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借金を押しつけられて追放された俺、返済するたび元仲間のスキルが俺のものになる  作者: 月瀬 リュカ


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第37話 二重徴収



《不足分十五金貨》


《担保技能の一部を徴収します》


 右手首の文字が、黒く濃くなる。


 アルトは自分の指先から、力が抜けていくのを感じた。


 ただの疲労ではない。


 剣の柄を包む感覚。


 指へ入れる力の順番。


 刃の向きを手の中で確かめる感覚。


 身につけたはずの知識が、少しずつ遠ざかっていく。


「剣術を取られている……」


「離れてください!」


 治癒師がアルトの左腕を引いた。


 アルトも抵抗しなかった。


 杖をつき、保管施設から離れる。


 一歩。


 二歩。


 右手首の熱は消えない。


「もっと下がる!」


 契約管理の職員が叫ぶ。


 周囲にいた者たちも、一斉に距離を取った。


 アルトは右手を開き、もう一度閉じる。


 指は動く。


 だが、木剣を握る動作を頭の中で思い浮かべても、以前ほど明確に再現できない。


《剣術Ⅳ――徴収中》


 新しい文字が手首へ浮かび上がった。


「剣術Ⅳを狙っています」


「止める方法は?」


「分かりません」


「箱を封印し直します!」


 職員の一人が保管施設へ向かおうとした。


「近づくな!」


 アルトが止める。


「しかし、このままでは技能を奪われます!」


「中へ入れば、あなたにも債務が作られる」


「では、どうするんですか!」


 アルトは息を整えた。


 焦りに任せて動けば、黒い箱の思うままだ。


 箱は不足している十五金貨を回収しようとしている。


 金が足りないため、担保技能へ切り替えた。


 ならば、これは攻撃ではない。


 契約による徴収だ。


「黄金の板を持ってきてください」


 アルトが言った。


「遺跡で見つかった板です」


「契約管理室にあります」


「箱へ近づけず、ここまで運んでください」


「分かりました!」


 契約管理の職員が走り出す。


 治癒師はアルトの腕を調べていた。


「痛みは?」


「熱いだけです」


「意識は?」


「あります」


「私の名前は分かりますか?」


 アルトは彼女を見た。


 答えようとして、口を閉じる。


 彼女は第34話で名乗った。


 だが、あのときからアルトは名を声に出して呼んでいない。


 記憶が奪われたのか。


 それとも、ただ思い出せないだけなのか。


「今は、出てきません」


 治癒師の表情が変わる。


「剣術だけではない可能性があります」


「いや」


 アルトは首を振った。


「名前を聞いたとき、俺は怪我と依頼のことで頭がいっぱいだった。覚えられていなかっただけかもしれない」


「こんなときまで冷静に分析しないでください」


「間違ったことを記録したくない」


 アルトは帳面を開こうとした。


 右手がうまく動かない。


 治癒師が帳面を受け取った。


「私が書きます」


「時刻。徴収対象は剣術Ⅳ。右手の感覚が低下。ほかの技能への影響は不明」


 治癒師が書き留める。


「火魔法は使えますか?」


「試しません」


「確認しなくていいんですか?」


「保管施設の近くで魔法を使うほうが危険です」


 剣術を失いかけていても、判断まで失ってはいない。


 今は、それだけで十分だった。


《剣術Ⅳ――徴収率十パーセント》


 文字が増える。


 右手から、さらに感覚が薄れていく。


 完全に奪われるまで、時間は長くない。


「アルトさん!」


 契約管理の職員が戻ってきた。


 両手には、布で包まれた黄金の板がある。


「地面へ置いてください」


「箱の近くへ運ばなくていいんですか?」


「俺の契約を認識できる場所なら、ここで反応するはずです」


 職員が布を開き、黄金の板を地面へ置いた。


 最初は何も起きなかった。


