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借金を押しつけられて追放された俺、返済するたび元仲間のスキルが俺のものになる  作者: 月瀬 リュカ


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第33話 契約を変える権利



《合格報酬――担保契約の一部変更権》


「契約を……変えられる?」


 アルトは担架の上で、何度も表示を読み返した。


 一部変更権。


 どこまで変更できるのかは分からない。


 返済額を減らせるのか。


 担保技能の徴収先を変えられるのか。


 それとも、元仲間たちから技能を奪わない形へ変えられるのか。


《詳細情報は、第二判定合格後に開示されます》


 問いかける前に、新しい文字が浮かんだ。


「まだ教えるつもりはないらしい」


 アルトがつぶやくと、隣の担架に乗せられていたカスパーが顔を向けた。


「何が見えている?」


「契約に関する表示だ」


「俺たちの技能を戻せるのか?」


「まだ分からない」


「そうか」


 カスパーはそれ以上聞かなかった。


 少し離れた担架では、ヴァリスが目を閉じている。


 意識はある。


 だが、坑道から出てから一度も声を発していない。


 右手だけが、何度も剣を握るように動いていた。


 指は思うように曲がらない。


 何年もかけて身につけた剣術の多くを、一度に徴収された。


 身体が覚えていた動きまで失われているのだろう。


 アルトは目を逸らした。


 助けたことを後悔してはいない。


 だが、助けたからといって、ヴァリスがしたことまで消えるわけではなかった。


 ギルドへ戻ると、四人はすぐに治療室へ運ばれた。


 アルトの右肩と右足は、筋肉を傷めている。


 骨に異常はない。


 数日間休めば、日常生活には問題ないと診断された。


「ただし、身体強化は禁止です」


 治療師の女性が、アルトの肩へ包帯を巻きながら言った。


「何日ですか?」


「最低でも五日です」


「三日後に旧水路の依頼があります」


「延期してください」


「歩くことはできます」


「身体強化を使わず、剣も満足に振れない状態で地下水路へ入るつもりですか?」


「同行者が集まれば――」


「怪我をした依頼主についていきたい人はいません」


 言葉は穏やかだったが、拒む余地はなかった。


 アルトは自分の右肩を見る。


 痛みは治癒魔法で抑えられている。


 だが、腕を少し上げるだけで筋肉が引きつった。


「分かりました。延期します」


「本当ですね?」


「はい」


 女性はようやく包帯を結び終えた。


「無理をする人は、治療師に嫌われます」


「気をつけます」


「すでに一度、無理をしました」


「……次から気をつけます」


 女性は小さく息を吐いた。


 旧水路の調査へ応募してきただけの相手だ。


 まだ名前すら聞けていない。


 それなのに、ヴァリスたちを追う騒ぎへ巻き込んでしまった。


「今日は助かりました」


「治療師として当然のことをしただけです」


「依頼を受ける前だったのに?」


「怪我人がいたので」


 坑道でも同じことを言っていた。


 相手が誰なのかではなく、怪我人だから治す。


 単純だが、簡単にできることではない。


「旧水路の依頼は、延期後も参加しますか?」


 アルトが尋ねる。


「怪我が治っていれば」


「俺の怪我がですか?」


「もちろんです」


 女性は治療道具を片づけた。


「また無理をするなら、参加しません」


「無理をしないと約束します」


「今日のあなたを見たあとでは、信用できません」


「では、どうすれば?」


「準備の内容と、撤退条件を先に決めてください」


「撤退条件?」


「怪我をしても進む人には、先に決まりを作る必要があります」


 アルトは反論できなかった。


 自分では危険を見極めているつもりだった。


 だが、ヴァリスを救うためとはいえ、身体強化を限界近くまで使った。


 あと少し崩落が早ければ、全員が生き埋めになっていた可能性もある。


「分かりました。依頼を受ける前に決めます」


「それなら、参加します」


 女性は軽く頭を下げ、治療室を出ていった。


 結局、名前を聞く機会を逃した。


 アルトが横になろうとしたところで、治療室の扉が開いた。


 契約管理の職員だった。


「お休みのところ、申し訳ありません」


「金色の板に変化がありましたか?」


