第12話 奪っただけでは使えない
《魔力操作Ⅰ》
新しく得た技能の文字を見ながら、俺は宿の裏庭に立っていた。
右手の人差し指を伸ばす。
「火よ」
小さな炎が灯った。
昨日までの炎とは違う。
風が吹いても、形が崩れない。
俺が意識を向ければ細く伸び、力を抜けば小さく丸まる。
《魔力操作Ⅰ》によって、魔力の流れを以前より細かく感じられるようになっていた。
「これなら……飛ばせるか?」
指先へ魔力を集める。
炎を前方へ押し出す姿を思い浮かべた。
「行け」
炎が指先から離れた。
次の瞬間、足元へ落ちた。
「うわっ!」
慌てて踏み消す。
焦げた土から、細い煙が上がった。
「……危ないな」
技能を得ただけで、魔法の使い方がすべて分かるわけではない。
《剣術》を得たときと同じだ。
剣の振り方は理解できても、身体が追いつかなかった。
魔法も知識と実践は別物らしい。
俺は水を入れた桶を近くへ置いた。
火事を起こして宿から追い出されれば、笑い話にもならない。
「もう一度」
指先へ炎を灯す。
大きくする必要はない。
まずは真っすぐ飛ばす。
炎を押し出すのではなく、魔力の流れに乗せる。
意識を集中させた。
「行け」
炎が離れる。
今度は地面へ落ちなかった。
俺の正面を、ゆっくりと進む。
一メートル。
二メートル。
そこで形が崩れ、空中に消えた。
「二メートルか」
攻撃に使うには短すぎる。
威力も、相手を少し驚かせる程度だろう。
それでも、昨日まではできなかった。
俺は何度も練習した。
火を灯す。
飛ばす。
消える。
もう一度、火を灯す。
十回ほど繰り返したところで、急に身体が重くなった。
「……まずい」
立っているだけなのに息が上がる。
額から汗が流れ、指先が痺れていた。
魔力切れだ。
俺はすぐに訓練をやめ、桶の横へ腰を下ろした。
もう少し続けられると思っていた。
だが魔力量まで増えたわけではない。
《魔力操作Ⅰ》を得たことで、以前より自由に魔力を動かせるようになった。
自由に使えるからこそ、使いすぎる危険も増えている。
「技能が増えるほど、管理するものも増えるな」
剣を振れば体力を消耗する。
《探索》へ集中し続ければ頭が疲れる。
魔法を使えば魔力が減る。
全部を同時に使い続けられるわけではない。
元仲間たちは、それぞれ一つの役割に集中していた。
ヴァリスは剣。
セナは魔法。
カスパーは探索。
俺は三人分の技能を少しずつ得ている。
できることは増えた。
だが使い方を間違えれば、どれも中途半端なままだ。
俺は部屋へ戻り、昼まで身体を休めた。
魔力が戻ったことを確認してから、冒険者ギルドへ向かう。
掲示板の前には、昨日受けた岩鼠の依頼が残っていた。
何枚か貼られていた依頼書のうち、一枚は俺が達成したことで剥がされている。
だが岩鼠の数は多く、まだ討伐が必要らしい。
俺はもう一度、同じ依頼を受けることにした。
新しい技能を得たからといって、すぐに強い魔物へ挑む必要はない。
昨日と同じ相手なら、自分がどれだけ変わったのか確かめられる。
北の岩場へ着いた俺は、《探索Ⅰ》を使って巣穴を探した。
大きな岩の陰に、一つ。
少し離れた草むらに、もう一つ。
俺は小石を投げる。
岩鼠が四匹飛び出してきた。
昨日なら、すぐに距離を取っていただろう。
「火よ」
左手に炎を灯す。
飛ばすのではない。
炎を少しだけ大きくし、地面すれすれへ向ける。
岩鼠たちの前で、小さな火が揺れた。
四匹の動きが止まる。
逃げ道を塞ぐほどの炎ではない。
けれど、こちらへ一斉に飛びかかる勢いは失われた。
俺は右端の一匹へ踏み込み、剣を振る。
一匹目。
すぐに下がる。
二匹が左右から近づいてくる。
《探索Ⅰ》で位置を捉え、左側の一匹を蹴り返した。
右側から来た一匹へ剣を振る。
二匹目。
残った二匹は、火を避けながら逃げようとした。
追いかけるのは一匹だけ。
背を向けた岩鼠へ近づき、剣を振り下ろす。
三匹目。
最後の一匹は巣穴へ逃げ込んだ。
「……昨日より、余裕がある」
俺は呼吸を整えた。
魔力はほとんど使っていない。
火で倒そうとしなかったからだ。
今の火魔法に、敵を焼き殺す威力はない。
だが動きを止めることはできる。
剣だけで戦う必要もない。
魔法だけで倒す必要もない。
《探索》で敵を見つける。
《火魔法》で動きを乱す。
《剣術》で仕留める。
三つの技能は、元仲間たちから得たものだ。
けれど、この組み合わせ方は俺自身のものだった。
その日の討伐数は十五匹。
初めて追加報酬を受け取った。
報酬は銀貨一枚増えただけだった。
たった銀貨一枚。
それでも俺には、その一枚が大きく見えた。
一方、その日の夕方。
ヴァリスたちは、町の外で魔物討伐を行っていた。
「セナ! 右だ!」
「分かってるわよ!」
セナが杖を向ける。
炎の矢が放たれた。
だが狙いは大きく外れ、近くの枯れ草へ突き刺さった。
炎が広がる。
「消せ!」
「今やってる!」
セナは火を消そうとするが、魔力が思うように動かない。
以前なら簡単に操れた炎が、今は彼女の命令を聞かなかった。
「敵が来るぞ!」
カスパーが叫ぶ。
「そんなことは分かっている!」
ヴァリスは剣を構えた。
だが踏み込みが遅い。
剣先も僅かに震えている。
三人は魔物ではなく、自分たちが起こした火から逃げるように後退した。
倒した魔物は、一匹だけ。
焼けた草原の弁償を差し引けば、報酬はほとんど残らない。
「アルトさえ返済をやめれば……」
セナが歯を食いしばる。
カスパーが暗い顔で呟いた。
「やめると思うか?」
誰も答えなかった。
俺は彼らの事情を知らない。
知る必要もない。
その夜、俺は宿の机に銀貨を並べていた。
返済用。
生活用。
装備用。
治療用。
一枚ずつ分けていく。
「次の金貨一枚まで、あと少しだ」
借金は残り二百九十六枚。
焦る必要はない。
俺は俺の速さで、確実に返していく。




