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第13話 荷物持ちだった俺にしかできない依頼



 翌朝、冒険者ギルドへ入ると、受付の周囲が騒がしかった。


「北の街道で薬を運んでいた荷馬車が襲われたそうです!」


 受付職員の声が響く。


「御者は逃げて無事でしたが、荷馬車は現場に残されています。積み荷の回収に向かえる方はいませんか!」


 何人かの冒険者が依頼書を確認した。


 だが、すぐに顔をしかめて離れていく。


「護衛じゃなくて、回収か」


「薬瓶を割ったら弁償だろ?」


「荷車ごと持って帰れる人数が必要だな」


 報酬は金貨一枚。


 街道を襲ったのは、おそらくゴブリンの群れ。


 魔物を倒すだけでなく、荷馬車に残された薬を傷つけずに持ち帰らなければならない。


 危険の割に報酬が安い。


 そう判断したのだろう。


 俺は依頼書を読み直した。


 積み荷は傷薬と解熱薬。


 木箱が八つ。


 薬瓶は一本ずつ藁で包まれ、箱の中へ詰められている。


 荷馬車が動かせない場合は、回収できた箱の数に応じて報酬が支払われる。


「この依頼、受けます」


 俺が申し出ると、受付職員は驚いた顔をした。


「お一人ですか?」


「まずは荷馬車の状態を確認します。運べない場合は、持ち帰れる分だけ回収します」


「ですが、ゴブリンが残っている可能性があります」


「分かっています」


 以前の俺なら、迷わず断っていた。


 だが今はゴブリンと戦った経験がある。


《探索Ⅰ》もある。


 勝てない数が残っていれば、戦わずに戻ればいい。


 依頼を受けた俺は、道具屋へ向かった。


 丈夫な縄。


 小さな木槌。


 荷車の車輪へ使う油。


 それから、木材を固定するための金具を二つ。


 合計で銀貨一枚近くかかった。


 受付で話を聞いていた冒険者が、俺の買い物を見て笑った。


「ゴブリンを縄で縛るつもりか?」


「荷馬車を直すためです」


 俺が答えると、男は興味を失ったように離れていった。


 荷物持ちだった頃、俺は何度も壊れた荷車を応急修理してきた。


 ヴァリスたちは、修理を終えるまで木陰で休んでいた。


 自分たちが使う道具にも、食料にも、ほとんど触れなかった。


 何をどの箱へ入れたのか。


 どの荷物を上に置けばいいのか。


 雨が降ったとき、何を優先して守るのか。


 彼らは何も知らなかった。


 だが、俺は知っている。


 戦闘では役に立たないと言われ続けた知識。


 今日はそれが必要になる。


 北の街道を一時間ほど進むと、道の端に荒らされた荷馬車が見えた。


 馬の姿はない。


 御者が逃げるときに連れていったのだろう。


 荷台の布は破られ、木箱が二つ地面へ落ちている。


 俺はすぐに近づかなかった。


《探索Ⅰ》へ意識を向ける。


 荷馬車の裏。


 街道脇の茂み。


 折れた枝。


 土についた小さな足跡。


「……まだいる」


 ゴブリンの気配が三つ。


 荷馬車を餌にして、戻ってくる人間を待っている。


 俺は剣を抜いた。


 街道の中央へ立ち、小石を荷馬車へ投げる。


 乾いた音が鳴った。


 茂みが揺れる。


 一匹目が飛び出した。


 俺へ向かってくる。


 残り二匹は動かない。


 最初の一匹を囮にして、俺が近づくのを待っているらしい。


「ゴブリンも考えるんだな」


 俺はその場から動かなかった。


 一匹目が棍棒を振り上げる。


 身体を横へずらし、腕を斬る。


 棍棒が地面へ落ちた。


 続けて首へ剣を振る。


 一匹目が倒れた。


 それでも残り二匹は出てこない。


 俺は左手を茂みへ向けた。


