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勇者、柴犬―飼い犬が異世界に転生して飼い主を探すようです―  作者: konzy
煩悩の犬は追えども去らず

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冒険者、柴犬

 冒険とは、(けわ)しきを(おか)すと書く。


 危険を厭わず困難に立ち向かい、望むものを得る。


 冒した危険の重さと、成果の華々しさで評価される――それが冒険者である。



 ――はずなのだが。


「薬草採取? 冒険者って、もっと血なまぐさい仕事じゃないのか?」


 あまりに簡単そうな依頼に、拍子抜けするカトル。


「……魔物素材って売り捌くのに時間がかかるんですよ。ボクらに必要なのは明日の“ご飯”です」

「……それ、ほぼお前のせいなんだが」


 カトルの冷たい視線に、コロは乾いた笑いで応じる。


「まあ、そのためにまずは薬草です。『竜血草』ってご存じですか」


 小石丸は首を傾げ、カトルとハチは首を横に振る。


「貴重な薬草で、そのままでも毒消しになり、すり潰して塗れば、傷の治りが早くなります」

「それを集めて欲しいと?」

「はい。本当はアルラウネを捕まえて欲しいんですけどね」


 コロは、紅茶の香りを嗅ぎながら天井を見つめる。


「頭に草が生えてる人間の姿をした魔物なんですけど、体をすり潰して飲めば不老不死の妙薬になると――」


 寝ているはずのライカの体がビクッと動いた。


「一体で金貨千枚にも匹敵すると言われてますが――圧倒的に目撃例の少ない魔物なので、見つけるのすら無理だと思います」


 うつらうつらとしていた小石丸が、眠ったライカをじっと見つめる。

 カトルとハチの背中に冷や汗が伝う。


「まあ、次善の策で『竜血草』です。見つけにくいですが換金しやすい薬草ですし、ゆっくり探してください」


 カトルとハチが頷くと、コロは紅茶を口に運ぶ。

 小石丸はまだライカを見つめていたが、たぶん何も考えていない。


「あ、『竜血草』の現物は手元にないので、明日にでも市場で確認してきてくださいね」


「分かった。そうしよう」


 カトルが頷くと、コロも満足そうに笑みを返して立ち上がる。


「さて、今日は食事をして寝るとしましょうか。明日から働いてもらいますよ」

「うん! ごはん!!」


 ほぼ会話に参加しなかった小石丸が「食事」の言葉に元気よく反応した。

 廃墟のようなパッツィ商会の部屋の中が、温かい笑い声に包まれた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 パッツィ商会の一室に泊まった一行は、市場に向かうために商会を出る。


