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第20話 もう、お前たちの荷物持ちではない



 ホブゴブリンが出口へ続く通路を塞いでいる。


 その後ろには七匹のゴブリン。


 こちらは四人。


 だがセナは足を負傷している。


 ヴァリスも左肩を斬られ、《身体強化》の一部を失っていた。


 カスパーは額を負傷し、《探索》も以前ほど使えない。


 まともに戦えるのは、俺だけだ。


「アルト、前へ出ろ」


 ヴァリスが言った。


「俺と二人で上位種を倒す。カスパーとセナは雑魚を止めろ」


「無理だ」


「何?」


「今のお前は左腕を使えない。正面からホブゴブリンと戦えば、最初の一撃で剣を飛ばされる」


「俺はD等級だぞ!」


「等級の話はしていない。今、何ができるかを聞いている」


 ホブゴブリンが近づいてくる。


 言い争っている時間はない。


「ヴァリスは運搬車の右。通路へ入ってきたゴブリンだけを止めろ。追うな」


「俺に雑魚を任せるつもりか!」


「セナは火を大きくするな。灯りとして使え」


「私の魔法なら、まとめて焼けるわ」


「さっきそれを失敗して、鉱山を崩したんだろう」


 セナが黙る。


「カスパーは投げられる物を集めろ。石でも短剣でもいい。俺が合図した相手だけを狙え」


「分かった」


 カスパーはすぐに動いた。


 俺はランタンを拾い、壊れた運搬車の上へ置く。


 出口側ではなく、俺たちの背後を照らす。


 正面に光を置けば、こちらの姿が丸見えになる。


 背後から照らせば、俺たちの影が大きく伸びる。


 ゴブリンたちには、こちらの人数が多く見えるかもしれない。


「セナ、俺の左側へ小さな火を二つ」


「どうするつもり?」


「通れる場所を一つにする」


 セナが杖を向ける。


 以前なら、人に指示されることを嫌った。


 だが今は何も言い返さず、小さな炎を二つ生み出した。


 炎を通路の左側へ並べる。


 ゴブリンたちは火を避け、右へ寄った。


 壊れた運搬車と石壁の間。


 一度に通れるのは一匹だけ。


「来るぞ!」


 普通のゴブリンが前へ出た。


 ヴァリスが剣を構える。


 一匹目の棍棒を受け、斬り返す。


 以前より動きは遅い。


 それでもD等級まで上がった経験は残っている。


 一対一なら戦える。


 二匹目が続く。


「カスパー!」


 石が飛ぶ。


 二匹目の顔へ当たった。


 動きが止まる。


 俺が横から剣を振り、首を斬った。


 三匹目。


 四匹目。


 狭い通路へ入ったゴブリンを、一匹ずつ倒していく。


 セナは炎を維持している。


 大きな魔法を撃とうとしない。


 ヴァリスも前へ出ない。


 俺の指示が気に入らなくても、今は従っている。


 七匹いたゴブリンは、残り三匹になった。


 ホブゴブリンが吠えた。


「グオオオオッ!」


 大きな鉈を振り上げ、前にいたゴブリンごと通路へ押し込んでくる。


 仲間を壁として使うつもりだ。


「下がれ!」


 俺たちは運搬車の後ろへ退いた。


 鉈が振り下ろされる。


 ガァン!


