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借金を押しつけられて追放された俺、返済するたび元仲間のスキルが俺のものになる  作者: 月瀬 リュカ


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第34話 七日間の準備


 王都への出発まで、あと七日。


 アルトは翌朝から、訓練場の端に立っていた。


 右肩にはまだ包帯が巻かれている。


 右足にも痛みが残っていた。


 身体強化は禁止。


 剣を全力で振ることも許されていない。


 だから、今日は戦うための訓練ではない。


「まず、剣を握ってください」


 アルトの正面には、ヴァリスが立っていた。


 右手には木剣。


 ただし、柄を握り込むことはできていない。


 親指と人差し指で、落とさないよう支えているだけだった。


「こんな握り方で剣を振れるわけがない」


「振らなくていい」


「では、何をする」


「落とさずに持つ」


 ヴァリスの眉が動く。


「馬鹿にしているのか?」


「今の右手で、木剣を何秒持てる?」


「それくらい――」


 言い終わる前に、木剣が傾いた。


 ヴァリスは慌てて左手を添える。


「右手だけで持て」


「分かっている!」


 もう一度、柄を握る。


 十秒。


 二十秒。


 三十秒に届く前に、指が開いた。


 木剣が地面へ落ちる。


 ヴァリスは唇を噛んだ。


「拾ってください」


「何度やらせるつもりだ」


「落とさなくなるまで」


「剣術の訓練ではないだろう」


「剣を握れない人間へ、剣術を教えることはできない」


 ヴァリスは黙り込み、木剣を拾った。


 以前なら、アルトの言葉を聞こうともしなかった。


 それでも今日は帰ろうとしない。


 剣士であり続けるためなら、屈辱にも耐えるつもりらしい。


「力を入れすぎるな」


「落とすよりましだ」


「力を入れると、指が早く疲れる」


「なら、どう持つ」


「握り込むんじゃない。柄を包む」


 アルトは自分の左手で、ゆっくり握り方を見せた。


 親指で押さえつけない。


 小指と薬指を中心に支える。


 人差し指は、刃の向きを感じるために軽く添える。


 剣術Ⅳへ成長してから、以前より細かな部分まで分かるようになった。


 だが、知識があるだけでは伝わらない。


「指の位置が違う」


「これか?」


「もう少し下だ」


「ここか?」


「そうだ」


 ヴァリスが木剣を持ち直す。


 先ほどより、余計な力が抜けていた。


 十秒。


 二十秒。


 三十秒。


 今度は一分近く持ち続けた。


「……落ちない」


「その握り方を身体に覚えさせろ」


「次は振っていいのか?」


「まだだ」


「いつまで持つだけなんだ」


「右手で一分。休んで、もう一度。それを十回」


「十回?」


「嫌ならやめてもいい」


 ヴァリスは木剣を握り直した。


「やる」


 訓練場の反対側では、カスパーが壁際の椅子に座っていた。


 左足には固定具がつけられている。


 歩けるようにはなったが、走ることはできない。


「俺まで呼んだ理由は何だ」


 カスパーが尋ねる。


「索敵の訓練をする」


「今の俺には、以前の半分も残っていない」


「だからだ」


 アルトは訓練場の端へ、小さな木片を五つ置いた。


 形も大きさも同じ。


 一つだけ、内側に小石を入れてある。


「目を閉じてください」


「音で当てろというのか?」


「はい」


「俺を試しているのか?」


「残っている技能を確認する」


 カスパーは不満そうな顔をしたが、目を閉じた。


 アルトは木片を一つずつ持ち上げ、軽く振る。


 一つ目。


 音はない。


 二つ目。


 音はない。


 三つ目。


 かすかに、小石が転がる。


「今のだ」


「分かったのか?」


「以前なら、もっと小さな音でも聞き分けられた」


「今、分かったかどうかを聞いている」


「……分かった」


「なら、索敵は失われていない」


「弱くなった」


「残っている」


 アルトは木片の位置を入れ替えた。


「もう一度です」


「何度やる」


「聞き逃さなくなるまで」


「ヴァリスと同じことを言うんだな」


「基礎は、何度も繰り返すしかない」


「技能を移されたお前が言うのか」


 アルトは答えず、木片を振った。


 カスパーも、それ以上は言わなかった。


 技能を得る方法が違っても、使いこなすための訓練は必要になる。


 アルト自身、それを思い知らされていた。


 索敵Ⅱを広げすぎれば、頭痛がする。


 火魔法Ⅱは、威力を上げれば魔力を一気に消耗する。


 剣術Ⅳの動きをそのまま再現すれば、身体が壊れる。


 移った技能は、完成された力ではない。


 扱い方を覚えなければ、ただ危険なだけだった。


 一時間ほど経ったところで、訓練場の入口から声が聞こえた。


「休憩してください」


 治癒師の女性だった。


 手には、水の入った容器と包帯を持っている。


