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第19話 今度はお前が荷物を持て



「鉱山に何匹残っている?」


 俺はカスパーへ尋ねた。


「分からない」


「見た数は?」


「十……いや、十五くらいだ。外へ逃げた奴もいる」


「上位種は一匹か?」


「たぶん」


「たぶんでは困る」


 カスパーが顔を歪める。


「俺の《探索》が、以前のように使えないんだ。近くにいることは分かっても、数まで……」


 技能を失ったことを、ようやく認めた。


 俺はカスパーの額を確認した。


 傷は浅い。


 出血は多く見えるが、意識ははっきりしている。


「座れ」


 水で傷を洗い、布を巻く。


 傷薬は使わない。


 カスパーは歩ける。


 限られた薬は、もっと深い傷を負っているかもしれない二人のために残す。


「鉱山の中で何が起きた?」


「入口の見張りを倒して、奥へ進んだ。最初はうまくいっていた」


「灯りは?」


「セナの魔法だ」


「予備は?」


 カスパーが黙った。


「持っていないのか」


「いつも……お前が用意していたから」


 やはりそうだった。


「それで?」


「奥に大きな空洞があった。ゴブリンが集まっていた。セナが火魔法を撃ったが、狙いを外した」


 壁か、天井へ当たったのだろう。


「爆発で岩が崩れた。ゴブリンが一斉に逃げ出して、俺たちは分断された。俺だけ外へ逃げられた」


「ヴァリスとセナの位置は?」


「古い採掘場だ。入口を壊れた鉱石運搬車で塞いでいる。だが長くは持たない」


 鉱山の中へ入るなら、準備が必要だ。


 俺は村人たちへ状況を説明した。


「一人、町のギルドへ知らせに行ってください。ゴブリンの群れと上位種が確認されたと伝えてください」


「応援を待たないのか?」


「待ちたいですが、鉱山に残された二人は間に合わないかもしれません」


 それに、上位種が残ったゴブリンを連れて村へ来る可能性もある。


「荷車の壁は崩さないでください。火を消して、弓と槍を持った人は西側を警戒してください」


「アルトさんはどうする?」


「鉱山へ行きます」


 村人たちの視線が集まる。


「一人で?」


「こいつも連れていきます」


 俺はカスパーを見た。


「歩けるな?」


「あ、ああ」


「なら荷物を持て」


 カスパーが目を見開いた。


「俺が?」


「灯り。縄。水。傷薬。鉱山の中で必要になるものだ」


「俺は斥候だぞ」


「今の状態で先頭を歩けるのか?」


 カスパーは答えられなかった。


 俺は必要な道具を一つずつ鞄へ入れた。


 村から借りた油の入ったランタン。


 予備の火口箱。


 長い縄。


 水。


 布。


 木槌。


 小さな鉄の杭。


 傷薬。


 食料。


 鉱山へ入るのに不要な薬草は、村へ預けた。


「持てる量だけ持て。無理なら言え」


「全部持てる」


「見栄を張るな。途中で動けなくなる方が迷惑だ」


 カスパーは唇を噛み、鞄を背負った。


 かつて、俺は三人分の荷物を持たされていた。


 重いと言っても、歩くのが遅いと言われた。


 水を飲もうとすれば、休憩が多いと怒鳴られた。


 だが俺は、同じことをカスパーへするつもりはない。


「肩が痛んだら言え。途中で荷物を分ける」


「……分かった」


「出発する」


 俺たちは森を抜け、古い鉱山へ向かった。


 道にはゴブリンの死体が何体も転がっていた。


 剣で斬られたもの。


 火で焼かれたもの。


 ヴァリスたちも、まったく戦えなかったわけではない。


 だが奥へ進むほど、落ちている道具が増えた。


 水筒。


 短剣。


 セナが魔法の触媒に使っていた石。


 逃げるために捨てたのだろう。


「拾え」


 俺はカスパーへ言った。


「持っていくのか?」


「帰りに必要になるかもしれない」


「重くなるぞ」


「だから必要な物だけ選ぶ」


 水筒には、まだ水が残っている。


 短剣も使える。


 割れた触媒は置いていく。


 鉱山の入口には、ゴブリンの足跡が大量に残っていた。


 外へ出たもの。


 中へ戻ったもの。


 人間の足跡。


 血の跡。


「灯りを出せ」


 カスパーがランタンを取り出す。


 俺は火をつけ、明るさを最小限にした。