 運搬車の金属部分が大きくへこんだ。


 二撃目。


 車輪が壊れる。


 このままでは壁を破られる。


「ヴァリス、右から出るな!」


 俺は左側の炎へ向かった。


「何をする気だ!」


「火は俺を避けない。だからゴブリンも、俺がこちらから出るとは思わない」


《火魔法Ⅰ》


《魔力操作Ⅰ》


 炎を左右へ分ける。


 人一人が通れる隙間を作り、その間を抜けた。


 火の向こう側から、ホブゴブリンの側面へ出る。


 ホブゴブリンが俺に気づいた。


 鉈が横へ振られる。


《身体強化Ⅰ》


 両足へ魔力を流し、後ろへ跳ぶ。


 鉈の先が革鎧を掠めた。


 避けきれない。


 胸へ強い衝撃。


 息が止まる。


 それでも倒れず、剣を構える。


 ホブゴブリンが鉈を戻す。


 力では勝てない。


 剣で受けても折られる。


 振らせて、避ける。


 その後の隙を狙う。


 鉈が上がる。


 俺は右へ動いた。


 ホブゴブリンの目も右へ向く。


「セナ!」


 合図と同時に、左側から火が飛んだ。


 攻撃するほどの炎ではない。


 ホブゴブリンの顔の前で、急に明るく燃え上がる。


「グオッ!」


 ホブゴブリンが目を閉じた。


「カスパー!」


 短剣が飛ぶ。


 ホブゴブリンの右腿へ刺さった。


 浅い。


 だが注意が下へ向く。


 俺は踏み込んだ。


《身体強化Ⅰ》を右腕、肩、背中へ流す。


 狙うのは首。


 新しい剣を横へ振った。


 刃が厚い皮膚へ食い込む。


 浅い。


 ホブゴブリンの左手が伸びる。


 胸倉を掴まれ、身体が持ち上がった。


「アルト!」


 その声と同時に、ヴァリスが飛び出した。


 ホブゴブリンの腕へ剣を振る。


 だが以前のような威力はない。


 刃は腕の途中で止まった。


 ホブゴブリンが俺を投げ捨て、ヴァリスへ鉈を向ける。


「下がれ!」


 ヴァリスは避けようとした。


 しかし身体が動かない。


《身体強化》が以前と同じように使えると思っている。


 俺は地面を蹴った。


 ヴァリスの革鎧を掴み、横へ引く。


 鉈が振り下ろされた。


 刃が俺の背中を掠める。


「ぐっ!」


 革鎧が裂けた。


 焼けるような痛み。


 だが深くはない。


「なぜ俺を……」


「話はあとだ!」


 ホブゴブリンの腿には短剣が刺さったまま。


 首にも俺がつけた傷がある。


 確実に弱っている。


 だが、俺も身体強化を使いすぎていた。


 あと一度。


 全力を出せるのは、おそらく一度だけ。


「ヴァリス、立てるか?」


「ああ」


「正面に立て。攻撃しなくていい。剣を見せろ」


「囮になれというのか」


「嫌なら俺がやる」


 ヴァリスは歯を食いしばり、立ち上がった。


「俺がやる」


 ヴァリスがホブゴブリンの正面へ立つ。


 剣を両手で構えた。


 ホブゴブリンが鉈を持ち上げる。


 俺は暗い側へ回る。


 正面にいるヴァリスを見て、ホブゴブリンは俺から目を離した。


「今だ!」


 ヴァリスが横へ跳ぶ。


 鉈が地面へ叩きつけられる。


 俺は背後から踏み込んだ。


《身体強化Ⅰ》


 両足。


 腰。


 背中。


 肩。


 右腕。


 全身へ、残っている魔力を流す。


 新しい剣を両手で握る。


「はあああっ!」


 最初につけた首の傷へ、刃を振り下ろした。


 硬い肉を断つ感触。


 剣が首の奥まで食い込む。


 ホブゴブリンの身体が大きく揺れた。


 鉈が手から落ちる。


 俺は剣を抜き、もう一度振った。


 ホブゴブリンが膝をつく。


 大きな身体が、地面へ倒れた。


 残ったゴブリンたちは、上位種が倒れたのを見て逃げ出した。


「追うな!」


 俺は叫んだ。


 鉱山を出れば、村へ向かう可能性がある。


 だが今の俺たちに、追う力は残っていない。


「出口へ戻る」


 剣を杖代わりにして立ち上がる。


 背中が痛む。


 呼吸をするたび、胸も痛い。


「アルト」


 ヴァリスが俺を見た。


「荷物を……」


「持たない」


 俺は即座に答えた。


「自分の武器は自分で持て。歩けないなら、必要のない物を捨てろ」


 ヴァリスは黙った。


「ただし、怪我人の荷物は分ける。セナの鞄は、俺とカスパーで半分ずつ持つ」


「俺の分は?」


「歩けるだろう」


 以前のように、三人分をすべて背負うつもりはない。


 必要なら助ける。


 だが便利な荷物持ちには戻らない。


 鉱山を出ると、ギルドから派遣された冒険者たちが到着していた。


 逃げたゴブリンの掃討は、彼らに任せることになった。


 俺たちは村へ戻り、そこで治療を受けた。


 翌日。


 ギルドで事情の確認が行われた。


 ヴァリスたちは、自分たちの能力に問題があることを隠して依頼を受けた。


 セナの魔法失敗によって鉱山を崩し、ゴブリンの群れを外へ逃がした。


 さらにカスパーは、依頼を放棄して一人で逃げた。


 結果として、農村が襲われる危険を生んだ。


 金貨八枚の報酬は支払われなかった。


 村の防壁や壊された作物。


 ギルドから派遣された冒険者たちへの報酬。


 それらの費用が、三人へ請求されることになった。


 一方、俺には薬草採取の報酬。


 村の防衛。


 ゴブリン討伐。


 ホブゴブリン討伐。


 鉱山内部の調査報酬が支払われた。


 合計、金貨五枚と銀貨六枚。


 俺はそのすべてを返済には使わなかった。


 治療費。


 裂けた革鎧の修理。


 傷薬や道具の補充。


 次の依頼を受けるために必要な分を残す。


 そのうえで、金貨一枚を返済窓口へ置いた。


「借金を返済します」


 契約書が光る。


 借金残額。


 金貨二百九十四枚。


 光の粒が、俺の胸へ入った。


《剣術Ⅱ》の文字が揺れる。


 その数字が、一つ上がった。


《剣術Ⅲ》


 剣を握ったときの感覚が変わる。


 足の位置。


 腰の使い方。


 刃を入れる角度。


 これまで曖昧だったものが、少しだけ鮮明になった。


 近くの椅子に座っていたヴァリスが、突然右手を押さえた。


「剣の感覚が……」


 指が震えている。


 俺が得た分だけ、ヴァリスは失った。


「アルト」


 ヴァリスが俺を睨む。


「お前が返済しなければ、今回の依頼も失敗しなかった」


 俺はヴァリスを見た。


「違う」


「何が違う!」


「失った技能を認めず、準備もせずに依頼を受けた。失敗した理由はそれだ」


「元はといえば、お前が――」


「借金を押しつけたのは、お前たちだ」


 ヴァリスの言葉が止まる。


「俺は押しつけられた借金を、自分で稼いだ金で返している。それだけだ」


 俺は新しい冒険者証と報酬を革袋へ収めた。


「それから、もう一つ」


 三人を見る。


「俺はもう、お前たちの荷物持ちではない」


 誰も言い返さなかった。


 借金は残り二百九十四枚。


 まだ先は長い。


 それでも俺は、かつて背負わされた荷物を一つずつ下ろしながら、自分の足で前へ進んでいた。

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