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借金を押しつけられて追放された俺、返済するたび元仲間のスキルが俺のものになる  作者: 月瀬 リュカ


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第46話 消された顔



 黒い箱を載せた荷台から、硬い音が一度だけ響いた。


 まるで、ヴァリスの言葉へ反応したようだった。


「全員、荷台から離れてください」


 アルトが告げる。


 同行者たちはすぐに距離を取った。


 黒い箱から光は漏れていない。


 それでも、黄金の板には新しい文字が浮かび始めていた。


《契約起点に関する発言を確認》


《秘匿処理を開始》


「秘匿処理?」


 契約管理の職員が声を上げる。


「何を隠すつもりですか?」


 アルトが黄金の板へ問いかける。


《仲介者情報》


 ヴァリスが頭を押さえた。


「どうしました?」


「頭が……」


「何を思い出していましたか?」


「契約書を渡した男だ」


「その人間について、覚えていることを話してください」


 アルトは帳面を開いた。


 黒い箱が記憶を消そうとしているなら、残っている情報を先に記録しなければならない。


「男だった」


 ヴァリスが答える。


「年齢は?」


「分からん」


「髪の色は?」


「……分からない」


「服装は?」


「冒険者ではなかった」


「なぜそう思ったんです?」


「武器を持っていなかった。いや……持っていたかもしれない」


 答えるたびに、ヴァリスの表情が苦しそうに歪む。


「無理に思い出させないでください」


 治癒師が言った。


「ですが、今記録しなければ消されます」


「記憶が傷つく可能性があります」


「どこまでなら続けられますか?」


 治癒師はヴァリスの目を確認した。


「吐き気や視界の異常が出たら中止します」


 アルトは頷いた。


「話しかけられた場所は?」


「ギルドの酒場だ」


「時間は?」


「依頼から戻ったあとだ。夕方だった」


「セナさんとカスパーさんもいましたか?」


「ああ」


 アルトは二人を見る。


「覚えていますか?」


 セナは首を振った。


「契約書に署名したことは覚えている。でも、誰が持ってきたのかは……」


「俺も同じだ」


 カスパーが答える。


「ヴァリスが用意したと思っていた」


「俺も、そう思っていた」


 ヴァリスが呻くように言った。


「さっきまで、契約書は自分で探したと思っていた」


「それが違うと気づいたきっかけは?」


「印を見たときだ」


 アルトが写した二つの契約印。


 それを見た瞬間、忘れていた言葉だけが浮かんだらしい。


 荷物持ちなら、借金を背負わせても誰も困らない。


「契約書の中に、記憶へ干渉する条件があった可能性があります」


 アルトは黄金の板へ右手をかざした。


「俺の借金契約に、仲介者を忘れさせる条項があるか確認しろ」


《契約原本が必要です》


「返済所にあります」


「今から取りに戻りますか?」


 契約管理の職員が尋ねる。


 アルトは黒い箱を載せた荷台を見る。


 何度も出発を止めている。


 ここに留まるほど、街へ被害が及ぶ危険も増す。


「原本を王都へ送る手配はできますか?」


「返済所の許可があれば可能です」


「原本を持ち出せない場合は、写しを作ってください」


「すぐに連絡します」


 職員が伝令役へ指示を出した。


 アルトは帳面へ、ヴァリスが話した内容を書き込む。


 場所。


 時間帯。


 武器を持たない男。


 そして、言われた言葉。


「ほかに覚えていることは?」


「声だ」


 ヴァリスは目を閉じた。


「低くも高くもなかった」


「特徴は?」


「妙に聞き取りやすかった」


「周囲が騒がしかったのに?」


「ああ」


 ギルドの酒場なら、冒険者たちの会話や食器の音が響いていたはずだ。


 その中で、知らない男の声だけがはっきり聞こえた。


「魔法か、契約による干渉かもしれません」


「俺は操られていたのか?」


 ヴァリスが尋ねる。


「それは分かりません」


 アルトは答えた。


「契約書を渡されたことと、俺へ借金を押しつけると決めたことは別です」


 ヴァリスの顔が強張る。


「操られていたなら、俺に責任はないとでも言うと思ったか?」


「思っていません」