「まだ一時間です」


 アルトが言うと、女性は右肩を見る。


「一時間も、です」


「剣は振っていません」


「立ち続けています」


「それくらいなら」


「右足をかばって、左足に負担をかけています」


 指摘され、アルトは自分の立ち方を見る。


 確かに、無意識に右足へ体重をかけないようにしていた。


「座ってください」


「あと少しだけ」


「王都まで歩いて行くつもりですか?」


「馬車です」


「馬車に乗るためにも歩きます」


 反論できない。


 アルトは訓練場の端へ移動し、腰を下ろした。


 女性が包帯の状態を確かめる。


「痛みは?」


「ほとんどありません」


「正直に」


「少しあります」


「動かしたときだけですか?」


「立っている間も、少し」


 女性の目が細くなる。


「休憩を増やしてください」


「分かりました」


「本当に?」


「昨日、約束しました」


「約束した直後に訓練場へ来ています」


「俺の訓練ではありません」


「立って指導していたのは誰ですか?」


「……俺です」


 ヴァリスがこちらを見て、わずかに口元を動かした。


 笑ったようにも見えた。


「何だ?」


「いや」


「笑っただろう」


「お前が注意される側なのが珍しかっただけだ」


「木剣を落としている人間に言われたくない」


「さっきは二分持てた」


「十回続けられてから言え」


 二人の会話を聞き、カスパーが小さく息を吐いた。


「以前と立場が逆だな」


 ヴァリスの表情が固まる。


 以前は、ヴァリスが指示を出していた。


 アルトは荷物を持ち、言われたとおりに動く側だった。


 今はアルトが教え、ヴァリスが基礎からやり直している。


「気にする必要はない」


 アルトは水を飲みながら言った。


「俺は命令しているわけじゃない」


「同じようなものだ」


「嫌なら帰れ」


「帰らない」


 ヴァリスはすぐに答えた。


 意地ではない。


 剣を取り戻したいという執念だった。


「では、休憩後に続ける」


「次は振らせろ」


「持つ訓練が終わったらだ」


「終わるまで何日かかる」


「今のままなら、三日」


「三日も?」


「三日で済むなら早い」


 ヴァリスは不満そうだったが、木剣を手放さなかった。


 女性がアルトの包帯を巻き直す。


「王都への護送依頼を受けたそうですね」


「聞いたんですか?」


「ギルド内では話題になっています」


「危険な魔道具を運ぶ依頼です」


「参加者は決まっていますか?」


「契約院から二人、ギルドから二人です」


「治癒師は?」


「確認していません」


「確認してください」


「必要だと思いますか?」


「危険な魔道具を運ぶのに、怪我人が出ないと思っているのですか?」


「思っていません」


「では、必要です」


 アルトは少し考えた。


 戦闘だけなら、護衛二人で足りるかもしれない。


 だが、黒い箱がどのような異常を起こすのか分からない。


 契約による異常が、治癒魔法で治せるとは限らない。


 それでも、普通の怪我への備えは必要だった。


「ギルドへ確認します」


「いなければ、私が参加します」


「旧水路の依頼は?」


「別の方へ回したのでしょう?」


「そうですが」


「私は、あなたの募集へ応募しました」


「依頼は変わっています」


「条件も報酬も、まだ聞いていません」


「危険度は旧水路より高いかもしれません」


「怪我人が出る可能性も高い」


 女性の答えは変わらない。


「教会で三年間働いていたと言っていましたね」


「はい」


「なぜ辞めたんですか?」


 初めて尋ねることだった。


 女性の手が、一瞬止まる。


 アルトはすぐに続けた。


「言いたくなければ、答えなくて大丈夫です」


「教会では、治す相手を選ばなければなりませんでした」


「選ぶ?」


「寄付を多く納めた者。教会と契約を結んでいる商会。地位のある者」


 女性は包帯を結び終えた。


「治癒師の数にも、魔力にも限りがあります。優先順位が必要なのは分かっています」


「それでも納得できなかった?」


「入口で倒れている人を後回しにして、歩いて来られる貴族を先に治すことがありました」


 ヴァリスとカスパーも、黙って聞いていた。


「私は何度か、指示に逆らいました」


「それで辞めたんですか?」


「辞めさせられました」


「後悔していますか?」


「していません」


 女性は迷わなかった。


「ただ、教会を出れば、治療道具も薬も自分で用意しなければなりません。冒険者になれば、治療を必要としている人のところへ行けると思いました」


「危険な場所へも?」


「安全な場所にいる人だけが、怪我をするわけではありません」


 坑道へ迷わず入った理由が、少し分かった。


「名前を聞いていませんでした」


 アルトが言うと、女性は少し驚いた顔をした。


「そういえば、名乗る前に騒ぎが起きましたね」


「教えてもらえますか?」


 女性は口を開きかけた。


 そのとき、訓練場の入口へ契約管理の職員が現れた。