「いいえ。今回は別の件です」


 職員は治療室の奥を見る。


 ヴァリスとカスパーは、それぞれ別の寝台で治療を受けている。


「事情聴取を始める前に、アルトさんへ確認しておきたいことがあります」


「何ですか?」


「ヴァリスさんたちに対して、被害届を出しますか?」


 アルトはすぐに答えられなかった。


 ギルドの警備を負傷させた。


 鍵を奪った。


 封鎖区域へ侵入した。


 アルトへ火魔法も向けた。


 セナの火球が直撃していれば、大怪我をしていたかもしれない。


「俺が出さなくても、処分はされますよね」


「はい。ギルド施設への襲撃、職員への攻撃、備品の窃盗、封鎖区域への不法侵入。それぞれ処分の対象です」


「なら、俺個人からは出しません」


「よろしいのですか?」


「処罰を重くしたいわけではありません」


 借金を押しつけられた。


 追放された。


 技能を失いたくないという理由で、返済を止めろとも言われた。


 許したわけではない。


 だが、ヴァリスたちを苦しめることが、アルトの目的ではなかった。


「ただし、接触は禁止してほしいです」


「アルトさんへの接近禁止ですね」


「金色の板と遺跡にもです」


「そちらはギルドの判断で禁止する予定です」


 職員は手帳へ書き込んだ。


「カスパーさんについては、どうしますか?」


「ヴァリスたちの計画を知らせてくれました」


「しかし、現場にいました」


「なぜ中へ入ったのか、本人に聞いてください」


 アルトは判断を避けた。


 カスパーは止めようとしたのかもしれない。


 途中で欲が出た可能性もある。


 本人の言葉を聞かずに決めつけるべきではなかった。


「分かりました」


 職員が治療室を出ようとする。


「待ってください」


「はい」


「ヴァリスから徴収された技能は、どうなりましたか?」


「現時点では分かりません」


「金色の板にも移っていない?」


「確認できていません」


 アルトの契約印にも移っていない。


 元の持ち主へ返還されてもいない。


「遺跡に保管されている可能性があります」


「次の正規調査で確認します」


「第二区画ですか?」


「いえ。ヴァリスさんたちが侵入した横坑は、第一区画のさらに外側へつながっていたようです」


「外側?」


「本来、契約資産を保管するための整備区画だった可能性があります」


 職員が持っていた地図を広げる。


 正規入口。


 第一の広間。


 金色の板が置かれていた部屋。


 アルトが通行権を得た第二区画への道。


 その横に、細い空間が書き加えられている。


 ヴァリスたちが侵入した排水用横坑は、その空間へつながっていた。


「技能を徴収する装置だけでなく、徴収した技能を保存する場所があるかもしれません」


「技能を取り戻せる可能性もある?」


「あります。ただし、ヴァリスさんが正規の返還対象として認められるかは分かりません」


 契約資産を盗み、不法に侵入し、返却を拒否した。


 遺跡が契約違反者として扱うのも当然だった。


「第二判定の報酬に、一部変更権が表示されました」


 アルトが伝えると、職員の手が止まった。


「契約を変更できるのですか?」


「詳細は合格後に開示されるそうです」


「返済率十パーセントまで、あと十五金貨でしたね」


「はい」


 職員は考え込んだ。


「返済を急がないようお伝えしましたが、状況が変わりました」


「急いだほうがいいと?」


「急げとは言えません。しかし、一部変更権がどの範囲に及ぶかは、早く確認する必要があります」


「ヴァリスの技能を戻せるかもしれないからですか?」


「それだけではありません」


 職員は声を落とした。


「今の技能担保契約そのものに、欠陥がある可能性があります」


「欠陥?」


「借金を負っているアルトさんが返済すると、契約を押しつけた者の技能が移る。ここまでは、罰則として理解できます」


「はい」


「しかし、移転される技能量が返済額と一致していません」


 アルトは眉を寄せた。


「一金貨ごとに、一つの技能片が移っています」


「技能の価値は同じではありません」


 索敵Ⅰ。


 火魔法Ⅰ。


 身体強化Ⅰ。


 剣術Ⅲの技能片。


 どれも習得難度や価値が違う。


 それなのに、金貨一枚で同じように徴収されている。


「確かに、おかしい」


「さらに、元契約者の生活や職業が維持できるかも考慮されていません」


 返済を続ければ、ヴァリスは剣士でいられなくなる。


