第10話 借金を返しているだけですが
町の門の前で、アルトと元仲間たちが向かい合う。
追放されてから、まだ十日ほどしか経っていない。
それなのに、ヴァリスたちの姿は見違えるほど荒れていた。
三人とも服は泥だらけ。
ヴァリスの頬には切り傷があり、カスパーは左肩へ血のにじんだ布を巻いている。
セナも顔色が悪く、杖へ身体を預けるように立っていた。
「アルト。どうしてお前がここにいる?」
最初に口を開いたのは、ヴァリスだった。
「依頼を終えて帰ってきたからだ」
「依頼?」
カスパーが、アルトの背負い袋を見る。
袋の口からは、薬草の葉がのぞいている。
腰に下げた小袋には、討伐証明となるゴブリンの右耳が入っていた。
「お前が一人でゴブリンを倒したのか?」
「そうだけど」
「嘘をつくな」
ヴァリスは吐き捨てるように言った。
「荷物を運ぶことしかできなかったお前が、ゴブリンを倒せるはずがない」
「倒せるようになったんだ」
「誰かが倒した魔物から、討伐証明だけ盗んだんじゃないでしょうね?」
セナの言葉に、アルトは眉を寄せた。
「俺がそんなことをする人間に見えるのか?」
「借金を背負って金に困っているなら、何をするか分からないわ」
借金を押しつけた本人が言う言葉ではない。
アルトは言い返そうとしたが、やめた。
三人に何を話しても無駄だ。
以前からそうだった。
説明しても、都合の悪いことはすべてアルトの責任にされる。
「用がないなら行くよ。討伐証明を提出したいんだ」
アルトは三人の横を通り過ぎようとした。
「待て」
ヴァリスが腕をつかもうとする。
アルトは反射的に半歩下がった。
伸ばされた手が空をつかむ。
ヴァリスの目が細くなった。
「今の動き……」
「何だよ」
「お前、どこで剣を習った?」
「自分で練習した」
「ふざけるな。今の足運びは、俺が使っているものと同じだった」
アルトは答えなかった。
ヴァリスの《剣術》の一部を受け取ったのだから、動きが似ているのは当然だ。
黙っているアルトを見て、ヴァリスの表情が変わる。
「まさか、お前が何かしたのか?」
「何の話だ?」
「最近、俺の《剣術》が弱くなっている」
カスパーも前へ出た。
「俺の《索敵》もだ。前より範囲が狭くなった。その代わり、お前が俺たちに気づく前に避けた。まるで《索敵》を持っているみたいに」
セナがアルトを睨む。
「私の《火魔法》まで弱くなっているわ」
三人の視線が、アルトへ集中する。
「お前が盗んだのか?」
ヴァリスが低い声で尋ねた。
アルトは背負い袋から契約書を取り出した。
「俺は盗んでいない」
「だったら、どうしてお前が剣を使える?」
「借金を返したからだ」
三人の顔に、理解できないという表情が浮かぶ。
「何を言っているの?」
「この契約では、借金を返した者に、担保の所有権が移る」
アルトは契約書を広げた。
裏面に浮かんだ文字を三人へ見せる。
《本契約によって購入された装備には、使用者の技能を増幅する術式が付与されています》
《借入金が第三者によって返済された場合、装備使用者は返済額に相当する技能の所有権を失います》
《回収された技能は、返済者へ移譲されます》
ヴァリスが契約書を奪うように取り、何度も文章を読み返す。
「なんだ……これは」
「書いてあるとおりだよ」
「こんな説明は受けていない!」
「読まなかったお前たちが悪いんじゃないのか?」
それは、追放された日にヴァリスがアルトへ言った言葉だった。
ヴァリスの顔が赤くなる。
「俺が一度目の返済をしたとき、お前の《剣術》の一部が俺へ移った」
アルトはカスパーへ目を向ける。
「二度目は《索敵》」
最後に、セナを見る。
「三度目は《火魔法》だった」
「返しなさい!」
