パッツィ商会
パッツィ商会の建物は、古いレンガ造りでとても広かった。
建物だけで言えば、いままで商会を見てきた中でも一、二を争う大きさである。
ただ、手入れが届いておらずお世辞にも綺麗とは言いがたい。
中に入ってみれば、意外にも綺麗な執務机と応接用のソファがある。
そこだけ新品のようだ。
コロネリウス・ルルネイア・パッツィ――コロは小石丸達にソファを勧めると、自分も向かい側に座った。
「まずは現状の説明を。うちの商会はお金がありません」
見れば分かるよ、とはさすがにカトルも言えず、黙って頷く。
「ですので、最初にお支払いする契約金などもありません。それでも冒険者契約を結びたいですか?」
「……ズルい言い方だな。俺たちに選択肢なんか無いのは知ってるだろう」
カトルのぼやきに、コロは苦笑して頬を掻く。
「ああ、すみません。契約の主導権を握ろうとしてしまうのは癖みたいなもので」
「商会の権利を維持するのって金がかかると聞いたが。存続できてるってことは、稼ぐ手立てはあるんだろ?」
コロの鉄壁の商談用笑顔に、一瞬感情が混じる。
「――よくご存じで。商会の権利の年会費は金貨三十枚でして」
「き、金貨三十枚。俺たち農民なら一生働かないで暮らせる額だぞ」
「はは。明日が納入期限だったんですが、必死でかき集めても銀貨一枚と銅貨五枚足りなかったんです」
コロの視線は、もう感情を伝えてはこない。
「それで、俺たちの銀貨を足りないぶんに使ったと」
「……投資していただいたんです。返す当てはないですが」
バツが悪そうなコロに、カトルは笑いかける。
「しかし、一年で金貨三十枚近くは集められるわけか」
「……いえ。今回はほぼ両親の遺産です」
コロはカップを口に運ぶ手を止め、揺れる紅茶を見つめている。
「少し長くなりますが、話聞きます? それから契約の判断してもらってもいいですよ?」
「……分かった。カシムもそれでいいか?」
ソファの上で、既に半分寝かけていた小石丸は「うん?」と小首をかしげる。
「絶対わかってないだろ……」
カトルのつぶやきに、コロは軽く笑って、五人分の紅茶をテーブルに出した。
「お茶でも飲みながらお話ししますか」
紅茶の香りを、まるで深呼吸でもするように嗅ぎながら、コロは口を開く。
「うちのパッツィ商会。実は去年までケアンテリアで一番の商会だったのをご存じですか?」
「いや、あまり村から出ないから、町の情報には疎い」
「あはは、ですよね。もう僕で七代目の歴史ある商会なんです」
「それが、この状態に」
周りを見回しながら遠慮なく言うカトルに、コロは苦笑を漏らす。
「ええ。パッツィを抜いてこの都市最大になった商会――ノワール商会に全てを奪われたので」
「全て……」
「ええ。財産と土地、父と母、そして双子の妹の命まで、全て」
コロの表情は、まるで仮面のように変わらない。
それがカトルには少し恐ろしくも悲しかった。
目の前のコロと名乗った子どもは、十二か十三歳程度にしか見えない。
そんな年頃の人間が、これほど感情を消した顔をできるものだろうか。
「ノワール商会はここ数年で台頭してきた商会なんですが、もともと父の弟子だった男が立ち上げたものなんです」
「弟子?」
「ええ、うちはケアンテリアで最大の商会でしたから、商売の仕方を学びたい商人たちがこぞって働きに来てたんです」
「それだと敵を育ててるようなものなんじゃないか?」
コロは仮面のようだった顔に、少し嬉しさを滲ませる。
「ふふふ。そう思いますよね。でも違うんです」
「違う?」
「ええ。父は常に言っていました。『個人の利益だけ追う商人は二流。商業都市そのものを成長させて都市と自分を富ませてこそ一流』だと」
胸を張って父のことを話すコロは、楽しそうに見えた。
「多くの商人を育て、市場規模を大きくしてしまえば、より商機が広がるということです」
「……つまり?」
「簡単に言うと、金持ちが増えればケアンテリアで取引される金貨の枚数が増えて、より儲けの大きい取引もしやすくなる。っていう考えです」
「なるほど」