「アルトさん。少しよろしいですか?」


「はい」


 女性は名乗る機会を失い、治療道具を片づけた。


「またあとで」


「分かりました」


 アルトは杖をついて立ち上がった。


 職員とともに訓練場を出る。


「金色の板に変化が?」


「いえ。王都から使者が到着しました」


「予定より早いですね」


「輸送依頼の出発日を変更したいそうです」


「早めるんですか?」


「はい。七日後ではなく、三日後に」


 アルトは足を止めた。


「理由は?」


「黒い契約魔道具の影響が、拡大しています」


「保管しているだけで?」


「魔道具へ触れていない者にも、契約印が現れ始めたそうです」


「拒否しても契約を作ろうとするだけではなかったんですか?」


「昨日までは」


 職員の顔には、明らかな焦りがあった。


「現在、保管施設の周囲に住む者たちへ、存在しない債務が表示されています」


「存在しない借金?」


「はい」


「返済を要求されている?」


「まだ徴収は始まっていません。しかし、表示される残額が少しずつ増えているそうです」


 借りてもいない金。


 結んでもいない契約。


 それでも債務だけが増えていく。


「すぐ運ぶのは危険では?」


「保管し続けるほうが危険だと判断されました」


「王都へ運べば、安全になるんですか?」


「王都契約院には、強力な封印設備があります」


「途中で異常が起きた場合は?」


「だから、アルトさんが必要です」


 アルトは右肩へ触れた。


 三日後。


 完全には治らない。


 身体強化も使えない可能性が高い。


「怪我が治っていません」


「承知しています。そのため、今回は戦闘要員としてではなく、契約異常への対応者として参加していただきます」


「魔道具へ触れるのは俺だけ」


「はい」


「断った場合は?」


「別の方法で運びます」


「対応できる人間は?」


「現時点では確認されていません」


 実質、代わりはいない。


 それでも職員は、断れないとは言わなかった。


「報酬は変わりますか?」


「緊急手当として、五金貨が追加されます」


 合計二十五金貨。


 成功すれば、十五金貨を返済しても十金貨残る。


 だが、報酬だけで決める依頼ではなかった。


「護衛と治癒師を増やしてください」


「護衛は二名から四名へ増員されます」


「治癒師は?」


「現在、探しています」


「一人、候補がいます」


 アルトは訓練場のほうを見る。


「ただし、本人が参加を希望した場合だけです」


「分かりました」


「もう一つ条件があります」


「何でしょう?」


「異常が起きたら、俺の判断で輸送を中止する権限がほしい」


 契約院から来る者が、運ぶことを優先する可能性がある。


 周囲へ被害が出ても、命令だからと進み続けるかもしれない。


「王都側へ確認します」


「認められなければ、受けません」


 職員は少し驚いた。


「二十五金貨の依頼です」


「だからこそです」


 高い報酬には、高い危険がある。


 報酬を理由に、撤退できなくなる依頼は受けられない。


「分かりました。必ず伝えます」


 職員が離れたあと、アルトは訓練場へ戻った。


 ヴァリスは木剣を持ち続けている。


 カスパーは目を閉じ、音を聞き分けていた。


 女性は道具を片づけ終え、帰ろうとしていた。


「待ってください」


 アルトが呼び止める。


「王都への出発が三日後になりました」


「怪我は治りませんね」


「はい」


「治癒師は?」


「まだ決まっていません」


 女性はアルトの言葉を待った。


「危険な契約魔道具を運びます。近づくだけで、存在しない借金を作られる可能性があります」


「報酬は?」


「全体で二十五金貨です。個人の取り分は、参加人数によって決まります」


「撤退条件は?」


 最初に聞かれたのは、報酬ではなかった。


「魔道具の影響が護衛へ出た場合。周囲の住民へ債務表示が出た場合。俺が契約異常を抑えられないと判断した場合。そのどれかで中止します」


「あなた以外の人も、中止を決められますか?」


 アルトは少し考える。


「治癒師が、これ以上進めば命に関わると判断した場合も追加します」


「それなら参加します」


「本当にいいんですか?」


「最初に言いました」


 女性はまっすぐアルトを見る。


「私は治すために、冒険者になりました」


「では、正式に同行を申請します」


「お願いします」


「その前に」


 今度こそ、聞かなければならない。


「名前を教えてください」


 女性は小さく笑った。


「三日後までに、呼び方が決まっていないと困りますね」


 彼女は、ゆっくりと名乗った。


 アルトはその名を、一度だけ繰り返した。


 王都までの道のり。


 黒い契約魔道具。


 存在しない債務。


 返済率十パーセント。


 契約を変える権利。


 三日後。


 アルトは、自分の借金だけではなく、多くの人間を巻き込む契約と向き合うことになる。


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