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第14話 昇格試験



 昇格試験は、翌朝に行われることになった。


 俺が現在持っている冒険者証は、最下級のF等級。


 薬草採取や町周辺の害獣退治など、比較的危険の少ない依頼しか受けられない。


 試験に合格すればE等級へ上がり、町から離れた場所での討伐や護衛依頼も受けられるようになる。


 当然、報酬も増える。


 借金を返す速度を上げるには、昇格した方がいい。


 だが、焦って命を落とせば終わりだ。


 俺は試験内容を聞く前に、道具屋へ向かった。


 傷薬を一本。


 清潔な布。


 予備の縄。


 小さな火口箱。


 保存食と水。


 前日の報酬があるからといって、高価な装備は買わなかった。


 試験で何を求められるか分からない以上、まず必要なのは不足をなくすことだ。


 準備を終えてギルドへ戻ると、革鎧を着た試験官が待っていた。


 腰に剣を下げているが、試験中に助けるつもりはないらしい。


「試験内容を説明する」


 試験官は町の北西にある森を指した。


「森の中に、古い石造りの見張り台がある。そこへ銀色の札を置いてきた。日没までに札を持ち帰れ」


「魔物の種類は分かっていますか?」


「灰牙狼が確認されている」


 灰牙狼。


 灰色の毛を持つ狼型の魔物だ。


 一匹ならE等級相当。


 群れになると、F等級の冒険者では対処できない。


「札を持ち帰れば合格ですか?」


「それだけではない」


 試験官が俺を見る。


「装備の準備、道中の判断、魔物との戦い方、撤退を選べるか。すべてを見る。札を取っても、無謀な行動をすれば不合格だ」


「分かりました」


「俺は後ろからついていく。死にそうなら助けるが、その時点で試験は終了だ」


 俺は頷き、森へ向かった。


 試験官とは一定の距離を保つ。


 助言はない。


 話しかけても答えない。


 森へ入った俺は、すぐに《探索Ⅰ》を意識した。


 鳥の声。


 葉の揺れ。


 踏み荒らされた草。


 柔らかい土に残る足跡。


 人間のものではない。


 犬より少し大きい足跡が、森の奥へ続いている。


「灰牙狼か」


 足跡は二匹分。


 見張り台へ続く道と重なっていた。


 別の道を探す。


 遠回りになるが、足跡の少ない斜面がある。


 俺は迷わず斜面を選んだ。


 試験官が何も言わずについてくる。


 昼前には、崩れかけた見張り台が見えてきた。


 石壁の一部が残り、入口には蔦が絡んでいる。


 その中央に、銀色の札が置かれていた。


 俺は近づかない。


《探索Ⅰ》へ集中する。


 見張り台の裏側に、一つ。


 石壁の陰に、もう一つ。


 二匹の気配。


 足跡の主だ。


 灰牙狼は、俺が札へ近づくのを待っている。


 俺は鞄から保存食を取り出した。


 干し肉を小さく切り、入口から離れた場所へ投げる。


 一匹が石壁の陰から姿を現した。


 灰色の毛。


 黄色い目。


 口元から伸びた二本の牙。


 岩鼠よりも、ゴブリンよりも明らかに強い。


 灰牙狼は干し肉の匂いを嗅いだ。


 だが食いつかない。


 こちらを見たまま、低く唸っている。


「簡単には釣られないか」


 もう一匹は動かない。


 一匹が正面から注意を引き、もう一匹が背後を取るつもりなのだろう。


 俺は木を背にして剣を抜いた。


 背後から襲われない位置を選ぶ。


 一匹目がゆっくり近づいてきた。


 俺も動かない。


 距離が縮まる。


 灰牙狼が地面を蹴った。


 速い。


 俺は剣を横へ振った。


 灰牙狼は空中で身体を捻り、刃を避ける。


 その爪が、俺の左腕を掠めた。


「くっ!」


 革の腕当てに爪痕が残る。


 壊れてはいない。


 岩鼠の依頼で稼いだ金を、返済より先に腕当てへ使った。


 あの判断は間違っていなかった。


 一匹目が着地した瞬間、二匹目が石壁の裏から飛び出した。


《探索Ⅰ》で気配は分かっている。


 驚く必要はない。


「火よ!」


