第26話 借金が鍵になる扉
翌朝、アルトは再びギルドへ呼び出された。
案内された部屋の机には、遺跡から持ち帰った青い結晶の欠片と、壁から書き写した契約印が置かれている。
契約管理の職員が、向かいの椅子を示した。
「調べてみましたが、この結晶は現在使われている魔道具とは構造が違います」
「どれくらい古いものですか?」
「正確には分かりません。ただ、少なくとも今のギルド制度が作られるより前のものです」
職員が、アルトの描いた契約印へ指を置く。
「問題はこちらです。現在使われている技能担保契約の印と、基本構造が一致しています」
「同じものなんですか?」
「いいえ。むしろ逆です」
職員は二枚の紙を並べた。
一枚は、アルトが遺跡で見た印。
もう一枚は、アルトの借金契約に使われている印だった。
「現在の契約印は、遺跡の印から一部だけを抜き出し、簡略化したものに見えます」
「俺の契約が遺跡の印をまねて作られた?」
「可能性はあります。ただし、誰が、いつ、何のために作ったのかまでは分かりません」
アルトは青い結晶の欠片を見る。
遺跡は借金の残額を知っていた。
担保となっている技能の数まで読み取った。
あの石像は、アルトを契約継承者と呼ぼうとしていた。
「それで、俺を呼んだ理由は?」
「遺跡の再調査をお願いしたいのです」
職員が新しい依頼書を机へ置いた。
古代遺跡内部の調査。
行方不明者二名の捜索。
契約印に関係する魔道具の回収。
基本報酬は八金貨。
危険度に応じて、最大四金貨まで追加される。
さらに調査中に損傷した装備の修理費と、治療費の一部をギルドが負担する。
これまでアルトが受けてきた依頼とは、報酬の桁が違った。
「危険度は?」
「推定Dランクです」
「俺はEランクです」
「承知しています。そのため通常の討伐依頼としては発行できません」
「では、なぜ俺に?」
「遺跡があなたの契約に反応したからです。ほかの職員が同じ印へ近づいても、何も表示されませんでした」
アルトがいなければ、調査が進まない。
だからランクの制限を越えて、指名依頼として出された。
以前のアルトなら、八金貨という数字を見ただけで受けていたかもしれない。
今は違う。
依頼書を最初から読み直す。
報酬。
調査範囲。
発見物の所有権。
撤退した場合の扱い。
死亡した場合の借金処理。
一行ずつ、時間をかけて確かめていく。
「発見した魔道具は、すべてギルドの所有になると書かれています」
「調査依頼ですから、原則としてはそうなります」
「遺跡が俺の契約に反応したことで、新しい技能や権利が発生した場合もですか?」
職員が黙った。
「それは……想定していませんでした」
「では、書き直してください」
アルトは依頼書を机へ戻した。
「俺自身の契約に関係する力まで、発見物として回収されては困ります」
「ギルドがあなたの技能を奪うと?」
「俺も以前は、仲間が借金を全部押しつけてくるとは思っていませんでした」
職員は反論しなかった。
依頼書が修正される。
遺跡内で発見した物品は、原則としてギルドへ提出する。
ただし、アルトの身体、技能、既存契約および契約によって新たに発生した権利は、回収対象に含まれない。
さらに、行方不明者を発見できなくても、指定範囲を調査して帰還すれば基本報酬の半額が支払われる。
「これなら受けます」
「随分と慎重ですね」
「借金が三百金貨もあるので」
アルトは修正された依頼書へ署名した。
その足で武具店へ向かう。
裂けた革鎧は、修理だけなら銀貨七枚。
しかし同じ強さの攻撃を受ければ、次は守りきれない。
アルトは追加で銀貨八枚を払い、脇腹と肩へ薄い鉄板を縫い込んでもらった。
全身を金属で覆う鎧は、今のアルトには重すぎる。
必要な場所だけを補強する。
残った銀貨で、失ったくさびと鉄棒を買い直した。
予備の油。
包帯。
乾燥肉。
水袋。
そして、前回より長いロープ。
報酬が高いからといって、装備を急に豪華にはしない。
使えるものは使い、足りないものだけを買う。
二日後。
アルトは再び古い坑道へ入った。
今回は、入口の安全を確保するため、Dランクの冒険者たちが同行している。
ただし、彼らが進むのは最初の広間までだ。
その先は、遺跡に反応したアルトが調べる。
「無理だと思ったら、すぐ戻れ」
同行した冒険者が言った。
「分かっています。日が沈むまでに戻らなければ、ギルドへ報告してください」
「助けに入らなくていいのか?」
「中の情報がない状態で入れば、遭難者が増えます」
「随分と冷静だな」
「前回、同じことを自分に言い聞かせましたから」
アルトたちは解除済みの罠を越え、最初の広間へ到着した。
壊れた石像は、前回と同じ場所に崩れている。
だが、奥へ続く石扉は閉じていた。
「前に来たときは開いていました」
扉の隙間には、金属を差し込んだような傷が残っている。
二人の侵入者は、道具を使って強引に開けたらしい。
扉を調べようとした冒険者が、両手で押す。
「駄目だ。動かない」
別の冒険者も加わったが、石扉はわずかにも動かなかった。
アルトは壁の契約印へ近づく。
青白い光が灯った。
《担保契約を検知しました》
《債務者――アルト》
《債務残高――二百九十三金貨》
《返済履歴――七回》
《支払い遅延――なし》
遺跡の文字が、一つずつ浮かび上がる。
《契約継承者候補として、通行権を付与します》
重い音を響かせ、石扉が左右へ開いた。
冒険者たちが息をのむ。
「本当に借金が鍵なのか……」
「借金をしていて、初めて役に立ちました」
アルトは扉の間に、太いくさびを打ち込んだ。
遺跡の力で閉じるなら、くさびだけでは止められないかもしれない。
それでも、何もしないよりはいい。
「ここから先は俺が行きます」
「気をつけろ」
アルトはランプを掲げ、一人で扉を越えた。
奥の通路は、下り坂になっている。
床には二人分の足跡が残っていた。
最初は、どちらも真っすぐ奥へ続いている。
十歩ほど進んだ場所で、一つの足跡が乱れていた。
壁へ手をついた跡。
床へ落ちた小さな血痕。
そこから先は、一人分の足跡しかない。
もう一人は、何かに引きずられている。
アルトは細い鉄棒で床を調べた。
血痕へ近づこうとした瞬間、索敵Ⅰが微かな気配を捉える。
アルトは足を止めた。
膝の高さに、細い糸が張られている。
暗闇の中では、まず見えない。
糸は壁の中へ繋がっていた。
罠解除Ⅰの知識が働く。
触れれば、天井の石板が落ちる。
床に残る血痕は、助けようとする者を罠へ誘い込むためのものだった。
「悪趣味だな」
アルトは罠の位置へ赤いチョークで印をつける。
解除には時間がかかる。
先に周囲を確認しようと、小さな鏡を鉄棒の先へ取りつけた。
曲がり角の先を映す。
通路の奥に、人が倒れていた。
動いている。
まだ生きている。
「……助けて……」
かすれた声が聞こえた。
アルトは走らなかった。
索敵へ意識を集中させる。
倒れている人間の気配が一つ。
その周囲に、息を潜めている別の気配が二つ。
人間ではない。
「聞こえている。必ず助ける」
アルトは剣を抜いた。
「だから今は、動かないでくれ」
暗闇の中で、二つの何かがゆっくりと立ち上がった。




