第21話 返済差し止め
ホブゴブリンとの戦いから三日が過ぎた。
背中の傷は浅かった。
胸の痛みも、骨に異常はないらしい。
それでも俺は依頼を受けず、身体を休ませていた。
《身体強化》を得てから、以前より無理が利くようになった。
だが無理ができることと、怪我をしないことは違う。
痛みを我慢して動けば、その場では戦える。
翌日に動けなくなるだけだ。
宿の部屋で剣の手入れをしていると、扉が叩かれた。
「アルトさん。契約管理所から呼び出しです」
「契約管理所?」
「借金契約について、異議が申し立てられたそうです」
誰が申し立てたのか、聞く必要はなかった。
契約管理所へ向かうと、ヴァリス、セナ、カスパーが待っていた。
三人の前には、借金の契約書が置かれている。
俺が座ると、管理所の職員が口を開いた。
「本日は、技能移転を伴う返済契約について確認を行います」
「確認するまでもない!」
ヴァリスが机を叩く。
「俺たちの技能が、こいつに奪われている。今すぐ返済を止めろ!」
「技能は奪われているのではありません」
職員は表情を変えなかった。
「契約書に記載された担保条項に従い、移転しています」
「そんな条項は知らない!」
「こちらに署名があります」
職員が契約書の一部を示した。
三人の名前と署名。
装備を購入したときに交わした契約だ。
「魔力強化装備は高価です。そのため、購入者の技能を担保として登録する場合があります」
借金が返せなくなった場合、装備の使用者が持つ技能の一部を回収する。
技能には財産としての価値がある。
回収された技能は、借金の返済者へ移転する。
「ですが、借金はアルトへ移したはずです!」
セナが言った。
「私たちは債務者ではありません!」
「債務者ではありませんが、担保提供者ではあります」
職員が答える。
「債務者の変更と、担保の解除は別の手続きです。皆様は債務だけをアルトさんへ移し、担保解除の申請を行っていません」
「そんな説明は受けていない!」
「契約時に読み上げた記録が残っています」
「細かい話を全部覚えているわけがないでしょう!」
「覚えていないことは、契約が無効になる理由にはなりません」
三人が黙る。
俺は初めて、この契約の仕組みを正確に理解した。
ヴァリスたちは借金を俺へ押しつけた。
だが、自分たちが使っている装備の担保まで移したつもりになっていた。
実際には、担保として登録された技能だけが三人に残った。
俺が返済するたび、その一部が契約に従って移転している。
「技能の移転を止める方法はないのか?」
カスパーが尋ねた。
「三つあります」
職員が指を一本立てた。
「一つ目。残った借金を全額返済する」
「金貨二百九十四枚なんて払えるわけがない!」
セナが叫んだ。
「二つ目。現在の債務者であるアルトさんの同意を得たうえで、皆様が再び債務を引き受ける」
三人の視線が俺へ集まる。
「アルト」
ヴァリスが低い声で言った。
「借金を俺たちへ戻せ」
「三人で払うのか?」
「借金を戻してから考える」
「それなら同意しない」
「なぜだ!」
「また俺へ押しつけるつもりだろう」
戻した後で契約を作り直す。
担保だけを外し、借金をもう一度俺へ移す。
三人なら、それくらい考える。
「俺たちを信用できないのか?」
「できると思うのか?」
ヴァリスは何も言えなかった。
「三つ目は?」
カスパーが職員へ聞く。
「現在の債務者が返済を中断することです」
「それよ!」
セナが俺を見る。
「返済をやめなさい!」
「その場合、利息は増え続けます」
職員が続ける。
「さらに一定期間返済がなければ、契約違反としてアルトさんの財産が差し押さえられる可能性があります」
「技能は移転しないのでしょう?」
「返済が行われなければ、通常の技能移転はありません。ただし重大な滞納が発生した場合、担保技能がまとめて回収されます」
「まとめて……?」
「はい。皆様が一度に複数の技能を失う可能性があります」
セナの顔から血の気が引いた。
返済を止めても解決しない。
むしろ状況は悪化する。
「それでは、異議申し立ての結果を伝えます」
職員が契約書を閉じた。
「技能移転は正当な契約処理です。返済差し止めの申請は認められません」
「待て!」
「また、返済者への妨害や脅迫が確認された場合、担保保全のため追加措置が行われます」
「追加措置とは何だ?」
「担保技能の早期回収です」
ヴァリスの口が閉じた。
俺の返済を力ずくで止めることもできない。
俺が立ち上がると、カスパーが呼び止めた。
「アルト。本当に返済を続けるのか?」
「ああ」
「俺たちが、すべての技能を失っても?」
「俺が借金を背負ったとき、お前たちは同じことを考えたか?」
返事はなかった。
「俺はお前たちを苦しめるために返しているんじゃない」
契約書へ視線を落とす。
「自分の借金をなくすために返している。それだけだ」
契約管理所を出る。
借金は残り二百九十四枚。
返済するたび、元仲間の技能が俺へ移る。
だが、その仕組みを選んだのは俺ではない。
契約を確認せず、債務だけを俺へ押しつけた三人自身だった。




