商会を探せ
商業都市ケアンテリアの裏路地に、寒風が吹きすさぶ。
空の財布を見て崩れ落ちたカトルの肩を、ハチが慰めるように叩いていた。
小石丸は、裏路地に入ったおかげで人がいなくなって元気になったライカを背中に乗せて、辺りをぐるぐる走り回っていた。
「なあ、カシム。とりあえず串焼き買ったのは見てわかる。残りの銀貨二枚、どうした?」
「ん、困ってる子に、あげた!」
スラム街で銀貨二枚。贅沢しなければ数か月は宿に泊まれる金額である。
さぞかし感謝されたことだろう。
「まあ、その人の好さがカシムのいいところなんだろうな………」
『御前様は偉いのよ!!』
『人間なのに、魔物であるオレを助けてくれたカシム様だからな』
カトルのため息交じりのボヤキに対して、コボルトのハチとアルラウネのライカが頷く。
カシムに心酔している二人の言葉は、今回ばかりはカトルに届かなくて良かった。
ただ、魔物二人の言葉は小石丸には届いている。
彼は褒められたことに嬉しくなって、走り回る速度が上がっていた。
スラム街でグルグルと走り回る金髪の大男。異様である。
「まあ、暴漢にも丁寧に串焼きあげてたくらいだしな……」
次から財布は自分が死守しようと心に決めつつ、カトルは気を取り直して立ち上がる。
「まあどうせ、これから金貨十枚稼がなきゃいけないんだ。銀貨程度でくよくよしてる暇はないな」
「陽くん見つける! お金かせぐ!!」
「おう、そしたらまずは雇ってくれる商会を探す」
「しょうかい、探す!」
「よし。じゃあ歩きながら腹ごしらえだ! 俺たちにもその串焼きくれよ」
「うん!」
と、元気よく差し出された串焼きを、ハチと小石丸の三人で食べながら歩き始める。
「うまっ。カシムの嗅覚はさすがだな」
買ってから何分も経っているはずなのに、その串焼きは肉汁あふれ、羊肉の旨味を口いっぱいに感じさせてくれた。
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「農民のお前はまあいい。言葉が拙い素性のしれない大男、力仕事なんかできなそうな子どもと、あと少女」
まずは日銭を稼ごう、という事で目に付く商会に片っ端から乗り込むことに決めた一行――だったが。
「帰りな。うちは冒険者は足りてんだ」
ケアンテリア内でも有数の規模を誇るドレ商会に断られ。
次に中規模程度に見える、ヴェール商会にも話すら聞いてもらえず。
選り好みなんかしてられないと駆け込んだ、小規模商会であるプールプル商会にすら、たった今にべもなく追い出された。
「村長の息子って肩書きのお陰で話くらいは聞いてもらえたが……」
それでも小規模商会のみ。
ハチは顔を隠してしまうと、華奢な子どもにしか見えず、ライカに至っては見た目から全てがただの少女。
戦力になりそうな大柄な小石丸は――まともに受け答えができない。
カトルが対策の為に小石丸に受け答えを覚えさせようとするが、十秒と集中力がもたなかった。
「冒険者が流行ってると聞いたんだが……もう一軒行ってみるか」
プールプル商会から少し歩いたところにある商会。
門構えはプールプル商会よりも少し大きい。門前は綺麗に掃除されているものの、あまり人の出入りはなかった。
「ジョーヌ商会か」
カトルは商会名を確認すると、門を叩く。
「突然の訪問すみません。俺たち冒険者契約をして欲しくて来たんですが――」
「……誰かの紹介状はあるかい?」
顔を出した初老の男は迷惑そうな顔を隠そうともせず、値踏みするようにカトル達を睨んだ。
「紹介状? 無いですが――」
「今はね、冒険者になろうって人間たちがこの町に溢れかえってるんだ」
「……はい」
「そしてそんな奴らは、欲にまみれた人間ばかり。大抵問題を起こす」
「俺たちはそんな――」
反論しようとしたカトルを、初老の男は手で制す。
「――まあ、聞きなさい。確かにあんたは話が通じる人間に見える。だがね、契約を交わした冒険者たちが問題を起こしたら、その責任は我々商会が負うことになる」
「…………はい」
「だから信頼できる人物の紹介を受けたものしか雇わないことにしている。それに――」
初老の男はハチと、ライカを見る。
「冒険者になろうっていうのに子ども連れ。訳ありだろ」
「そ、それは」
さすがに「魔物です」と紹介できるわけもなく、カトルは口ごもるしかなかった。
「私たち商人に、嘘や隠し事の騙し合いで勝てると思わない方がいい。何か反論があるかね?」
「………………いえ、ありません」
甘く見ていたかもしれない。
ハチや小石丸達となら、危険な任務さえこなせると思った。
でも現実では、契約にすら辿り着けない。
この町で商売ができるのは、商売の権利を持っている【商会】と、その商会に委託された店舗だけ。
兎にも角にも、商会とつながりを持たないと金貨十枚どころか銅貨一枚だって稼げない。
落ち込みかけた空気を一掃するように、カトルは頬を両手で強く叩いた。
「いや、やるしかない。どんどん行くぞカシム、ハチ、ライカ!」