「火よ」


 小さな炎を生み、枯れ葉の手前へ飛ばす。


 燃やすつもりはない。


 茂みの中に隠れているゴブリンへ、火を見せるだけだ。


「ギャッ!」


 一匹が驚いて飛び出した。


 もう一匹も反対側から逃げようとする。


《探索Ⅰ》で位置は分かっていた。


 先に近い方を斬る。


 二匹目。


 最後の一匹が森へ逃げていく。


 追わない。


 俺はすぐに炎を消し、周囲を確認した。


 気配はない。


 それでも油断せず、荷馬車の下や荷台の中まで調べる。


 ゴブリンがいないと分かってから、ようやく剣を収めた。


「さて……問題はこっちだな」


 荷馬車の左車輪が傾いている。


 車軸を固定していた金具が外れ、木が一部割れていた。


 完全に壊れているわけではない。


 俺は荷台から木箱を降ろした。


 重い箱から先に下ろす。


 荷台を軽くしてから、木槌で車輪の位置を戻す。


 割れた部分へ予備の金具を当て、縄できつく固定する。


 油を差し、ゆっくり車輪を回した。


 軋む音はする。


 だが町までなら動かせそうだ。


「荷物を戻す前に確認だ」


 地面へ落ちた二箱を開ける。


 中の薬瓶を一本ずつ調べた。


 割れているものが三本。


 栓が緩み、液が漏れているものが二本。


 無事な薬瓶は藁を詰め直し、箱の中央へ移す。


 壊れた瓶と同じ場所へ無事な瓶を戻せば、運んでいる途中でぶつかってしまう。


 荷物を積み直す。


 重い箱は下。


 割れやすい箱は中央。


 上から布をかけ、縄で固定する。


 最後に前方の持ち手を握った。


「……重いな」


 馬が引く荷馬車を、人間一人で動かす。


 簡単なはずがない。


 それでも車輪は回った。


 一歩ずつ進む。


 坂道では止まり、後ろへ石を噛ませて休む。


 下り坂では縄を近くの木へ回し、速度を落とす。


 時間はかかった。


 町が見えた頃には、両腕が震えていた。


「荷馬車が戻ってきたぞ!」


 門の近くにいた人が声を上げる。


 ギルドの職員たちが外へ出てきた。


「一人で運んできたんですか?」


「応急修理しただけです。車軸は交換した方がいいと思います」


 木箱を確認した職員が、驚いた顔をした。


「破損は五本だけ……?」


「落ちた二箱に入っていました。それ以外は無事です」


 依頼書には、荷物の半分を回収できれば成功と書かれていた。


 俺が持ち帰ったのは、ほぼすべてだった。


 基本報酬は金貨一枚。


 ゴブリン三匹の討伐報酬。


 さらに薬の損失が少なかったことへの追加報酬。


 合計、金貨二枚と銀貨三枚。


 一日の稼ぎとしては、これまでで最も多い。


「アルトさん」


 報酬を渡した受付職員が、俺の冒険者証を見た。


「今回の依頼達成で、昇格に必要な実績が揃いました」


「昇格?」


「はい。試験に合格すれば、一つ上の等級へ進めます」


 俺は手の中の冒険者証を見る。


 元仲間たちの後ろで、荷物を運び続けた日々。


 どれだけ働いても、俺個人の実績にはならなかった。


 討伐したのはヴァリス。


 魔法を使ったのはセナ。


 敵を見つけたのはカスパー。


 俺は、ただの荷物持ち。


 そう記録されていた。


 けれど今日は違う。


 自分で敵を見つけた。


 自分で戦った。


 自分の知識で荷馬車を直した。


 誰かの後ろではなく、俺自身が依頼を達成した。


「昇格試験を受けます」


 俺は迷わず答えた。


 借金は残り二百九十六枚。


 だが返済以外にも、俺の人生は少しずつ動き始めていた。


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