第28話 奪うか、返すか
《不足分を、所持技能によって徴収します》
黒い鎖が男の身体へ食い込む。
淡い光が引き抜かれ、金色の板へ吸い込まれていく。
《短剣術Ⅰ――徴収》
《解錠Ⅰ――徴収》
「やめろ! それは俺が何年もかけて身につけた技能だ!」
男は叫びながらも、金色の板を手放そうとしなかった。
「その板を離してください!」
「嫌だ!」
「持っているから技能を奪われているんです!」
「これは俺が見つけた! 俺のものだ!」
男の目は、金色の板だけを見ている。
技能を二つも奪われたのに、それでも宝を手放そうとしない。
アルトは男の周囲を観察した。
黒い鎖は床から生えているのではない。
金色の板から伸びる魔力が、鎖の形となって男を縛っている。
板を手放させれば、徴収を止められる可能性がある。
「そのままだと、すべての技能を失います」
「これを売れば、金貨百枚になるかもしれない!」
「売るための技能まで失いますよ」
「うるさい! お前もこれを奪いに来たんだろう!」
男が金色の板を胸へ抱え込む。
アルトは剣を抜かなかった。
無理に近づけば、男を傷つける。
さらに、黒い鎖がどう反応するかも分からない。
まずは仕組みを調べる。
アルトは細い鉄棒を取り出し、黒い鎖へ近づけた。
鎖が勢いよく伸びる。
鉄棒へ絡みつき、一瞬で表面を黒く染めた。
アルトはすぐに手を放す。
床へ落ちた鉄棒が、音を立てて崩れた。
「触れるだけでも危険か」
魔法で作られた鎖だ。
普通の剣では斬れない。
火魔法で燃やすこともできないだろう。
アルトが一歩下がると、目の前に淡い文字が現れた。
《担保契約者を確認》
《徴収済み技能の移転先として登録可能です》
続いて、二つの選択肢が浮かび上がる。
《徴収済み技能を受領》
《原所有者へ返還》
「俺に渡すつもりか……」
男から奪われた短剣術と解錠。
受領を選べば、アルトの技能になるのだろう。
借金を返す必要もない。
危険を冒して遺跡へ入った報酬として、技能を受け取ることができる。
「何を見ている?」
男には選択肢が見えていないらしい。
「遺跡が、あなたから奪った技能を俺へ渡そうとしています」
「ふざけるな!」
「同感です」
アルトは迷わず、もう一方を選んだ。
《原所有者へ返還》
《返還を実行しますか?》
「返してください」
《確認しました》
金色の板が強く輝いた。
板へ吸い込まれていた二つの光が外へ飛び出し、男の胸へ戻っていく。
《短剣術Ⅰ――返還》
《解錠Ⅰ――返還》
「戻った……」
男が呆然と自分の両手を見る。
黒い鎖の動きも止まっていた。
しかし、完全には消えていない。
《契約資産が返却されていません》
《徴収を再開します》
再び黒い鎖が男の身体へ食い込んだ。
「板を離してください!」
「だ、だが、これがなければ……」
「技能を返してもらったばかりでしょう!」
「俺は仲間を置いて逃げたんだ! 何も持たずに帰れるか!」
男の声が震えている。
金色の板を手放せば、自分のしたことだけが残る。
宝を持ち帰ることで、仲間を置き去りにした行為を正当化しようとしている。
「これを持って帰れば、あいつだって分かってくれる」
「分かってくれません」
「お前に何が分かる!」
「置いていかれた側だったからです」
アルトは男の目を真っすぐに見る。
「役に立たないから。邪魔だから。自分たちが助かるためだから。置いていった側は、いくらでも理由をつけます」
「……俺は」
「金を持ち帰っても、置き去りにした事実は消えません」
黒い鎖が動き始めた。
《体術Ⅰ――徴収を開始》
「やめろ!」
「板を離してください!」
男の腕から力が抜けていく。
それでも指は、金色の板をつかんだままだった。
アルトは腰からロープを外す。
先端で輪を作り、金色の板へ投げた。
ロープの輪が、板の角へ引っかかる。
「何をする!」
「空っぽになる前に、手放させます!」
アルトは身体強化Ⅰを発動した。
両手でロープをつかみ、一気に引く。
男も必死に板を抱える。
「これは俺のものだ!」
「あなたのものではありません!」
黒い鎖がアルトへ伸びた。
避けられない。
鎖が右腕へ触れる直前、アルトの前に契約印が現れた。