 左手に炎を灯し、二匹目の顔へ向けた。


 灰牙狼が目を閉じ、首を振る。


 その隙に剣を突き出した。


 刃先が肩へ刺さる。


 浅い。


 仕留められない。


 俺はすぐに剣を引き、木を背にした位置へ戻ろうとした。


 だが一匹目が横から飛びかかってくる。


 避けきれない。


 俺は左腕を上げた。


 灰牙狼が腕当てへ噛みつく。


 衝撃で身体が揺れた。


「ぐっ……!」


 牙は革を貫き、腕へ食い込んでいる。


 痛い。


 それでも剣は手放さない。


 噛みついた灰牙狼は、すぐには離れられない。


 右手の剣を短く持ち、首元へ突き刺した。


 一度。


 二度。


 灰牙狼の顎から力が抜ける。


 俺は腕を引き抜いた。


 傷から血が流れている。


 残った一匹が、低く唸った。


 肩を傷つけているが、まだ動ける。


 俺も左腕を噛まれている。


 剣は右手で持てる。


 だが火魔法を使うための集中が続かない。


 相手が飛びかかってくれば、次は防げないかもしれない。


 戦えるか。


 勝てるか。


 俺は灰牙狼の動きを見る。


 前足へ体重をかけている。


 逃げるつもりはない。


 次の攻撃が来る。


 俺は鞄から縄を取り出した。


 片方の端には、町を出る前に輪を作ってある。


 荷馬車を直すために使った結び方だ。


 縄の輪を足元へ置く。


 もう一方の端を、背にしていた木へ回した。


 灰牙狼が走る。


 俺は一歩前へ出た。


 逃げるのではなく、ぎりぎりまで引きつける。


 牙が届く直前、横へ跳んだ。


 灰牙狼の前足が縄の輪へ入る。


「今だ!」


 縄を引く。


 輪が締まり、灰牙狼の前足へ絡んだ。


 勢いを失った身体が地面へ倒れる。


 俺は剣を両手で握った。


 左腕に激痛が走る。


 それでも剣を振り下ろした。


 一撃。


 灰牙狼が暴れる。


 二撃目。


 動きが止まった。


「はあ……はあ……」


 俺はすぐに周囲を確認した。


 気配はない。


 剣を地面へ置き、傷薬を左腕へかける。


 清潔な布を巻き、きつく縛った。


 血は止まった。


 腕も動く。


 だが、これ以上戦うのは危険だ。


 見張り台へ近づき、銀色の札を拾う。


 帰り道は、来た道と同じ斜面を使った。


 灰牙狼の死体を運ぶことは諦め、討伐証明だけを回収する。


 二匹分の素材は惜しい。


 だが左腕を負傷した状態で無理に運べば、別の魔物に襲われたとき逃げられない。


 試験官は最後まで何も言わなかった。


 町へ戻った頃には、空が赤く染まり始めていた。


 俺は受付へ銀色の札を置く。


「試験結果は?」


 試験官は札ではなく、俺の腕と鞄を見た。


「傷薬を用意していた」


「はい」


「魔物の足跡を見つけ、遠回りを選んだ」


「はい」


「二匹分の死体を捨て、討伐証明だけを持ち帰った」


「運べる状態ではありませんでした」


 試験官が頷く。


「魔物を二匹倒したことより、その三つを評価する」


 俺の冒険者証が受け取られた。


 しばらくして戻ってきた証には、新しい印が刻まれていた。


 E等級。


「昇格試験、合格だ」


 俺は冒険者証を握った。


 嬉しい。


 だが、浮かれてはいけない。


 左腕は傷つき、腕当ても修理が必要だ。


 灰牙狼を倒せたのは、技能だけのおかげではない。


 準備していた道具。


 荷物持ちとして覚えた縄の扱い。


 そして、逃げ道を考えながら戦ったこと。


 そのすべてがあったから、戻ってこられた。


「まず治療院へ行ってこい」


「はい」


 借金は残り二百九十六枚。


 返済は大切だ。


 だが今日の報酬は、すぐには返済へ回さない。


 傷を治す。


 腕当てを修理する。


 使った傷薬を補充する。


 生きて次の依頼を受けるために、必要な金を使う。


 俺はようやく、それを迷わず選べるようになっていた。


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