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借金を押しつけられて追放された俺、返済するたび元仲間のスキルが俺のものになる  作者: 月瀬 リュカ


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第49話 古い関所跡



 日が沈む前に、輸送隊は街道を外れた。


 古い関所跡まで、まだ距離がある。


 地図では、林を抜けた先に石造りの建物が残っている。


 かつては王都へ入る荷馬車を調べていた場所らしい。


 今は別の街道が整備され、使われていない。


「ここから先は、馬車を進めません」


 アルトが言うと、御者が周囲を見回した。


「この場所で待つのですか?」


「黒い箱を関所へ近づけたくありません」


「相手がこちらへ来たら?」


「そのときは撤退します」


 人員用の馬車と、黒い箱を載せた荷台を林の中へ移す。


 街道から直接見えない位置。


 ただし、急いで方向を変えられるよう、馬はつないだままにした。


 黒い箱の周囲には、改めて白い線を引く。


 鐘を持つ護衛も配置についた。


「偵察は俺が行きます」


 護衛の一人が言った。


「一人ではなく、二人でお願いします」


「アルトさんは?」


「ここに残ります」


 治癒師が満足そうに頷いた。


「正しい判断です」


「怪我をしているからではありません」


「理由は何でも構いません」


 アルトは反論せず、地図を広げた。


「関所の正面へは近づかないでください。林の外側から、人影と馬の数だけ確認する」


「中へ入らなくていいのですか?」


「相手の目的が分からない状態で、建物へ入るのは危険です」


 使われていない建物。


 逃げ道の少ない場所。


 契約具を使う相手が待っている。


 罠がないと考える理由はなかった。


「異常があれば戻る。戦闘はしない」


「分かりました」


 二人の護衛が林の中へ消えていく。


 アルトは馬車のそばへ腰を下ろした。


 以前なら、自分も偵察へ向かっていた。


 索敵Ⅱ。


 罠解除Ⅱ。


 隠密Ⅰ。


 斥候として使える技能はそろっている。


 だが、索敵は一部をカスパーへ返している。


 右足も治っていない。


 今の状態で同行すれば、護衛の足を引っ張る。


「不満そうですね」


 治癒師が隣へ座った。


「自分で確認できないのは、落ち着きません」


「護衛を信用していないのですか?」


「信用していても、見た情報が同じとは限りません」


「だから、戻ってから詳しく聞くのでしょう?」


「はい」


「では、今は休んでください」


 アルトは右肩へ触れた。


 馬車に乗っていたため、腫れは少し引いている。


 右足の痛みも、動かなければ耐えられた。


「王都まで、この状態が続くと思いますか?」


 治癒師が尋ねる。


「黒い箱の妨害ですか?」


「はい」


「続くと思います」


「休む時間はありますか?」


「作ります」


「本当に?」


「俺が倒れれば、輸送を続けられません」


「ようやく分かってくれましたか」


「最初から分かっています」


「分かっている人は、怪我をした翌朝から訓練場へ行きません」


 アルトは答えず、黄金の板へ視線を落とした。


 封印した命令書の記録は、それ以上変化していない。


 黒い箱も静かだった。


 静かすぎる。


「箱から、何も表示されていません」


「良いことでは?」


「今までは、何かを仕掛ける前に文字が出ていました」


 共同債務。


 技能の返還。


 所有権の移転。


 どれも、完全ではなくても表示があった。


 今はない。


 相手が黒い箱の外から動いているためかもしれない。


「黄金の板で周囲の契約具を探せますか?」


 アルトは手をかざした。


「近くにある契約具を照合しろ」


《検索可能範囲を確認》


《黒い契約魔道具――一》


《封印中の契約具――一》


《未登録契約具――二》


「二つあります」


 王都の職員が顔を上げた。


「関所にあるのでしょうか?」


「位置を表示しろ」


《未登録契約具――北東》


《未登録契約具――南》


「別々の方向です」


 関所跡は北東。


 南には、街道から外れた林しかない。


「待ち伏せが一人とは限りません」


 護衛の配置を変える。


 南側にも一人。


 馬の近くにも一人。


 黒い箱を守るためではない。


 誰かが荷台へ近づいたとき、鐘を鳴らすためだった。


「偵察へ出た二人に知らせますか?」


「今から追えば、こちらの位置を見失う可能性があります」


「では?」


「戻るまで待ちます」


 アルトは帳面へ時刻と位置を書き込もうとして、手を止めた。


 帳面の所有者は、契約管理の職員へ移している。


「記録をお願いします」


「はい」


 職員が代わりに書き留めた。


 自分の帳面へ、自分で書けない。


 不便だった。


 だが、黒い箱に記録を消されるよりはいい。


 しばらくして、林の奥から鳥が飛び立った。


 直後。


 護衛の一人が戻ってくる。


