梟熊―オウルベア
オウルベアの攻撃は地面を抉っただけであった。
カトルは、驚きに目を見開いた。
巨体とは思えない速さの突進に、間一髪で避ける小石丸。
「――自分だったら避けられなかったぞ」
背中に嫌な汗が流れる。
その間にも、オウルベアは小石丸に向けて両腕を振り回す。
紙一重で避けた小石丸が、飛び上がってオウルベアのボディに拳を叩きつける。
「攻撃、効かない!!」
オウルベアは、小石丸の打撃を嫌がる素振りすら見せなかった。
その隙にハチが短刀で切りかかる。
だが、彼の短刀でも堪えた様子はなかった。
「こんなの、どうすればいいんだ」
戦闘の速さについていけないカトルは、立ちすくむことしかできなかった。
胴体は熊。
コカトリスの様に打撃が弱点ではなさそうだ。
頭は梟。
首の可動域が異様に広く、死角が極端に少ない。
先ほどからぐるぐると首を回して、小石丸とハチを視界に捉え続けている。
「やっぱり効かない! どうしよう、ハチ、カトル!」
小石丸の身体に、オウルベアの巨大な爪がわずかに掠る。
それだけで大きく服が破れ、彼は体勢を崩す。
「カシムっ!!」
カトルはたまらず、小石丸に向けて駆け出す。
何ができるかは分からない。
だが、すぐにオウルベアの首がグルリと回って、カトルを視界に捉える。
恐怖で足が止まった。
オウルベアの腕が、カトルを引き裂かんと振り上げられる。
「ワオオオオオン!!」
ハチが遠吠えと共に、梟の首に切りかかった。
オウルベアが初めて、嫌そうに全身を震わせた。
「梟か……」
胴体に小石丸の打撃が効かない。ハチの短刀もほぼダメージを与えていない。
「俺は近寄ったら死ぬだろうな……」
カトルは、右手に持つ槍を見つめる。
父親であるセドリックが、冒険者時代に使っていた槍。
鉄の穂先はよく手入れされ、柄の部分も丈夫な木でできている。
何体もの魔物を貫いてきた槍だと聞いた。
「これなら、ダメージを与えられるかもしれない」
槍の重みをズシリと感じながら、戦況を見る。
小石丸とハチはダメージを与えられないながら、決定的に崩れることもなかった。
ただ、このままだとジリ貧なのも目に明らかだ。
どうにか一撃を。
「熊に弱点はない。だから梟の弱点か……」
キョロキョロと首を忙しなく動かすオウルベアを見て、カトルは思い出した。
そうだ。梟の弱点と言えば確か――。
「カシム、ハチ! 梟は視野が狭い。そのぶん、首がよく回るんだが、複数人を同時に追うのは苦手なはず」
「え、カトルなんて?」
「右と左は同時に向けないってことさ」
首を傾げる小石丸に対して、カトルは言葉を続ける。
「そこで二人は、正面でオウルベアの視線を引きつけてくれないか!?」
「ん、視線、引き付ける?」
「ワオン!!」
ハチが同意を示すごとく、小さく吠える。
二人が正面に張り付いてくれれば、死角が生まれるはず。
幸いと言うべきか、カトルはこの戦場で一番存在感が薄い。
ハチの短刀がオウルベアの足を小さく切り裂き、小石丸の拳が何度も胴体部分に突き刺さる。
打撃を与えんと踏み込む小石丸に合わせて、ハチが視界の端で逆方向に動き出す。
オウルベアの首が迷い、視線が割れた。
巧妙に、二人はカトルを視界に入れさせない。
「大したヤツらだよ……」
――アイツらとなら、やれる。
カトルは、槍を握りしめながら小さく呟く。
そして、視界の外からゆっくりと、音を立てないよう慎重に近づく。
梟は聴覚も優れているのだ。
一歩一歩、震えそうになる足を押さえながら、細心の注意で進む。
(一撃食らったら死ぬだろうな)
オウルベアに気付かれれば、普通の人間でしかないカトルには死が待っている。
ハチにオウルベアの太い爪が軽く掠る。
それだけで大きく吹き飛ばされ、血が噴き出る。
小石丸にも、躱しきれない傷が増えていた。
あと数歩。あと数歩で槍を突き立てられる……
巨体に近づく恐怖で、全身から汗が噴き出す。
震える足を叱咤して、さらに歩を進める。
(今だ!!)
