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勇者、柴犬―飼い犬が異世界に転生して飼い主を探すようです―  作者: konzy
犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ

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英雄ゾルバ・マルコシアス

「怖い匂い」


 小石丸は鼻をひくひくと動かしながら、周囲を見回す。


「初代王――千年前に魔王を倒してこの国を作った、ジョンの仲間だった“伝説”がいる町か」


 カトルの呟きが耳に入る。


 この町には至るところに白狼がいた。


 城壁には誇示するように白狼の旗が立ち、闘技大会の立て札には精悍な白い狼の横顔が描かれている。


「ここ、なんか変」


 肉の匂いに満ちた町で、小石丸の鼻が異常を訴える。


「白炎まんじゅうに、白炎焼き……この町はゾルバに頼りきりじゃないか」


 誰もが笑っているのに、空気も軽いのに。

 その軽さが――怖い。


(怖いけど――知ってる匂い?)


 正体不明の不気味さを感じながら、小石丸は歩く。


「おっと時間もない。先に闘技大会に出場者登録に行くぞ」


 カトルの言葉に、小石丸とハチが頷く。


「なにか大事なことを忘れてる……?」


 小石丸の腹が、大事なことを思い出させる。


 盛大に腹の虫が鳴った。


「――あ、お肉食べる!!」

「時間無いって!!」


 カトルの言葉は、小石丸の耳には届かなかった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 カトルは、闘技大会の舞台で唖然と対戦相手を見つめていた。


「さあ、第二百十五回コトン・ド・テュレアール闘技祭開幕です!!!」


 主催者らしき男の声に、コロシアム内に観客の熱が渦巻く。


「本日の参加者は、四十一名! 最大六回戦のトーナメント方式となります!」


 カトルは、闘技場の舞台の上で思った。


「さあ今回もアイポロス商会の支援で大会が開かれております」


 自分はなんと――運がいいんだ。


「さあ、第一試合!! ユナヴィル村の村長の息子、カトル!!」


 頭に過るのは千年前の建国神話。


「それでは皆さん。魔王を倒した英雄たちの名をいま一度!」


 会場内の熱気がさらに上がる。


「英雄王ジョン! 慧眼のブルーイ! 天変のソロモン! そして――」


 場内の熱気が頂点を超えた。

 あまりの歓声に舞台が揺れている。


(ソロモンはエルフで……あ、ブルーイの姓がアイポロスだっけ)


 目の前の光景に現実味がなかった。


「白狼族唯一の生き残り、英雄、白炎のゾルバァ!!!!!」


 ――英雄、その人が目の前にいた。


「ははは、本物だ」


 目の前の獣人が、手を合わせて礼をする。


「コカトリスもオウルベアも怖かったけどこれは――別格だ」


 見た瞬間に鳥肌が立った。

 小石丸より頭ひとつ大きいくらいの偉丈夫ではある。


「手加減はする。痛みすら感じないうちに終わらせる」


 低い声は耳に心地よく、優しさすらたたえて響く。


 カトルの全身から汗が噴き出す。

 心が、逃げ出せと警鐘を鳴らす。


「ああ、本物の英雄。最高だ」


 そう。


 小石丸に付いて旅に出たのは強くなるため。

 ならば、最強と戦わずしてどうする。


 目の前にはおとぎ話に聞いたとおりの、燃える炎のような白い毛並みが美しい獣人が立っている。


 恐怖以上に、心が躍る。


「武器は使用可ですが、相手を殺してはいけません! 相手を気絶させるかまいったと言わせたら勝ちです」


 カトルは、槍を握りしめる手に力をこめる。

 あの、巨大なオウルベアを貫いた父の槍。


「一撃くらいは入れてみせる!!」


 構えるカトルに対し、ゾルバは腕組みをしたまま直立していた。


 コロシアム内に渦を巻く風が、彼の体毛を炎のように揺らしている。


 歴戦の勇士である英雄の感情は、まったく読み取れなかった。


「では、第一試合開始!!」


 主催者の男の叫びと同時に、カトルはゾルバに向けて走り出す。


 ゾルバは腕組みをしたまま、カトルをただ見ていた。

 カトルの槍が、ゾルバに届かんとする瞬間だった。


「……やはり、人間に期待するのは無駄じゃないのかブルーイ」


 ゾルバは、体をひねるだけで簡単に槍を躱すと、目の前から姿を消す。


「は、速すぎる!!」


 避けた動きも、その後の移動も、ほとんど見えなかった。


 カトルの腹に、重い拳が入った。


「がはっ」


 腹から激痛が走り、意識が飛びかける。


 だが、辛うじて踏みとどまった。


「……む。手加減しすぎたか?」


 ゾルバの呟きに、カトルは気付いたことがあった。

 さっきの一撃は意識を刈り取るのに十分な重みがあった。


 カトルが立っていられたのは、ほんの少しだけ、腹に力が込められたからである。


(動きが――なんとなくカシムに似てる?)


 なぜかは分からない。

 圧倒的にゾルバの方が速いし動きも洗練されているように思う。


 ただ、肉体の使い方というか、動きの根本がどこか似ていた。


 カトルは無意識に一歩後ろに下がる。

 先ほどまでカトルの顎があった場所を、ゾルバの拳が正確に通り過ぎる。


「ほう、これを避けるか」


 動きが見えてはいないし、読めてるわけでもない。

 ただ、小石丸ならこう来るだろうという予想のもとで、体が勝手に動いたに過ぎない。


 もう一度同じことをやれと言われても無理だ。


「でも、二撃は耐えたぞ」


 最初の腹への一撃で、すでに足はほとんど動かない。

 反撃を入れられる気もしない。

 だが、英雄相手にまだ立っている。


「ふっ、はははは。人間に二度の攻撃で勝てなかったのは久しぶりだ。侮っていたことを謝ろう」


「ははは……一撃くらいは入れてやる…………!」


 一回戦でいきなり英雄に当たったことは不運ではない。

 どうせ相手は人間など一撃で倒せる怪物。

 ならば、万全な状態で当たれたことを喜ぼう。


 すでにふらふらな足を叱咤して、カトルはゾルバに対して真っすぐに駆け出す。

 運を天に任せての特攻――ではない。

 さっきから二度連続で、ゾルバは左に避けて右手の一撃を放っていた。


 もう一撃くらえば動けなくなるし、どうせ動きもほぼ見えない。


 今出せる全力で駆け寄って、槍を突き出す。

 当然、避けられるが想定内。


「ここで槍の柄で右に薙ぐ!」


 予め緩く握っていた右手の部分を瞬時に持ち替え、棒術の要領でゾルバがいるはずの右側を全力で払う。


――だが。


「ふむ。狙いは良いが分かりやすすぎる。経験が伴えばいい戦士になるだろう」


 ゾルバは確かに右側にいた。

 だが、全力で振った槍の柄を、片手で受け止められてしまった。


「青年、名前はなんと言ったか」


「……カトルだ」


「カトル。お前の健闘を称えよう」


 ゾルバは左手で槍の柄を掴んだまま、いっそ優しさすら湛えた瞳で、右手を突き出す。

 彼の右手は正確に顎の先を射抜き、カトルは意識を手放したのだった。

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