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第18話 村を守る荷物持ち



 森の奥から、ゴブリンの群れが近づいてくる。


 一つ。


 二つ。


 十を超える気配。


 俺は剣を握ったまま、その場を動かなかった。


 戦うためではない。


 群れがどちらへ進んでいるのかを確認するためだ。


《探索Ⅰ》へ意識を集中させる。


 枝が折れる音。


 草を踏みつける足音。


 ゴブリンたちは、ばらばらに逃げているわけではない。


 同じ方向へ進んでいる。


「農村の方角だ」


 俺一人で十匹以上を相手にすれば、途中で囲まれる。


 何匹か倒せても、残りは村へ到達する。


 ここで戦うべきではない。


 先回りして村へ知らせる。


 俺は採取した薬草を鞄へ入れ、両足へ魔力を流した。


《身体強化Ⅰ》


 全力では使わない。


 長く走れるよう、弱い強化を維持する。


 森を抜け、農道へ出た。


 木の柵に囲まれた小さな村が見える。


 畑で働いていた人たちが、走ってくる俺へ顔を向けた。


「ゴブリンの群れが来ます!」


 俺の声に、村人たちの動きが止まる。


「西の森から十匹以上。ここへ向かっています!」


「じゅ、十匹以上だと?」


「町へ逃げる時間はありません。戦える人は何人いますか?」


 村人たちは顔を見合わせた。


 剣を持った者はいない。


 弓を使える者が二人。


 狩りに使う短い槍が三本。


 あとは斧や鎌、農具だけだった。


 女性や子供、年寄りもいる。


 全員で逃げれば、途中で追いつかれる。


「荷車はありますか?」


「三台ある」


「二台を村の西側へ並べてください。残り一台は、逃げられる状態で中央へ置きます」


「どうして一台だけ残すんだ?」


「怪我人を町へ運ぶためです」


 すべてを壁に使えば、防御は厚くなる。


 だが負傷者が出たとき、運ぶ手段がなくなる。


「水を入れた桶も用意してください。家には火をつけさせない」


 男たちが動き出す。


 俺も荷車を押した。


 西側の道は、畑と柵の間にある細い一本道だ。


 荷車を斜めに置けば、一度に通れる数を減らせる。


「完全に塞がないんですか?」


「塞げば、ゴブリンは柵を壊して別の場所から入ります。ここに通り道を残して、俺が戦います」


 細い隙間を一つだけ作る。


 一度に入ってこられるのは一匹。


 弓を使える二人は、家の屋根へ上がってもらった。


 槍を持つ三人は、荷車の後ろ。


 斧や農具を持つ人たちは、さらに後ろ。


「俺が倒れたら、無理に助けようとしないでください。荷車を倒して道を塞ぎ、東側から逃げてください」


「一人で前に立つのか?」


「狭い場所なら、その方が戦いやすい」


 怖くないわけではない。


 手に汗が滲んでいる。


 十匹以上。


 これまで一度に戦った数より多い。


 だが、ここには逃げられない人たちがいる。


 俺がすべて倒す必要はない。


 村へ入れず、追い返せばいい。


 森の方向から、甲高い鳴き声が聞こえた。


 ゴブリンが姿を現す。


 五匹。


 その後ろに、さらに七匹。


 全部で十二匹。


 棍棒。


 錆びた短剣。


 石斧。


 まともな武器ではない。


 それでも十二匹に囲まれれば勝てない。


「まだ撃たないでください!」


 屋根の上にいる二人を止める。


 矢は少ない。


 遠くから撃って無駄にできない。


 ゴブリンたちが畑へ入る。


 荷車の壁に気づき、動きを止めた。


 中央にある隙間。


 その前に立つ俺。


 一匹が棍棒を振り上げ、走ってくる。


 後ろのゴブリンたちも続いた。


「火よ」


 左手に炎を灯す。


 大きくする必要はない。


《魔力操作Ⅰ》で二つに分け、荷車の左右へ落とす。


 乾いた藁から離れた土の上。


 小さな炎が、通路の両側で揺れる。


 ゴブリンたちは火を避け、中央へ集まった。


 俺の前へ来られるのは一匹だけ。


 棍棒が振り下ろされる。


 剣で受けず、横へ避ける。


 無防備になった首へ剣を振った。


 一匹目。


 倒れた身体が通路を狭くする。


 二匹目が乗り越えてくる。


 今度は短剣。


 刃を剣で横へ払う。


 踏み込みに《身体強化Ⅰ》を使い、胸へ剣を突き刺した。


 二匹目。


「今です!」


 屋根から矢が放たれる。


 群れの後方にいたゴブリンへ一本が刺さった。


 外れた一本も、ゴブリンたちの動きを止める。


 三匹目が通路へ入った。


 剣を振る。


 浅い。


 ゴブリンの石斧が、俺の肩へ向かってくる。


 避けきれない。


 身体を捻る。


 石斧が革鎧を掠めた。


 衝撃で肩が痺れる。


 それでも剣は離さない。


 低い位置から斬り上げる。


 三匹目が倒れた。


「次!」


 槍を持った村人が、俺の横から突いた。


 通路へ入ろうとした四匹目の腹へ、槍先が刺さる。


 俺はその首を斬った。


 四匹。


 ゴブリンたちの勢いが止まった。


 こちらにはまだ十人以上いる。


 実際に戦える者は少なくても、ゴブリンには分からない。


 俺は剣を構えたまま、一歩前へ出た。


「来い」


 残ったゴブリンたちが後ずさる。


 一匹が逃げ出した。


 それを見た他のゴブリンも、次々に森へ向かって走り始める。


「追わないでください!」


 俺は村人たちを止めた。


 逃げる相手を追って陣形を崩す必要はない。


 森へ入れば、今度はこちらが囲まれる。


 倒したゴブリンは四匹。


 矢で傷つけた一匹も、群れと一緒に逃げた。


「勝った……のか?」


「追い返しただけです」


 俺は剣を下ろさなかった。


《探索Ⅰ》を使い、周囲の気配を確認する。


 逃げたゴブリンたちは森の奥へ離れていく。


 だが、鉱山にはまだ残っているはずだ。


 なぜゴブリンたちは巣から出た。


 あの爆発は何だったのか。


 ヴァリスたちは、どうなった。


 考えていると、森の入口で茂みが揺れた。


 俺は剣を構え直した。


 一つの人影が、木の間から転がるように現れる。


「カスパー……?」


 革鎧は裂け、額から血を流している。


 短剣も鞄も持っていない。


 カスパーは俺を見ると、その場へ膝をついた。


「アルト……」


 掠れた声だった。


「助けてくれ」


「何があった?」


「鉱山の奥に……ヴァリスとセナが残っている」


 カスパーは震える手で、鉱山の方角を指した。


「上位種がいた。普通のゴブリンじゃない。俺たちは……勝てなかった」


 自分たちは問題なく戦える。


 ゴブリン程度を見落とさない。


 そう言っていた男が、今は俺へ助けを求めている。


「頼む、アルト」


 カスパーが地面へ手をついた。


「二人を助けてくれ」


 俺はすぐには答えなかった。


 助けに向かえば、俺も死ぬかもしれない。


 だが鉱山には、村を襲う可能性のある上位種がいる。


 元仲間を助けるかどうか。


 それだけで決められる問題ではなくなっていた。

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