 黒い箱の徴収だけが続いている。


《剣術Ⅳ――徴収率十三パーセント》


「反応しません!」


「待ってください」


 アルトは右手首を黄金の板へ近づけた。


 触れない。


 板の上へ、手をかざすだけにする。


 黄金の表面に、淡い光が走った。


《契約継承者候補を確認》


《総返済額――十五金貨》


《返済率――五パーセント》


《第二判定条件――未達成》


 そこまでは、以前と同じだった。


 続いて、新しい文字が現れる。


《外部契約による徴収を確認》


《徴収対象――返済によって正当に移転した技能》


《照合を開始》


 黒い箱の光が強くなる。


 保管施設の窓に、別の文字が映った。


《担保技能を回収中》


 黄金の板にも文字が浮かぶ。


《該当技能の所有権を確認》


《旧所有者――ヴァリス》


《移転条件――債務返済》


《移転済み割合――確定》


 アルトは息を呑んだ。


 黄金の板は、技能が移った経緯まで記録している。


 黒い箱の徴収率が上がる。


《剣術Ⅳ――徴収率十八パーセント》


 右手から力が抜け、杖が傾いた。


 治癒師が身体を支える。


「まだですか!」


「板が判定しています」


「判定が終わる前に、技能がなくなります!」


「箱へ近づいてはいけない」


「でも――」


「近づかないでください」


 アルトは黄金の板を見つめ続けた。


 ここで誰かが黒い箱へ近づけば、新しい債務者が増える。


 自分の技能を守るために、ほかの人間を危険へ向かわせることはできない。


《所有権照合完了》


 黄金の文字が強く輝いた。


《返済によって移転した技能は、旧債務の担保対象外》


《同一債務に対する再徴収を確認》


《二重徴収――契約違反》


 その瞬間。


 アルトの右手首から、黒い文字が弾けた。


 保管施設の窓を覆っていた光も、大きく揺らぐ。


《剣術Ⅳ――徴収中断》


 右手へ、感覚が戻ってくる。


 すべてではない。


 指先には、まだ鈍さが残っている。


 それでも、奪われ続ける感覚は止まった。


 アルトはその場へ膝をついた。


「アルトさん!」


「大丈夫です」


「大丈夫な人は倒れません」


 治癒師が肩を支える。


「右手を動かしてください」


 アルトは指を一本ずつ曲げた。


 親指。


 人差し指。


 中指。


 薬指。


 小指。


 すべて動く。


「握る感覚は?」


「少し鈍いです」


「剣術は?」


「分かりません。木剣を持たなければ確認できない」


「今日は持たせません」


「確認だけでも」


「持たせません」


 治癒師は強い口調で言った。


 反論しようとしたとき、黄金の板に再び文字が浮かんだ。


《契約違反を記録》


《違反契約の発行元を検索》


《検索中》


 黒い箱が、保管施設の中で激しく震え始めた。


 床を引っかく音が響く。


 まるで黄金の板から逃げようとしているようだった。


「箱が動いています!」


「全員、建物から離れてください!」


 アルトが叫ぶ。


 職員たちがさらに後ろへ下がる。


 黄金の板の文字が切り替わった。


《発行元――不明》


《契約院登録――なし》


《古代契約記録――削除済み》


「削除済み?」


 契約管理の職員が呟く。


「誰かが記録を消したということですか?」


「分かりません」


 アルトは黄金の板へ目を戻した。


 まだ表示は終わっていない。


《違反契約の管理権限を確認》


《管理者――生存》


 その場にいた全員が、言葉を失った。


 黒い箱は、放置された古代の魔道具ではない。


 今もどこかに、管理している人間がいる。


 さらに文字が現れる。


《管理者からの接続を確認》


《対象――契約継承者候補アルト》


 アルトの右手首が、再び熱を持った。


 今度は徴収の文字ではない。


 黒い線が、ゆっくりと一つの文章を作っていく。


《我々の契約を邪魔するな》


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