セナが叫んだ。
「私の《火魔法》よ!」
「返し方なんて知らない」
「だったら今すぐ調べて!」
「どうして?」
「どうしてって……盗んだ技能でしょう!」
「盗んでいない。俺が返済した金額に応じて、契約どおり移っただけだ」
アルトは契約書をヴァリスの手から取り戻した。
「技能が担保になったのは、お前たちが高価な装備を買ったからだ。その代金を払っているのは俺だ」
「お前が勝手に返済したんだろ!」
カスパーの言葉に、アルトは耳を疑った。
「返済しなければ、俺が犯罪者になる」
「少しくらい待てばいいだろ!」
「利息が増える。俺は借金を完済したいんだ」
「だったら技能を奪わない方法で返せ!」
「そんな方法があるなら、お前たちが探せばいい」
ヴァリスがアルトへ詰め寄る。
「今後の返済をやめろ」
「断る」
「俺たちが弱くなるんだぞ!」
「それが俺に何の関係がある?」
アルトは静かに答えた。
以前なら、ヴァリスに睨まれただけで謝っていただろう。
怒らせないために、自分が悪くなくても頭を下げた。
だが、もう同じパーティーではない。
三人の機嫌を取る必要もなかった。
「技能を失いたくないなら、方法はある」
アルトはヴァリスの長剣を指した。
「その装備を売って、借金の返済に充てればいい」
「これは俺の剣だ!」
「代金は俺が払っている」
「渡すわけがないだろ!」
「なら、お前たちが残りの借金を引き取れ」
三人が黙り込む。
残額は金貨二百九十七枚。
高価な装備を手にしたとはいえ、簡単に返せる額ではない。
「装備は渡さない。借金も引き取らない。でも技能は返せ。返済もするな」
アルトは三人を順番に見た。
「都合がよすぎないか?」
「もともと、その借金はお前が払う契約だ!」
「そうだな。だから契約どおり返している」
アルトは契約書を背負い袋へしまった。
「そして契約どおり、担保を受け取っている。それだけだ」
ヴァリスは何も言い返せなかった。
セナは悔しそうに唇をかみ、カスパーは視線をそらす。
「話が終わったなら、もう行く」
アルトは三人の横を通り過ぎた。
「待て、アルト」
ヴァリスの声が背後から聞こえる。
「一度だけ、お前をパーティーへ戻してやる」
アルトは足を止めた。
「何だって?」
「俺たちの荷物を運びながら、借金を返せ。お前が得た技能も、パーティーのために使え」
あまりにも身勝手な提案だった。
「報酬の取り分も、以前と同じだけ与えてやる」
「一番少ない取り分を?」
「お前一人で稼ぐよりは多い」
アルトは、三人の姿を見た。
泥だらけの服。
失敗した依頼。
捨ててきた荷物。
まともな傷薬さえ用意できず、町へ戻ってきた三人。
そして、自分の背負い袋を見る。
今日集めた薬草。
自分で倒したゴブリンの討伐証明。
必要なものを買い、生活費を残し、それでも借金を返せるだけの稼ぎ。
「悪いけど、今のほうが稼げている」
「……何?」
「それに、一人のほうが安全だ」
ヴァリスたちといたころは、無理な依頼を断れなかった。
休みたくても休めなかった。
危険な場所へ入り、三人が戦っている間も荷物を守り続けた。
今は、自分で戦う相手を選べる。
疲れたら帰れる。
必要だと思えば、防具や傷薬へ金を使える。
「俺は戻らない」
アルトは、はっきりと告げた。
「もう二度と、お前たちの荷物は持たない」
ヴァリスが顔を歪める。
だが、アルトは振り返らなかった。
借金は残り金貨二百九十七枚。
まだ先は長い。
それでも、追放された日に背負っていた絶望とは違う。
返済するたびに、技能が増える。
努力するたびに、自分自身が強くなる。
そして今日、もう一つ取り戻した。
誰と冒険するかを、自分で決める自由だった。