「俺が署名した。セナとカスパーにも署名させた。そして、お前の名前を書いた」


「はい」


「それは覚えている」


 記憶を消されたとしても、選んだ行動まで消えるわけではない。


「ただ、最初から誰かに狙われていた可能性があります」


「なぜアルトを?」


 治癒師が尋ねる。


「当時の俺には、借金以外に何もありませんでした」


「だからではないか?」


 カスパーが言った。


「技能を持たない荷物持ち。借金を背負わせても抵抗できない。契約の実験には都合がよかった」


「実験……」


「実際、アルトが返済するたびに俺たちの技能が移った」


 現在使われている技能担保契約より古い遺跡。


 返済率によって始まる判定。


 契約継承者候補という表示。


 黒い箱の管理者は、最初からアルトが返済を続けることを予想していたのかもしれない。


「返済できずに潰れる可能性もあった」


 アルトが言う。


「鉱山や牢へ送られていたかもしれません」


「その場合は、別の人間で試したのでは?」


 王都の職員の言葉に、全員が黙った。


 黒い箱の内部には、複数の債務記録があった。


 対象情報は削除されていた。


 アルト以外にも、同じように借金を押しつけられた人間がいた可能性がある。


「削除された契約記録を戻す必要があります」


「第二判定を受けなければ復元できません」


 契約管理の職員が言った。


「だが、今受ければ箱の所有者にされる」


 ヴァリスが黒い荷台を睨む。


「だから、王都で対策を整えるまで返済を止めます」


 アルトは立ち上がろうとした。


 右足に痛みが走る。


 治癒師がすぐに肩を支えた。


「今日は、もう立って指示を出さないでください」


「馬車まで歩くだけです」


「杖を使って、ゆっくりです」


「分かりました」


 ヴァリスがアルトの帳面を見た。


「俺たちは、どうすればいい」


「街に残ってください」


「黒い箱は、また俺たちを狙うかもしれない」


「返済の提案が出ても選ばないでください。必ず黄金の板か契約管理の職員を通して確認する」


「それだけか?」


「契約書を渡した人間について、無理のない範囲で記録してください」


「思い出せなければ?」


「思い出せないことも記録する」


 何を忘れているか分からなくても、記憶が欠けている時刻や場所は残せる。


「ギルドの記録も調べます」


 契約管理の職員が言った。


「当日の受付記録や、酒場で働いていた者の証言を集めます」


「相手も記憶を消されている可能性があります」


「それでも、調べないよりはましです」


 ヴァリスは頷いた。


「分かった」


 アルトたちは、ようやく輸送を再開することにした。


 ヴァリス、セナ、カスパーは街へ戻る。


 アルトは人員用の馬車へ乗り込んだ。


 治癒師が隣に座り、右足を伸ばせるよう荷物を動かす。


「ここからは休んでください」


「帳面の整理だけします」


「揺れる馬車の中で書けば、文字が読めなくなります」


「読むのは俺だけです」


「私も読みます」


 帳面を取り上げられ、アルトは諦めて背もたれへ身体を預けた。


 鐘が一度鳴る。


 先頭の護衛が進み始める。


 人員用の馬車。


 十分な距離を空けて、黒い箱を載せた荷台。


 今度は、手首に新しい債務は現れなかった。


 街の門が、少しずつ遠ざかっていく。


 アルトは目を閉じた。


 索敵の一部を失ったため、周囲の音が以前より遠く感じる。


 それでも、馬車の車輪が地面を踏む音は分かった。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 その音に混じって、聞き慣れない音がした。


 馬車の下。


 木の床を、内側から指で叩くような音。


 アルトは目を開いた。


「止めてください」


「どうしました?」


 治癒師が尋ねる。


「この馬車の下に、何かいます」


 護衛が鐘を三回鳴らす。


 馬車が止まった。


 床下を調べるため、護衛の一人が身をかがめる。


「何も見えません」


 次の瞬間。


 アルトの座っている床へ、黒い文字が浮かび上がった。


《秘匿処理完了》


《仲介者に関する記録を削除します》


 アルトは治癒師から帳面を奪い返した。


 先ほど書いたばかりの文字が、紙の上から一行ずつ消え始めていた。


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