 セナは魔法使いでいられなくなる。


 カスパーも斥候としての仕事を失う。


「彼ら自身が契約を押しつけたとしても、技能をすべて奪うのが正しい処理なのかは疑問です」


「だが、俺が返済をやめれば借金は減らない」


「だから契約を変える必要があります」


 職員は地図を畳んだ。


「借金の返済と、技能の徴収を切り離せるなら、それが最善です」


 アルトも、同じことを考えていた。


 元仲間たちを許す必要はない。


 だが、自分が自由になるために、誰かがすべてを失う仕組みを望んでいるわけでもない。


「十パーセントを目指します」


「無理をしない範囲でお願いします」


「旧水路の依頼を成功させても、取り分は多くて二金貨程度です」


 三人で均等に分ければ、基本報酬五金貨でも一人分は二金貨に届かない。


 危険手当が満額出ても、三金貨未満だ。


 十五金貨には遠い。


「十パーセントまでに、何件依頼を受ければいいんだ……」


「一件で到達できる依頼があります」


 職員の言葉に、アルトは顔を上げた。


「そんな依頼が?」


「今朝、ギルドへ持ち込まれました」


「報酬はいくらですか?」


「二十金貨です」


 アルトはすぐに飛びつかなかった。


 それだけ高い報酬が出るなら、危険も大きい。


「内容は?」


「護送依頼です」


「誰を運ぶんです?」


「人ではありません」


 職員は一枚の依頼書を取り出した。


《契約魔道具輸送護衛》


《目的地――王都契約院》


《報酬――二十金貨》


《条件――契約技能を持つ者》


 最後の条件を見て、アルトは依頼書を持つ手に力を込めた。


「俺を指名した依頼ですか?」


「はい」


「誰が?」


「王都契約院です」


 技能担保契約を管理する、国内最大の機関。


 アルトが借金を背負わされた契約も、最終的には王都契約院の記録へ登録されている。


「運ぶものは、金色の板ですか?」


「違います」


 職員は首を横に振った。


「遺跡から回収された、別の契約魔道具です」


「別の?」


「昨日、別の町で発見されました」


 依頼書の裏に、魔道具の簡単な絵が描かれている。


 黒い箱。


 表面には、鎖の紋章。


 その中央に、一つの目のような印がある。


「その魔道具は、何をするものですか?」


「触れた者の債務を表示するそうです」


「それだけですか?」


「いいえ」


 職員の表情が険しくなる。


「債務を持つ者が近づくと、勝手に契約を作ろうとします」


「勝手に?」


「拒否しても、です」


 アルトは黒い箱の絵を見つめる。


 金色の板は、契約資産を盗んだ者から技能を徴収した。


 だが、正規契約者であるアルトには選択肢を示した。


 少なくとも、一定の規則に従っている。


 黒い箱は違う。


 本人の意思を無視して契約を作る。


「危険すぎる」


「そのため、契約技能を持ち、異常が起きた場合に対応できる者が必要です」


「俺なら止められると思われている?」


「金色の板に契約継承者候補として認められた唯一の人物です」


 王都契約院は、すでにアルトのことを知っている。


 遺跡の発見。


 担保技能の移転。


 契約継承者候補。


 報告が送られていたのだろう。


「出発はいつですか?」


「七日後です」


 肩と足を治す時間はある。


 旧水路の調査は、その前に行う予定だった。


 だが、二つの高危険度依頼を続けて受けるのは無理がある。


「旧水路の依頼は、ほかの冒険者へ回してください」


「よろしいのですか?」


「町の下の異常を放置したくはありません。でも、今の俺が両方を受ければ、どちらも失敗します」


 できることと、やるべきことを分ける。


 以前のアルトなら、報酬二十金貨を見ただけで受けていたかもしれない。


 今は準備資金もある。


 焦ってすべてをつかむ必要はない。


「輸送依頼を受けます」


「正式な返答として処理します」


「同行者は?」


「契約院から二名。ギルドから護衛が二名参加します」


「俺を含めて五人ですか」


「はい。ただし、魔道具を直接扱うのはアルトさんだけです」


 職員が依頼書を差し出す。


 アルトは署名欄へ名前を書いた。


《契約魔道具輸送護衛を受注しました》


《報酬――二十金貨》


 成功すれば、十五金貨を返済へ回しても五金貨が残る。


 返済率十パーセント。


 第二判定。


 契約の一部変更権。


 一気に手が届く。


「王都へ行けば、俺の契約についても調べられますか?」


