶ。
護衛が換気口から、ゆっくり地下へ下ろした。
しばらくすると、板が反応する。
《地下契約具との接続を確認》
《収容債務者――七名》
《生命反応――七名》
「全員、生きています」
アルトは息を吐いた。
「拘束を解除できるか」
《管理権限が必要》
「契約違反は?」
《収容契約を照合》
《債務内容――契約具の使用料》
《命令未達成による違約金》
《関係者への債務移転》
《重要条件の秘匿を確認》
《複数の重大違反》
「先ほどの五人と同じです」
「なら、無効にできるのでは?」
「地下の契約具と直接つながった今なら、可能性があります」
アルトは黄金の板へ命じた。
「違反契約による拘束を停止しろ」
《契約発行元から異議》
《債務者は契約書へ署名済み》
「重要条件を隠した署名だ」
《契約書への記載あり》
「読めない文字で書かれていた」
《視認可能》
「普通に読める大きさだったか?」
文字が止まる。
《文字高――一ミリ未満》
「読ませるためではなく、隠すための記載だ」
《異議》
「契約者へ説明した記録を出せ」
《記録なし》
「理解を確認した記録は?」
《なし》
「なら、同意は成立していない」
黄金の板が強く輝いた。
《契約者の理解を伴わない重大条件》
《同意不成立》
《収容拘束を停止》
地下から、重い物が落ちる音が連続して響いた。
鎖が外れたらしい。
だが、鉄の扉は閉じたままだった。
「扉の解錠条件は消えましたか?」
《地下収容契約――無効》
《通常の施錠状態へ移行》
「今なら罠解除で開けられます」
アルトは鍵穴の前へ座ろうとした。
右足に痛みが走る。
「俺がやります」
護衛の一人が言った。
「罠解除は?」
「持っていません」
「俺が指示します」
アルトは鍵の構造を見る。
罠解除Ⅱの知識は残っている。
細い金属棒を護衛へ持たせ、一つずつ動かす位置を伝えた。
「もう少し右です」
「ここか?」
「違います。奥へ押し込まないでください」
何度か失敗した。
それでも、アルト自身が無理な姿勢を取るより安全だった。
やがて、鍵の中から小さな音がする。
鉄の扉が開いた。
地下から、冷たい空気が上がってくる。
「治癒師を呼んでください」
護衛の一人が走り出す。
アルトは階段の上から地下を見た。
薄暗い通路。
壁には黒い鎖が何本も垂れている。
奥から、弱い声が聞こえた。
「誰か……いるのか……」
「助けに来ました」
アルトが答える。
「借金は?」
「違反契約による債務は、無効になりました」
しばらく返事はなかった。
やがて、別の声が震えながら尋ねる。
「本当に、払わなくていいのか?」
「あなたたちが借りた金ではありません」
「でも、契約書に……」
「読めない条件を隠した契約です」
アルトは杖を握り直す。
「それは借金ではありません」
護衛が先に地下へ入る。
安全が確認され、アルトも支えられながら階段を下りた。
奥の部屋には、七人の男女がいた。
全員、手首や首に黒い跡が残っている。
壁際には、大きな黒い契約具。
箱ではない。
何枚もの契約書を挟み込む、厚い台座のような形をしていた。
黄金の板が強く反応する。
《債務発行台帳を確認》
《発行済み契約――百二十七件》
アルトは足を止めた。
七人だけではない。
黒い箱の管理者は、これまでに百件を超える借金契約を作っている。
《契約継承者候補に関する記録を確認》
《候補者――複数》
《現在の生存者――三名》
アルト以外にも、返済を続けて判定へ進もうとしている人間がいる。
さらに表示が続く。
《第一候補――所在不明》
《第二候補――王都》
《第三候補――アルト》
黒い契約の次の候補者は、すでに王都にいた。