《契約継承者候補への攻撃を制限》
鎖が止まる。
その隙に、アルトはもう一度ロープを引いた。
男の弱った指から、金色の板が抜け落ちる。
板が石床を滑り、アルトの足元まで移動した。
男へ絡みついていた黒い鎖が消える。
「俺の……宝が……」
「技能も命も残っています」
男は何かを言おうとしたが、そのまま意識を失った。
アルトはすぐには金色の板へ触れなかった。
布をかぶせ、ロープで巻く。
それから床に残る魔力の流れを調べた。
部屋の中央に、板と同じ大きさのくぼみがある。
本来は、そこへ収められていたものだろう。
板を戻せば安全になる。
だが、依頼には契約印に関係する魔道具の回収も含まれている。
持ち帰らなければ、詳しい調査ができない。
「どうする……」
アルトが板へ近づくと、布の内側から青白い光が漏れた。
《正規契約者による保管を確認》
《技能徴収を停止します》
黒い鎖は現れない。
どうやら、アルトが持つことは許されている。
続けて、新しい文字が浮かんだ。
《不当徴収技能の返還を確認》
《契約継承者候補、第一判定を通過》
《第二区画への通行権を付与します》
部屋の奥で、石壁の一部が動いた。
新しい通路が姿を現す。
壁に埋め込まれた青い明かりが、一つずつ灯っていった。
その先にも、何かがある。
技能担保契約が作られた理由。
返済した者へ、担保技能が移る仕組み。
契約継承者という言葉の意味。
進めば、答えが見つかるかもしれない。
アルトは残った水と油を確認した。
肩には痛みがある。
身体強化も二度使った。
帰りには、意識を失った男を運ばなければならない。
「今日はここまでだ」
通行権を得たからといって、今すぐ進む必要はない。
新しい通路の位置を地図へ書き込み、入口に赤いチョークで印を残す。
金色の板を背負い袋へ入れたあと、倒れている男を簡易担架へ乗せた。
外套とロープを使って作ったものだ。
重い。
肩も痛む。
それでも、置いてはいかない。
時間をかけて男を引きずり、最初の広間まで戻った。
「二人目も見つけたのか!」
待機していた冒険者が駆け寄ってくる。
「意識を失っていますが、生きています。技能も戻りました」
「技能?」
「説明は戻ってからします。それより、これを」
アルトは金色の板を見せた。
板を見た冒険者の表情が変わる。
「それが目的の魔道具か?」
「おそらく、今使われている技能担保契約の原型です」
冒険者はすぐに手を伸ばさなかった。
「俺が持っても大丈夫なのか?」
「分かりません。俺が運びます」
男を冒険者へ任せ、アルトは金色の板を背負った。
全員が坑道から出たころには、外は暗くなり始めていた。
二人の侵入者は、ギルドの治療室へ運ばれた。
先に助けた男も、命に別状はない。
事情を聞いたギルドは、二人を無許可侵入と危険行為で処分すると決めた。
ただし、それはアルトの仕事ではない。
アルトは地図と金色の板を提出し、調査内容を最初から説明した。
技能を徴収されたこと。
アルトへ移転する選択肢が現れたこと。
返還を選ぶと、技能が元の持ち主へ戻ったこと。
そして、第二区画への通行権を得たこと。
契約管理の職員は、報告を聞き終えるまで一度も口を挟まなかった。
「この板が、本当に技能担保契約の原典なら……大変な発見です」
「持ち帰った報酬は出ますか?」
職員は一瞬驚いたあと、小さく笑った。
「もちろんです」
基本報酬、八金貨。
行方不明者二名の救助。
危険な魔道具の回収。
第二区画の発見。
追加報酬を含め、合計十二金貨。
さらに、鎧と籠手の修理費はギルドが負担する。
アルトの前へ、十二枚の金貨が置かれた。
これまでなら、一金貨を返すだけで財布が空になっていた。
今は違う。
生活費を残せる。
非常時の金も残せる。
装備を整えたうえで、それでも返済へ回せる金がある。
アルトは十二枚の金貨を分けた。
二金貨は生活費。
二金貨は次の調査に備えた予備資金。
残る八金貨を、一つの袋へ入れる。
「八金貨も、何に使うんです?」
「返済します」
「一度に?」
「はい」
アルトは金貨の入った袋を持ち上げた。
「今度は、一枚ずつではありません」