「契約院が協力すれば可能です」


「協力しない可能性も?」


「技能担保契約は、契約院が認可した制度です」


 欠陥が見つかれば、責任を問われる。


 隠そうとする者がいても不思議ではない。


「魔道具だけでなく、契約院にも気をつけろということですね」


「はい」


 職員はうなずいた。


「王都では、遺跡より人間のほうが危険かもしれません」


 その日の夕方。


 治療室の外へ出る許可を得たアルトは、ゆっくりと廊下を歩いていた。


 杖代わりの棒を使い、右足へ体重をかけすぎないようにする。


 曲がり角へ差しかかったとき、話し声が聞こえた。


 ヴァリスのいる治療室だ。


「剣を返せ!」


「今の状態では危険です」


「俺の剣だ!」


「握ることもできないでしょう」


 治療師と争っているらしい。


 アルトが扉の前で足を止めると、中から何かが倒れる音がした。


「放せ!」


 扉が開く。


 ヴァリスが壁へ手をつきながら出てきた。


 右手には、鞘に入った剣を抱えている。


 持っているというより、胸へ押しつけているだけだった。


「どこへ行く」


 アルトが尋ねる。


 ヴァリスは顔を上げた。


「訓練場だ」


「治療中だろう」


「剣術がどれだけ残っているか確かめる」


「今やる必要はない」


「お前には分からない!」


 ヴァリスは剣を抜こうとした。


 右手に力が入らず、柄を取り落とす。


 鞘に入ったままの剣が床へ落ちた。


 硬い音が廊下へ響く。


「くそっ……」


 ヴァリスは拾おうとする。


 何度指を伸ばしても、うまくつかめない。


 アルトは杖を壁へ立てかけ、剣を拾った。


「返せ」


「治療師の許可が出てからだ」


「お前まで俺から剣を奪うのか!」


「奪わない」


「同じだ!」


 ヴァリスが左手を伸ばす。


 アルトは剣を渡さなかった。


「この状態で振れば、自分を傷つける」


「もう傷ついている!」


 ヴァリスの声が廊下へ響いた。


「剣術がなければ、俺には何もない!」


「何もないなら、覚え直せ」


「簡単に言うな!」


「簡単じゃないと、坑道でも言った」


「お前は技能をもらえる! 返済するだけで強くなれる! 俺とは違う!」


「違わない」


「どこがだ!」


「俺も、技能を得る前は何もできなかった」


「だが、今はある!」


「だから、今度は使い方を覚えている」


 ヴァリスが黙る。


「剣術の知識が身体に追いつかない苦しさも、力を出しすぎれば身体が壊れることも知っている」


「何が言いたい」


「俺が教える」


「……何を?」


「残っている動きの確認からだ」


 ヴァリスの顔が歪んだ。


「俺に同情しているのか」


「違う」


「なら、なぜだ」


「お前の剣術が戻るまで待っていたら、何も始められないからだ」


「俺は、お前を追放した」


「知っている」


「借金も押しつけた」


「忘れていない」


「それでも教えるのか?」


 アルトは床に落ちた杖を拾う。


「許すつもりはない」


「なら――」


「助けることと、許すことは別だ」


 ヴァリスは何も言えなかった。


 アルトは剣を治療師へ渡す。


「許可が出たら、木剣から始めろ」


「お前の指図は受けない」


「なら、一人で何度でも剣を落とせばいい」


 アルトは杖をつき、廊下を歩き始めた。


 背後から、ヴァリスの声が追ってくる。


「待て」


 アルトは足を止める。


「本当に……剣術を教えられるのか?」


「剣術Ⅳになった」


 ヴァリスの表情が固まる。


 それが誰の技能片によって成長したものか、分かったのだろう。


「俺から奪った技能で、俺へ教えるのか」


「嫌なら断れ」


 長い沈黙があった。


 やがて、ヴァリスが小さく答える。


「……考える」


「そうしろ」


 アルトは再び歩き出した。


 王都への出発まで七日。


 その間に身体を治す。


 新しい技能を使いこなす。


 黒い契約魔道具について調べる。


 そして、返済率十パーセントへ到達する準備を整える。


 廊下の窓から、夕日に染まった町が見えた。


 アルトが借金を返すたび、元仲間たちは弱くなる。


 その仕組みを変えられるかもしれない。


 だが、変更権を得たとき。


 誰のために、どんな契約へ変えるのか。


 決めるのは、アルト自身だった。


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