 結構早く起きたはずだが、コロはすでに執務机で書類と格闘していた。


『竜血草なら、多分ある場所分かるのよ』


 市場に向かおうと歩きだす小石丸に向け、ライカが言った。


「りゅーけつそー、分かる?」

『はいなのよ。一本見つければ、御前様とハチの鼻でいくつも見つけられると思うのよ?』

「匂いで、探す!」


 植物の魔物(アルラウネ)であるライカの知識が役に立ちそうだ。

 そして小石丸とハチの嗅覚。

 魔物と元犬という異色パーティーの実力が発揮される時が来たようだ。


 カトルには、ライカの言葉は音さえ聞き取れない。


 だが、小石丸の言葉だけを聞き、カトルは何を言いたいのかを察した。


「ライカが竜血草わかるのか? さすがアルラウネだな」

『えっへん、なのよ!』


 得意げに胸を張るライカ。


『竜血草って名前は知らないんだけど、竜の血って青いのよ。青い花を咲かせる薬草って言ったら一つしかないのよ』

「青い花の、薬草?」

『はいなのよ。この町から見える北の山あるのよ?』

「北の山?」

「北の山――エストレラマウンテンのことか」


 ライカに反応した小石丸の疑問に、カトルが答える。


『そこに、大昔に竜が死んだ伝説のある青い池があるのよ。その周辺にまばらに生えてるのがその薬草なのよ』

「えっと、竜が、死んだ池、に、薬草?」

『傷なんか一瞬で治すし毒も病気も治す、あたしの次に便利で貴重な草なのよ』

「病気治す草!」


 小石丸の言葉を聞きながら内容を推理したカトルは、状況を整理するために口を開く。


「なるほど。エストレラマウンテンに竜が死んだ池があって、その周辺に『竜血草』が生えてるんだな?」


 言いたいことが正確に伝わったのが嬉しかった様子で、ライカは満足そうに頷いた。


「エストレラマウンテンはここから北に歩いて三日以上の距離がある。間に樹海もあるし、なかなか厳しい冒険になりそうだ」


 この言葉を聞いたハチが、小石丸の裾を引いて顔を見上げる。


『山の前の樹海ならオレが案内できると思う。あの辺はオレ達コボルトの縄張りだ』

「ハチが、じゅかい? 案内できる?」


 コクリと頷くハチを見て、カトルは満面の笑みを浮かべる。


「竜血草の在りかも分かった。樹海も抜けられる――俺たちやれるな!」


 食料や水等、必要なものの手配は唯一まともに話せる、カトルの仕事である。

 コロに無理を言って三日分の食料をもらって――食糧庫は空になっていたが――ケアンテリアの街を出た。





――十時間後。


「ぜぇ、ぜぇ……か、カシム……無理だ………頼む………今日はここまでに…………」


 カトルはガクガクと笑う膝に手を付き、息を整えようとして――盛大にむせた。


 立っているだけで精一杯。


 昼過ぎに樹海に入った。


 “帰らずの森”と言われる樹海を、ハチは迷わずに抜けた。


 木々が途切れた先に、白い山影――エストレラマウンテンが現れる。


 カトルは笑うしかなかった。


 進みすぎている。


『はあ、はあ……カシム様……オレも…………さすがに……………』

「おれも、ちょっと、疲れた! ごはんにしよう!」


 これだけ走って“ちょっと”。


 ツッコむ気力はもうなかった。


 小石丸のリュックの中にいただけのライカでさえ、疲労が見える。


「か、カシムすまん。もう暗くなる。夜の山に入るのは危険すぎるから、この辺で野営しよう」


 カトルの言葉に、ハチが強く頷く。


 小石丸は背負っていた巨大なリュックからライカを降ろすと、中から寝袋と干し肉を取り出す。


「ご飯して、寝る!」


 ライカと寝袋、そして携帯食と一番大きな荷物を背負っている小石丸が最も元気である。


「…………本当に底なしの体力だな」

『カシム様はどんな生活をしてたんだ……』

「毎日、陽くんと散歩!」

「このカシムと毎日散歩……?」

『ヨー様もすごいな』


 もう日も落ちかけて、空気が夜の冷たさをはらんできた。


 遠くでフクロウの鳴く声がホーホーと聴こえる。


 地面に布を敷いて寝袋を出し、簡易的に野宿の準備を終えたカトルは、急に静かになった小石丸を見た。


「…………もう寝てる」


『大物ってこういう人のことを言うんだろうな……』


 小石丸は、寝袋にくるまって、丸くなって眠っていた。

 大男なのに妙に可愛らしい仕草に、笑ってしまうカトルとハチなのであった。


 ライカも近くで地面に潜っているので、恐らく寝てしまったのだろう。


「――この辺は魔物出るか?」


『まだ大丈夫だ』


 カトルは首を横に振るハチを見て、安堵の息を吐く。


 その息がとても白かった。


「俺たちも寝るか」

『ああ』


 カトルとハチも外の寒さを忘れて、すぐに眠りに落ちた。


 翌朝、一行は日が昇るころに起きた。

 硬いパンを水で流し込み、ついに辿り着いたエストレラマウンテンを登る。


『池の場所は、この山の山頂付近なのよ』

 

 ライカが、小石丸のリュックの中から説明する。


『あと、ここからは会話の通じない魔物たちが大量に出るから気を付けるのよ』


 ――ライカの指摘は、少し遅かった。


 頭上から、小石丸の倍はありそうな巨体が降り立つ。


「ふ、フクロウ頭の熊!? なんだそりゃ」

『……お、オウルベア。力はコカトリスより上だぞ…………』

「オウルベア、匂い、分かんなかった……」


 あの巨体が、近づくまで音さえしなかった。


 小石丸がいつでも飛び出せるように身をかがめる。


 ハチも遅れて小さく唸る。


 次の瞬間、オウルベアが腕を振る。


 小石丸が跳んで避けるが、背後にあった樹木が粉々に吹き飛ぶ。


 当たったら死ぬ、と身体が先に理解する重さだった。


「梟の身軽さを、熊の巨体でやるな。反則だろ……」


 カトルは槍を握り直す。

 手のひらが汗で滑った。


『御前様――気を付けて!』


 小石丸が短く頷く。


 動物的勘なのか、それとも海禰と出会ったからだろうか。


 小石丸は相手の向ける『敵意』の危険性を、もう知っていた。


「みんな、守る!」


 叫んだ小石丸に、オウルベアの右腕の一振りが襲い掛かる。


 巨大質量を持った丸太の様な腕が、風を切って振り下ろされた。

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