「うん!」
『すまない、よろしく頼む』
『御前様のため、頑張るのよ』
魔物二人の言葉はカトルには伝わらないものの、元気づけられたカトルは目に付く商会全ての門を叩いた。
「はっ、子ども連れで冒険者だと。ナメてるのか」
――だが、全て撃沈だった。
雇えない理由を説明してくれたジョーヌ商会の初老の男性は、かなり親切な人間だったのだろう。
他はほとんど門前払いだった。
人間の言葉がわかるハチが、悔しそうに唇を噛む。
すでに日も落ちかけていた。
「路銀も無いし、日雇いの仕事でも探すか?」
疲労困憊の表情で、カトルが呟く。
ハチも表情に疲労が見える。
まったく変わらず走り回る小石丸の背中では、ライカが半分眠りに落ちかけていた。
「商業区だと俺たちの仕事はなさそうだ。少し郊外の職人区まで歩くぞ?」
「分かった!」
いつまでも元気のいい小石丸の返事に背中を押されながら、町の中心から南側に移動する。
町の南にはケアンテリアを分断するように川が流れていて、橋を渡ると街並みが途端に変わる。
いくつもの工房らしき建物と、職人たちが通っているのであろう安酒場、そして職人たちの宿舎がいくつも立ち並んでいた。
それらの建物は、お世辞にも綺麗とは言い難い古さであったが、そこかしこから怒号にも似た職人たちの声が聞こえるほどに、活気に満ち溢れていた。
「今日は野宿になるが、この辺なら仕事があるはず――ん?」
野宿ができそうなスペースを探していると、周囲の建物に比べてもひと際ボロさの目立つ建物があった。
大きさは中規模商会くらいはあったが、壁のレンガには縦横無尽に蔦が這っていて、庭の雑草も伸び伸びと生を謳歌している。
まるで廃墟といった風情を醸し出していた。
だが、一つだけ異彩を放つ部分があった。
「……パッツィ商会? 職人区域に商会?」
壁にかかる表札だけが妙に真新しく、その商会名を誇らしげに掲げていた。
どんな商会にも物怖じせずに飛び込んだカトルが、初めての躊躇を見せる。
「……まあダメで元々、行ってみるか?」
「ぱっちー? あれ?」
どこかで聞いたことあるような――と小石丸は首を傾げる。
「なんか知ってる匂い」
小石丸の呟きは、疲労で弱っているカトルには伝わらなかった。
「よし、行くか。この一件行ったら宿探すぞ」
カトルはハチと小石丸が首を縦に振るのを見届けてから、門扉を強めに叩いた。
「すみません、ユナヴィル村から来たカトルと言います。冒険者募集してないでしょうか」
しばらく待つが、なんの反応も無い。
「すみません、冒険者募集してませんか」
もう使われていない建物かも――と一行が思い始めた時だった。
「――えっと、うちで冒険者は募集してないんですが」
少年とも、少女ともつかぬ声が、門の中から聴こえてくる。
「というか、よくこのボロボロの商会に雇われようと思いましたね」
「ああ、良かった。やっぱり商会だったんですね」
建物の中から銀髪の子どもが、用心深く姿を現す。
「――コロ!!」
「って、あなたは昼の銀貨をくれた?」
小石丸は見知った顔に、喜びの声をあげる。
中から出てきたのは、銀髪銀眼の子ども――コロネリウス・ルルネイア・パッツィであった。
銀貨という単語に、ぴくりと、カトルの耳が動く。
「銀貨を――貰った? カシムから?」
「あ、えっとその、お金に困ってまして?」
「なるほど、商会の人がお金に困って、商売以外でお金を。一般人から」
この日何人もの商人と顔を合わせたせいだろうか。
カトルの中に、何かが乗り移っていた。
「う、痛いところを」
「冒険者契約の件、考えてもらっても?」
「あ、あなた本当にただの村人ですか? なんか商人乗り移ってません?」
「――一日中歩いて契約先探したんですが、見つからなかったもので。こっちも必死です」
コロは、頭を掻きながら小石丸達一行を見回す。
そして納得顔で口を開く。
「ああ、契約してくれないでしょうね……見るからに訳ありですもんね」
「二十軒以上は回りました」
「うわっ。むしろそれだけ回った精神力を褒めたい」
「……それで、契約の件は」
カトルの言葉に、コロは少し思案顔で黙る。
「契約は……いいでしょう。そっちのお兄さんにはお世話になりましたし」
「え、契約して貰えるのか?」
「今朝ほどそちらの男性――カシムさんですか。彼を見てましたが、腕も立つ、赤の他人に施しをできるほど人もいい。その彼のお仲間なら信じます。というか――」
コロは本当に不思議そうに、小石丸を見上げて言った。
「困ったらパッツィ商会に来てくださいって言いましたよね……? なのに、何十件も回ったんですか?」
「あ、ぱっちーしょうかい!? 忘れてた!!」
小石丸の声が、すっかり暗くなった夜の街に響き渡る。
背中ではライカが寝息を立てていた。
ハチは額に手を置いて唸っている。
「忘れてた……ははは」
そして、この日何度目か。
カトルが乾いた笑いとともに崩れ落ちた。
コロの心底楽しそうな笑い声だけが、夕闇の職人区に響いていた。




