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第4話 返済より先に、剣を直しました



 翌朝。


 アルトは身体の痛みで目を覚ました。


「……痛いな」


 太ももの傷だけではない。


 肩、腕、腰、背中。


 全身が重く、少し動くだけで筋肉が悲鳴を上げる。


 角ウサギとの戦いでは無我夢中だったが、身体にはかなりの負担がかかっていたらしい。


 安い治療薬を使ったおかげで、太ももの出血は止まっている。傷口も塞がり始めていた。


 それでも、今日すぐ森へ戻るのは危険だった。


「焦ったら、次は死ぬ」


 アルトはベッドへ腰かけ、昨日の戦いを思い返した。


 三匹の角ウサギを倒した。


 結果だけを見れば勝利だ。


 だが、最初の一匹を仕留めるまでに何度も攻撃を受けた。


 最後の一匹には、太ももを切られた。


 相手がもう少し強い魔物なら、生きて帰れなかっただろう。


 アルトは壁へ立てかけていた剣を手に取った。


 もともと刃こぼれしていた剣は、昨日の戦闘でさらに傷んでいる。


 刃には脂と血が残り、柄に巻かれた革も緩んでいた。


 このまま使い続ければ、戦闘中に壊れるかもしれない。


「手入れが必要だな」


 アルトは革袋の中身を数えた。


 昨日得た報酬から、治療薬、食事、宿代を支払った。


 残金は銀貨三枚と銅貨が少し。


 銀貨七枚を追加で稼げば、金貨一枚を返済できる。


 だが、剣を直せば返済が遠のく。


 アルトはしばらく硬貨と剣を見比べた。


 そして剣を持ち、宿を出た。


 向かったのは、昨日この剣を買った武具店だった。


 店員は戻ってきたアルトを見ると、剣へ目を向けた。


「もう壊したのか?」


「角ウサギを三匹倒しました」


「これでか?」


 店員が驚いたように剣を受け取る。


 刃の状態を確かめ、次に柄を軽く揺らした。


「刀身は短いが、芯までは傷んでいない。研ぎ直しと柄の補強なら銀貨二枚だ」


「銀貨二枚……」


 払えば、手元には銀貨一枚しか残らない。


 昨日の怪我を考えれば、防具も欲しい。


 まともな革鎧は無理でも、厚手の上着くらいは買うべきだろう。


 返済だけを考えれば、何も買わずに森へ入るほうが早い。


 しかし、死んだら返済も何もない。


「お願いします」


 アルトは銀貨二枚を差し出した。


 作業が終わるまでの間、店内に置かれた中古防具を眺める。


 厚手の革で作られた胸当てが銀貨八枚。


 腕を守る籠手が銀貨四枚。


 一番安い防具でも、今は手が届かない。


 やがて、研ぎ直された剣が戻ってきた。


 刃こぼれは完全には消えていない。


 先端も折れたままだ。


 それでも刃には鈍い輝きが戻り、柄を握ってもぐらつかなくなっていた。


「これなら、しばらく使える」


「無茶はするなよ。剣が直っても、使う人間まで丈夫になるわけじゃない」


「分かっています」


 アルトは剣を腰へ差した。


 返済は遠のいた。


 それでも、不思議と後悔はなかった。


 借金を押しつけられた直後なら、持っている金をすべて返済へ回していただろう。


 だが、それではいつまでも稼げない。


 必要なものへ金を使い、より多く稼ぐ。


 会計係だったアルトには、それが正しいことくらい分かっていた。


「借金に追われて、死ぬような真似はしない」


 今日は森へ行かず、町の中でできる仕事を探した。


 倉庫の荷運び。


 馬小屋の掃除。


 商店へ届いた木箱の整理。


 日が暮れるまで働き、受け取ったのは銀貨二枚と銅貨十枚。


 冒険者の仕事に比べれば少ない。


 それでも命を危険にさらさず、宿代と食費を稼げた。


 夜。


 アルトは宿の狭い部屋で、ゆっくり剣を振った。


 傷が開かないよう、踏み込みは浅くする。


 構えから斬撃へ移る動きを、何度も確かめる。


 速さよりも正確さを意識した。


 翌日も、日雇いの仕事をしながら身体を休めた。


 三日目には、太ももの痛みがかなり引いていた。


 アルトは町の近くにある草原へ向かった。


 森より見通しがよく、弱い魔物が多い場所だ。


 この日は角ウサギを一匹だけ見つけた。


 以前なら、魔物の姿を見ただけで身体が固まっていただろう。


 今も怖くないわけではない。


 ただ、何をすればよいかは分かっている。


 アルトは剣を抜き、周囲を確認した。


 ほかの魔物はいない。


 一匹だけなら、木を使わなくても戦える。


 角ウサギが突進してくる。


 身体が沈む瞬間を見る。


 ぎりぎりまで待ち、半歩だけ横へ動く。


 すれ違う瞬間に、剣を斜めへ振り下ろした。


 刃が背中へ深く入る。


 角ウサギは地面へ落ち、立ち上がろうとした。


 アルトはすぐに近づき、首へ二撃目を加える。


《角ウサギを討伐しました》


《《剣術Ⅰ》の習熟度が上昇しました》


 傷を負うことなく倒せた。


 前回は三匹に囲まれ、地形を利用してどうにか勝った。


 今回は一匹だけ。


 条件がまるで違う。


 それでも、自分が成長していることは感じられた。


「もう一匹くらいなら倒せそうだ」


 そう考えた直後、アルトは首を横へ振った。


「いや、今日は帰ろう」


 勝った直後が、一番危ない。


 気が大きくなって無理をすれば、これまでの努力がすべて無駄になる。


 アルトは角と肉を回収し、町へ戻った。


 翌日は二匹。


 その次の日も二匹。


 一度に複数を相手にせず、一匹ずつ誘い出して戦った。


 剣を振るたび、足の運びが滑らかになる。


 無駄な力も少しずつ抜けていく。


 五日後。


《《剣術Ⅰ》の習熟度が上限に達しました》


《技能《剣術Ⅰ》が《剣術Ⅱ》へ成長しました》


「上がった……!」


 アルトは思わず声を上げた。


 頭の中へ、新しい剣の扱い方が流れ込んでくる。


 知識が増えただけではない。


 これまで繰り返した動きが、身体に定着している。


 最初の返済で得たものは、きっかけにすぎなかった。


 そこから先は、アルト自身が剣を振って手に入れた力だ。


 町へ戻り、この日までに集めた素材をまとめて売却した。


 報酬を受け取ったアルトは、宿の部屋で所持金を並べる。


 金貨一枚。


 銀貨三枚。


 銅貨が四十二枚。


 剣を修理し、食事を取り、宿に泊まりながら稼いだ金だった。


 金貨一枚を返済しても、銀貨三枚が残る。


 前回のように完全な無一文にはならない。


「これなら払える」


 翌朝。


 アルトは契約を管理する窓口の前に立っていた。


 革袋から、金貨一枚を取り出す。


 これを払えば、残りは金貨二百九十八枚。


 そして、契約書に書かれていたことが本当なら――また新しい技能が回収される。


 前回はヴァリスの《剣術》だった。


 次は誰の、どんな技能なのか。


 アルトは金貨を強く握りしめた。


「二度目の返済をお願いします」


 金貨一枚が、受領箱へ落ちた。


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