「ワオオオオオォォン!!!」
唐突に、ハチの遠吠えが響き渡る。
警戒の音をありありとたたえたその叫び声に、森の葉が揺れた。
だが、槍を突き立てることに精一杯だったカトルは、気付けなかった。
オウルベアがカトルの方を、一瞬見たことを。
槍を突き立てようと踏み込んだ時、オウルベアの巨体が、その大質量に似合わない速度でカトルの方へ向いた。
オウルベアの太い右腕が振り上げられ、爪が深々とカトルに突き刺さらんとした――その時だった。
「キイイヤアアアァァァァァアアア!!!」
音もなく地面を通って近づいていたライカが、オウルベアの耳元で、叫び声をあげる。
人間でも眩暈がするほどの音量である。
聴力に優れた梟頭のオウルベアは、瞬間的にパニックを起こしていた。
ライカと目が合った。
じっと、カトルを見つめていた。
声は聞こえない。
でも、『行け』と言われた気がした。
「うおおおおおおおおおお!!」
力強く突き出したカトルの槍が、オウルベアの脇腹に深々と刺さる。
オウルベアの腹から、初めて血が噴き出す。
「もう一撃!!」
それは叶わなかった。
カトルは、咆哮とともに振り回された腕に吹き飛ばされる。
全身に走る激痛に意識を失いかける。
痛みで滲む視界の先で、カトルが空けたオウルベアの腹の傷に、小石丸の重い一撃が突き刺さるのが見えた。
巨体が、音を立てて地面に倒れた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
一行は岩場だらけのエストレラマウンテンの山頂付近に辿り着いた。
槍を握る右手が、まだ少し震えている。
道中、十体のゴブリンに遭遇してカトルも二体を倒した。
狼の魔物に囲まれた時も、一対一なら戦えていた。
オウルベアほどではないものの何度も魔物の襲撃に会った。
だが、なんとか三人で倒せた。
言葉も満足に通じない三人に、いつの間にか連携のようなものが生まれていた。
――池は、それほど苦労せずに見つけられた。
その場には音が一切無かった。
驚くほど澄んだ、青い水の池。
水面は陽光を反射してキラキラと輝き、青い水は池の底まで見通せるほど透き通っていた。
「これが……竜の血の池……確かに妙な圧を感じるな」
ハチも近寄りがたいらしく、少し離れたところから青い池を眺めていた。
カトルの言葉に、ライカが頷く。
『そうなのよ。近くに『竜血草』があるはずなのよ。青い花を探すのよ』
「青い花?」
「冬なのに――花なのか?」
ライカの言葉をオウム返しした小石丸の声が、カトルに届く。
『そうなのよ。不思議な草で、一年中綺麗な花を付けているのよ』
竜血草は、効果のある薬草だと聞いた。
だから、神秘的な生命力があるのだろう。
疑問を自己解決したカトルは花を探し始める。
そして、程なくしてそれは見つかった。
『…………なんて綺麗な花なんだ』
「これは……綺麗だな」
青い花弁が幾重にも重なって、冬の寒さにも負けず、その花は立っていた。
草木も生えない岩場で、凛と咲いていた。
「これは……抜いてしまっていいのか?」
カトルが、小石丸とライカを見ながら尋ねる。
強引に引き抜いて、枯れてしまって使えなくなったでは洒落にならない。
『大丈夫なのよ。生命力の強い花だから抜いてもいつまでも咲いてるのよ』
「カトル、抜いて、大丈夫って!」
カトルは頷くと、なるべく花や茎を傷つけないよう引き抜く。
大地と同化しているような力強さを一瞬感じたのち、意外にも簡単に引き抜けた。
『あとは、御前様とハチの出番なのよ。匂いで見つけるのよ!!』
小石丸とハチは元気に「ワン!」と吠えると、花を探し始める。
数十分後には、いくつもの『竜血草』が手に入ったのであった。




