表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
11/17

第11話 第四の返済

第11話 第四の返済


 翌朝、俺は冒険者ギルドの隅にある机で、革袋の中身を数えていた。


 金貨が三枚。


 銀貨が七枚。


 銅貨が少し。


 そして、借金の残額は――金貨二百九十七枚。


 まだ、ほとんど減っていない。


 それでも、以前とは違う。


 あの頃は金貨三百枚という数字を見るだけで、息が苦しくなった。


 一生かかっても返せない。


 何をしても無駄だ。


 そう思っていた。


 だが今は、違う。


 俺には《剣術Ⅱ》《探索Ⅰ》《火魔法Ⅰ》がある。


 借金は重い。


 けれど、返すたびに俺は前へ進める。


「……金貨一枚を返すか」


 そう呟いてから、俺は革袋を閉じた。


 すぐには返さない。


 手元にある金貨は三枚だけだ。


 一枚を返せば、残りは二枚。


 武器が壊れたり、大きな怪我をしたりすれば、それだけで行き詰まる。


 元仲間たちは、俺が金貨を持てばすぐ返済に使うと思っていたらしい。


 昨日もヴァリスは言っていた。


『それ以上、勝手に返済するな』


 勝手に押しつけた借金を、勝手に返すなと言われる。


 考えるほど、おかしな話だった。


 俺は依頼掲示板の前に立った。


 今日受けるのは、町の北にある岩場に棲みついた岩鼠の討伐だ。


 岩鼠は普通の鼠よりひと回り大きく、前歯が石のように硬い。


 一匹なら弱い。


 だが群れで地面の穴から飛び出してくるため、足を噛まれて転倒する冒険者が多いらしい。


 討伐証明は尻尾。


 十匹で銀貨六枚。


 十五匹を超えれば、追加報酬が出る。


 以前の俺なら選ばなかった依頼だ。


 荷物持ちだった俺は、複数の魔物に囲まれて戦った経験がほとんどない。


 だが今は《探索Ⅰ》がある。


 地面の下までは分からなくても、穴の位置や気配を探る助けにはなる。


 それに《火魔法Ⅰ》も、戦闘で使える段階まで育ってきた。


「岩鼠の討伐を受けます」


 受付で手続きを終え、俺は町を出た。


 北の岩場までは歩いて一時間ほどだった。


 大小の岩が転がり、ところどころに背の低い草が生えている。


 俺は剣を抜かず、周囲をゆっくり見回した。


《探索Ⅰ》を意識する。


 風の音。


 草の揺れ。


 石の隙間。


 微かな土の匂い。


 以前なら見落としていたものが、少しずつ頭に入ってくる。


 右前方。


 大きな岩の陰に、土が掘り返された跡がある。


 俺はそこへ近づかず、小石を拾って投げた。


 小石が穴の前へ落ちた瞬間、灰色の影が飛び出した。


 一匹。


 二匹。


 三匹。


 岩鼠たちは小石に噛みつき、すぐにこちらを見た。


「三匹なら、やれる」


 剣を抜く。


 一匹目が正面から跳んできた。


 身体を半歩ずらし、横から剣を振る。


 刃が胴を捉えた。


 だが、その間に二匹目が足元へ潜り込んでくる。


「火よ」


 左手の指先に、小さな炎を灯した。


 岩鼠の目の前へ突き出す。


 攻撃と呼べるほどの火力ではない。


 それでも、突然現れた炎に岩鼠は身を引いた。


 その一瞬で十分だった。


 剣を返し、二匹目を斬る。


 三匹目は逃げた。


 追わない。


 逃げる魔物を無理に追えば、別の巣穴へ誘い込まれるかもしれない。


「まず二匹」


 俺は周囲を警戒してから、討伐証明の尻尾を切り取った。


 その後も、一度に相手をするのは三匹までと決めた。


 穴を見つけても、すぐには近づかない。


 小石を投げる。


 出てきた数を確認する。


 多ければ離れる。


 少なければ戦う。


《探索Ⅰ》で奇襲を防ぎ、《火魔法Ⅰ》で動きを止め、《剣術Ⅱ》で仕留める。


 三つの技能は、それぞれ未熟だ。


 だが組み合わせれば、一人でも戦える。


 昼を過ぎた頃、討伐した岩鼠は十二匹になっていた。


 まだ体力には余裕がある。


 残り三匹を倒せば、追加報酬に届く。


 だが俺は剣を鞘に収めた。


「今日はここまでだ」


 追加報酬より、無事に帰る方が大切だ。


 町へ戻り、討伐証明を提出する。


 報酬は銀貨七枚と銅貨だった。


 宿代と食費を引いても、銀貨五枚以上が残る。


 一日で金貨半枚ほど。


 派手ではない。


 それでも、今の俺には十分だった。


 俺は革袋へ報酬を入れ、そのまま返済窓口へ向かった。


 手元に残る資金を計算する。


 装備の修理代。


 宿代。


 食費。


 治療費。


 それらを確保しても、金貨一枚を返せる。


「借金を返済します」


 窓口へ金貨一枚を置く。


 契約書が淡い光を放った。


 借金残額。


 金貨二百九十六枚。


 そして次の瞬間、光の粒が俺の胸へ吸い込まれた。


 頭の中に、新しい文字が浮かぶ。


《魔力操作Ⅰ》


「……これが、第四の技能」


 指先に火を灯す。


 昨日まで揺れていた小さな炎が、今日は風の中でも消えなかった。


 同じ頃。


 町の反対側にある安宿で、セナが火を起こそうとしていた。


「どうして……」


 杖の先に生まれた炎は激しく揺れ、狙った場所から大きく外れた。


 火は机の端へ燃え移る。


「セナ! 何をしている!」


「私じゃない!」


 ヴァリスの怒声に、セナが叫び返す。


「またよ……また、アルトが返済したのよ!」


 その言葉を聞いた三人は、同時に顔を青ざめさせた。


 俺が借金を返すたびに、彼らは力を失う。


 そして俺は、一歩ずつ前へ進む。


 借金は、残り二百九十六枚。


 返済は、まだ始まったばかりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