「それで父は多くの弟子を育ててたんですが、その中に奴がいました。ロレンツォ・デ・ノワール――現ノワール商会の当主です」
一瞬、コロの商人の仮面に感情という亀裂が走ったように見えた。
「……弟子だったんだろ? それがなぜ裏切ったんだ?」
「簡単な話です。最初からうちの商会を乗っ取るつもりで近づいて来てたんです」
「金は人を狂わせる……か」
「いえ。あいつは元から狂ってました。僕はその頃、王都の学校に通っていてその場にいなくて助かったんですが――あいつは、両親や妹の眠る屋敷に放火して殺したんです」
「…………なぜその場にいなかったのに、そのノワールが犯人だと分かるんだ?」
「遺書が見つかったんですよ。父が死んだら、財産は全て『ロレンツォ・デ・ノワール』に引き継ぐ、と」
「それが――受理されたと?」
「はい。まだ子どもの自分に勝てる相手ではありませんでした。周囲の商会への根回しも完璧。貴族まで取り込まれてました」
カトルは息を呑む。
どれだけ過酷な人生をおくれば、こんなに自分の感情を殺せるのだろう。
起伏のない平板な声が、恐ろしかった。
「父は商人としては偉大でしたが、あいつの企みに気付けないほどに『いい人』過ぎました。そして、遺書の通り、財産の大半を持っていかれました」
「大半?」
「ええ。僕が王都に持って行っていた金品、たまたま僕名義で父が買っていたこの土地と建物。それだけが僕の手元に残りました」
「…………」
カトルは、何を言っていいのか分からなかった。
ライカは寝てしまっているが、小石丸もすでにうつらうつらと眠そうだ。
人間の言葉が分かるハチが、神妙に聞いていた。
「ノワールはすでに自分の商会を立ち上げていたので、パッツィ商会の権利は僕がそのまま引き継ぎ、放置されていたこの建物を新パッツィ商会として利用して――今に至ります」
「なるほど、だからこんなに――ボロボロなのか」
「ふふふ。素直ですね。貴方は商売に向かなそうです」
悲痛な面持ちのカトルに向けて、コロは笑った。
「正直なところ、冒険者を募集していないっていうよりは、契約しても払えるお金が無いってだけなんですよね。みんなお金目的で冒険者を目指すので、うちなんかと契約してもメリットが無いと」
「……それは」
「まあでも、ノワールの奴に復讐するまではパッツィ商会も僕も死ねません」
悪戯っぽく笑うコロは、この日最大の笑顔で口を開く。
「僕はノワールを殺しません。だって商人にとって、一番悔しいことは死ぬことじゃありませんから」
「…………」
「僕はあいつをこの町の一番から引きずり降ろしてやりたいんです。パッツィ商会をまたこの町の一番上にして、あいつを笑って見下ろしてやりたいんです」
ここまで言うと、コロは強かな商人の顔に戻って、真正面からカトル達を見据える。
「さて、今すぐ払えるお金はありません。ですが、赤の他人である僕に全財産を施せるほどの『いい人』である貴方達を見込んで頼みます」
コロは芝居がかった所作でソファから立ち上がると、両手を広げて言った。
「パッツィ商会と契約して、一緒に金儲けしませんか?」
「……やっぱり言い方がズルいな。カシムどうする?」
話を振られた小石丸は、話の半分以上理解できていないながら、彼なりに頭を回転させて口を開いた。
「……コロ、困ってる?」
「はい、困ってます。お金が無くて」
「おれ、陽くん探す。探すの、お金必要」
「ヨーくん――ああ、貴方のご主人でしたっけ」
「……おれ、コロとお金稼ぐ」
ここまで話して、小石丸は答え合わせをするようにカトルを見る。
顔には「これで合ってる?」と聞きたいような表情がありありと見て取れた。
「ああ、そうだな。俺たちも魔女に依頼するための金貨十枚が必要。パッツィ商会もお金を稼ぎたい。契約成立だな」
「――ええ、パッツィ商会へようこそ!」
カトルはこの日初めて、コロの歳相応の笑顔を見た気がした。
「では、明日から皆さんにやっていただきたいことがあります」
「なに?」
「隣の城塞都市では枯渇気味で非常に捌きやすく、品薄になりがちな――薬草採取です!」