 遠くまで照らせば、こちらの位置を知らせることになる。


「俺の後ろを歩け。声は出すな」


 鉱山へ入る。


 湿った空気。


 天井から落ちる水滴。


 崩れた木の支柱。


《探索Ⅰ》を意識する。


 地上よりも気配を捉えにくい。


 石壁に音が反響して、距離が分からなくなる。


 それでも、何もないわけではない。


 右の通路に二つ。


 左にはいない。


 俺は足元の小石を拾い、右の通路へ投げた。


 音に反応して、ゴブリンが二匹現れる。


 一匹目がこちらに気づく前に、距離を詰めた。


《身体強化Ⅰ》


 剣を横へ振る。


 一匹目の首を斬る。


 二匹目が叫ぼうとする。


 カスパーが短剣を投げた。


 刃がゴブリンの肩へ刺さる。


 致命傷ではない。


 だが声が止まった。


 俺が踏み込み、胸へ剣を突き刺す。


「短剣を回収しろ」


 カスパーは黙って頷いた。


 二人で鉱山の奥へ進む。


 崩落した場所を避け、血の跡を追う。


 しばらくすると、金属を叩く音が聞こえた。


 ガンッ!


 ガンッ!


 壊れた鉱石運搬車を、何かが外側から叩いている。


「ヴァリス!」


 カスパーが叫びそうになる。


 俺は口元へ指を当てた。


 運搬車の外側に、ゴブリンが六匹。


 内側には、人間の気配が二つ。


 まだ生きている。


 正面から六匹へ突っ込めば、こちらに気づかれる。


 俺はカスパーから縄を受け取った。


 通路の低い位置へ張る。


 片方を木の支柱へ結び、もう片方をカスパーへ持たせた。


「俺が二匹を誘う。合図したら縄を引け」


「残りは?」


「一度に全部とは戦わない」


 ランタンの火を消す。


 暗闇の中で、石を遠くへ投げた。


 音が響く。


 二匹のゴブリンが、運搬車から離れた。


 こちらへ近づいてくる。


 一匹。


 もう一匹。


 縄を越えた。


「今だ」


 カスパーが縄を引く。


 二匹の足が絡み、地面へ倒れた。


 俺は一匹目の首へ剣を突き刺した。


 二匹目が起き上がる前に、カスパーが短剣で押さえる。


 俺が仕留める。


 残り四匹が異変に気づいた。


 だが暗闇で、こちらの位置が分からない。


「火よ」


 小さな炎を、通路の反対側へ飛ばす。


 ゴブリンたちの視線が炎へ向く。


 俺は暗い側から近づき、一匹を斬った。


 三匹が襲ってくる。


 後退。


 狭い通路へ誘い込む。


 一匹目の棍棒を剣で払う。


 胸を斬る。


 横から来た石斧を避け、足へ剣を振る。


 倒れたところをカスパーが短剣で仕留める。


 最後の一匹が逃げようとする。


「逃がすな!」


 カスパーの投げた短剣が背中へ刺さる。


 俺が追いつき、斬り倒した。


「ヴァリス! セナ!」


 安全を確認してから、運搬車へ近づく。


 内側からヴァリスの声がした。


「カスパーか!」


「今、どかす!」


 運搬車は、ゴブリンの攻撃で歪んでいた。


 俺は縄を車体へ結びつけた。


「カスパー、反対側を持て」


 二人で引く。


 動かない。


《身体強化Ⅰ》を両足と背中へ流す。


「もう一度だ」


 歪んだ車輪が軋み、運搬車が僅かに動いた。


 人が通れる隙間ができる。


 最初にセナが這い出してきた。


 足を負傷している。


 続いてヴァリス。


 剣は持っているが、左肩から血を流していた。


「アルト……」


 ヴァリスが俺を見る。


「話はあとだ。傷を見せろ」


 セナの足へ傷薬を使う。


 ヴァリスの肩は布で縛り、出血を止める。


「歩けるか?」


「俺を誰だと思っている」


 ヴァリスが立ち上がろうとして、壁へ手をついた。


「歩けるかと聞いている」


「……歩ける」


 そのとき、鉱山の奥から重い足音が響いた。


 ドン。


 ドン。


 一つ。


 普通のゴブリンではない。


 暗闇の向こうに、大きな影が現れる。


 人間に近い背丈。


 太い腕。


 大きな鉈。


 その後ろには、七匹のゴブリン。


「こいつだ」


 カスパーの声が震える。


「こいつが群れを率いていた」


 上位種。


 ホブゴブリン。


 俺たちと鉱山の出口の間に立ち、大きな鉈を持ち上げた。

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