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第2話 手に入れた剣術は、最初からではありませんでした



《技能《剣術Ⅰ》を獲得しました》


 契約書に浮かんだ文字は、しばらくすると光の粒になって消えた。


 アルトはその場に立ち尽くしていた。


 頭の中には、昨日まで知らなかった知識がある。


 剣を振るときは、腕の力だけに頼らない。


 足で地面を踏み、腰を回し、その力を肩から腕へ伝える。


 相手の武器だけを見てはいけない。視線、肩、腰、足の向きから、次の動きを予測する。


 知識としては理解できた。


 だが、本当に使えるのかは分からない。


「剣が必要だな」


 問題は、手持ちの金だった。


 最初の返済を終えたアルトの革袋には、銀貨一枚と銅貨が少ししか残っていない。


 まともな武器を買える金額ではなかった。


 アルトは契約書を背負い袋へしまい、町の外れにある武具店へ向かった。


 店内には、壁一面に剣や槍が並んでいる。


 そのほとんどが、今のアルトには手が届かない値段だった。


 量産品の片手剣でも金貨数枚。


 質のよい剣なら、金貨十枚を超える。


「銀貨一枚で買える剣はありませんか」


 店員はアルトの身なりを見てから、店の奥を指した。


 そこには刃こぼれした剣や、折れた槍が無造作に積まれていた。


 まともな冒険者なら見向きもしない品ばかりだ。


 アルトは一本ずつ状態を確かめていく。


 刃が半分から折れているもの。


 柄が腐っているもの。


 刀身が大きく曲がっているもの。


 その中から、一本の短い剣を見つけた。


 本来は片手剣だったのだろう。


 先端が折れているため、今は長めの短剣にしか見えない。


 刃には小さな欠けがいくつもあったが、柄はしっかりしている。振っただけで折れることはなさそうだ。


「これは?」


「銀貨八枚だった品だ。先端が折れたから、今なら銀貨一枚でいい」


 全財産に近い金額だった。


 これを買えば、今日の宿代さえ払えなくなる。


 それでも、武器がなければ討伐依頼は受けられない。


「買います」


 アルトは銀貨一枚を差し出した。


 残った銅貨を数える。


 安いパンなら二つ買える程度だ。


 今夜は町の外で眠るしかないだろう。


 店を出たアルトは、町の外にある共同訓練場へ向かった。


 地面へ立てられた木の杭に向かい、購入したばかりの剣を構える。


 両足を肩幅ほどに開く。


 利き足をわずかに後ろへ引き、腰を落とす。


 自然に構えられた。


 昨日までのアルトなら、剣を持つだけで肩に力が入っていただろう。


「本当に、使い方が分かる」


 アルトは木の杭へ斬りかかった。


 ガンッ!


 鈍い音が響き、剣が大きく跳ね返される。


「ぐっ……!」


 右手が痺れた。


 剣を落としそうになり、慌てて両手で握り直す。


 思い描いていた動きとは、まるで違った。


 足を踏み込むタイミングが遅い。


 腰の回転と腕の動きも合っていない。


 何より、剣を止められた衝撃に身体が耐えられていなかった。


「知っているだけでは、使えないのか」


 アルトが獲得したのは《剣術Ⅰ》。


 おそらく、ヴァリスが持っていた《剣術》のごく一部にすぎない。


 長年の修練で鍛えた腕力や反射神経まで、すべて移ったわけではないのだろう。


 それでも、何も持っていなかった昨日までとは違う。


 どこを直せばよいのか、自分で分かる。


 アルトは剣を構え直した。


 足を踏み出す。


 腰を回す。


 剣を振り下ろす。


 ガンッ!


 二度目も、ひどい斬撃だった。


 もう一度。


 さらにもう一度。


 剣を振るたび、手のひらが痛む。


 十回を超えるころには息が上がり、二十回を超えたころには腕が重くなった。


 それでもアルトは休まなかった。


 自分の中にある知識と、実際の身体の動きを一つずつ合わせていく。


 三十回目。


 刃が斜めに入り、木の表面を浅く削った。


「できた……」


 ほんの小さな傷だった。


 ヴァリスなら、同じ木の杭を一撃で深く斬り裂いただろう。


 それでもこれは、アルトが自分でつけた傷だ。


 借りた知識だけではない。


 自分で剣を振り、自分の身体で覚えた一撃だった。


 アルトは一度だけ休憩を挟み、日が傾くまで剣を振り続けた。


 手のひらには豆ができ、いくつかは潰れて血がにじんでいる。


 腕も上がらなくなっていた。


 訓練を終えたころ、アルトの目の前に小さな文字が現れた。


《《剣術Ⅰ》の習熟度が上昇しました》


「習熟度……」


 技能は、獲得して終わりではない。


 使えば育つ。


 レベル1で手に入れた技能でも、自分で鍛えれば、その先へ進める可能性がある。


 アルトは痛む右手を見つめた。


 簡単に強くなれるわけではない。


 金を返しただけで、ヴァリスと同じ剣士になれるわけでもない。


 だが、それでよかった。


 何もせず強くなるより、ずっと信用できる。


 少なくとも、自分で積み重ねた努力だけは、誰にも奪われない。


 翌朝。


 町の外で短い眠りを取ったアルトは、冒険者向けの依頼が張り出された掲示板の前に立っていた。


 討伐依頼を受けるのは、まだ危険だ。


 剣を一日振っただけの初心者が、魔物に勝てるとは思っていない。


 まずは、町の近くで受けられる採取依頼を探す。


 薬草十本で銀貨二枚。


 森キノコ五個で銀貨一枚。


 川辺に生える解毒草なら、八本で銀貨二枚。


 三つを同時に集めれば、合計銀貨五枚になる。


 食費を切り詰めれば、数日は暮らせる金額だ。


 そして同じ依頼を何度かこなせば、二度目の返済もできる。


「まずは生きる。それから返す」


 アルトは三枚の依頼票を手に取り、町の外へ向かった。


 剣術を得たからといって、調子に乗るつもりはない。


 森の浅い場所から出ない。


 魔物を見つけても、こちらからは近づかない。


 危険を感じたら、採取したものを捨ててでも逃げる。


 何度も自分に言い聞かせながら、森へ入った。


 薬草の見分け方なら知っている。


 これまで採取を担当していたのもアルトだった。


 木の根元や日陰を探し、一本ずつ丁寧に摘んでいく。


 一時間ほどで薬草を十本。


 さらに森キノコを三個見つけた。


「あと二個だな」


 幸先は悪くない。


 アルトが次の場所へ移ろうとした、そのときだった。


 近くの茂みが揺れた。


 反射的に足を止める。


 風ではない。


 何かがいる。


 アルトは背負い袋を地面へ置き、腰の剣へ手を伸ばした。


 茂みの奥から、低い唸り声が聞こえる。


 一匹ではなかった。


 右側から一つ。


 正面から二つ。


 囲まれかけている。


「逃げるなら……今だ」


 ゆっくりと後ろへ下がる。


 その瞬間、茂みから灰色の小さな影が飛び出した。


 額に短い角を生やしたウサギ型の魔物。


 アルトでも知っている。


 角ウサギだ。


 一匹なら、駆け出し冒険者にも倒せる弱い魔物。


 だが、現れたのは三匹だった。


「最初から三匹かよ……!」


 角ウサギが地面を蹴る。


 鋭い角をアルトの腹へ向け、一直線に飛び込んできた。


 頭の中にある《剣術Ⅰ》が、その攻撃への対処を教えてくれる。


 身体が実行できるかどうかは、別の話だった。


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