「関所跡に人がいます」


「何人ですか?」


「見えたのは一人です」


「馬は?」


「一頭」


「建物の中は?」


「確認していません」


「もう一人の護衛は?」


「南側を確認しています。関所の裏手で、別の足跡を見つけました」


「新しい足跡ですか?」


「はい。少なくとも二人分あります」


 見えているのは一人。


 だが、ほかにも誰かいる。


「関所にいた者の様子は?」


「椅子に座り、こちらを待っています」


「武器は?」


「見える範囲にはありません」


「契約具らしい物は?」


「机の上に、黒い筒がありました」


 未登録契約具の一つ。


 関所にあるのは、それで間違いない。


「こちらに気づいていましたか?」


「分かりません。ただ……」


 護衛が言葉を止める。


「何ですか?」


「戻ろうとしたとき、男がこちらを見ました」


「姿を見られた?」


「木の陰にいました。普通なら見えない距離です」


「索敵を持っている可能性があります」


 アルトは黄金の板を見た。


《北東の契約具――移動なし》


《南の契約具――接近中》


「南から来ます!」


 鐘が一回、長く鳴らされた。


 全員が黒い箱の荷台から離れる。


 護衛たちは南側へ武器を向けた。


 林の中から、枝を踏む音が近づいてくる。


 一人ではない。


 二人。


 いや、もっといる。


 アルトは弱くなった索敵を広げた。


 頭の奥に痛みが走る。


「無理をしないでください」


 治癒師が腕を押さえる。


「五人います」


「分かるんですか?」


「正確ではありません」


 少なくとも四人。


 多ければ六人。


 一定の間隔を空け、輸送隊を囲もうとしている。


「馬車を動かしてください」


 アルトが御者へ指示する。


「関所とは反対方向へ」


「逃げるのですか?」


「囲まれる前に位置を変えます」


 戦う必要はない。


 目的は、黒い箱を王都へ運ぶこと。


 関所にいる人間の正体を暴くために、護衛を失うわけにはいかなかった。


 御者が手綱を取る。


 人員用の馬車が先に動く。


 黒い箱を載せた荷台も続こうとした。


 だが、車輪が動かなかった。


「どうした!」


「引っかかっています!」


 御者が馬へ合図を送る。


 馬は進もうとしている。


 それでも、荷台だけが地面へ縫いつけられたように動かない。


 黒い箱の覆いへ、文字が浮かぶ。


《輸送経路の変更を拒否》


「箱が止めています!」


 アルトの右手首にある黒い輪が熱を持った。


《暫定所有者へ確認》


《予定経路を継続しますか》


《承諾》


《拒否》


 選択肢が現れる。


「拒否します」


 アルトはすぐに触れた。


《暫定所有者の拒否を確認》


《旧管理者の指示を優先》


「旧管理者が、関所へ進ませようとしています」


 黒い箱を載せた荷台の下から、黒い線が地面へ伸びていた。


 関所跡の方向。


 まるで見えない鎖で、荷台を引いている。


「切れますか?」


 護衛が剣を構える。


「触らないでください」


 黒い線は契約だ。


 剣で切れるとは限らない。


 触れた人間へ、別の債務が発生する可能性もある。


 アルトは黄金の板へ右手をかざした。


「輸送経路を決める権限は、誰にある」


《通常時――王都契約院》


《契約異常発生時――アルト》


「現在、契約異常は発生している」


《確認》


「なら、旧管理者の指示は無効だ」


《権限を照合》


 黒い線が一度、大きく震えた。


《旧管理者の指示》


《輸送契約上の権限なし》


《経路固定を解除》


 地面へ伸びていた黒い線が消える。


 荷台が動き始めた。


「進んでください!」


 輸送隊は関所跡から離れる方向へ進む。


 南側から近づいていた者たちも、速度を上げた。


 林の間に、人影が見える。


 黒い外套。


 顔は見えない。


「止まれ!」


 人影の一人が叫んだ。


「王都契約院の命令だ!」


 誰も止まらない。


 その声は、十五金貨を運んできた男が話していたものと同じ内容だった。


「命令書を見せろ!」


 護衛が叫び返す。


「輸送責任者アルトへ、直接伝える!」


「アルトは輸送責任者ではない!」


 人影の足が、わずかに止まった。


 こちらが契約の穴へ気づいていると分かったのだろう。


 次の瞬間。


 関所跡の方向から、低い音が響いた。


 鐘ではない。


 地面の奥まで震わせるような音。


 黒い箱を載せた荷台が、再び止まった。


 黄金の板へ文字が浮かぶ。


《契約継承者候補の逃走を確認》


《第二判定を前倒しします》


 アルトの表情が変わる。


「返済率は五パーセントです!」


《不足分を免除》


《返済率――十パーセントとして仮認定》


 黄金の光と黒い光が、同時に板の上でぶつかった。


《第二判定を開始》


 アルトの右手首に残っていた黒い輪が、一気に広がった。


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