旅の始まりと心の騒めき
「あはは。小石丸くん強すぎ!」
一面“青”の世界に、明るい笑い声が響き渡る。
少年神トトは、目前に浮かび上がる映像を眺めながら、楽しそうに膝を叩く。
「コカトリスと戦ったと思えば、コボルトから忠誠受けてるし」
同じ犬同士だから惹かれあうんだろうな、などと言いながらハチと小石丸の会話を眺めている。
「犬の感覚のまま戦えるように調整したけど、柴犬の運動能力の高さウケる」
トトは、また笑いながら膝を叩く。
体長の倍は跳べる脚。
自分より体の大きい飼い主を、引っ張り回しても疲れない体。
「犬としての能力はそのまま。嘘はないし、いいでしょ」
人間の体でも、同じことができるように。
「体重を支える前足が変化した腕で、人間の体重を乗せた“柴パンチ”。あれは効いたなあ」
コカトリスが倒された瞬間を思い出しながら、トトはくつくつと笑い続ける。
「まあ、犬より人間が優れている部分は味覚、色覚と――ちょっと複雑なことが考えられるくらいか」
思考や創造を司る脳が、人間サイズに拡張された。
「強化された思考力を、彼がなにに使うか楽しみだ」
トト神は目前の映像を消すと、右手で腰をトントンと叩く。
「さて、面白いものも見れたし仕事でもしようか。魔王を放置して世界が滅んだりしたら作り直すの面倒だし」
トトはうんざりしたように、首を振る。
「地球とこっちを繋いでる回線も限界だ。小石丸くんたちの近くで死んだ人間がもう一人いるからそれを呼ぼう」
彼が指を振ると、そこには一人の男が現れる。
「貴方は死にました。異世界に送ってあげるので魔王を倒してもらえませんか?」
男の背景なども見ず、彼がなぜ死んだのかも考えず。
ただおざなりに、トト神は男に説明を始めたのだった。
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小石丸とコボルトのハチは、鼻に意識を集中しながら草原の匂いを嗅ぎまわっていた。
『ここがその人間に会ったとこなのよ。匂い残ってるのよ?』
アルラウネのライカがそばにあった石に腰掛け、足をバタバタと落ち着きなく動かしている。
ハチが首を横に振り、答える。
『オレには分からないな……カシム様はどうだ?』
「少し分かる……きて」
相変わらず強い草と土の香りに戸惑いながら、それでも小石丸の鼻は陽の匂いを嗅ぎ分ける。
「はー。お前らすごいな。というかその嗅覚、カシムは本当に人間か? 前世犬なんじゃないのか?」
アルラウネが陽に遭遇した場所と帰る村の方向が同じだったので同行しているカトルが、ずばり正解を口にする。
一行は小石丸の先導で少し南に足を向ける。
「いよいようちの村に近づいてるな。やっぱり飯でも食って行かないか?」
お礼をするから、と言ったカトルの申し出を小石丸は断り、匂いを辿る。
「匂い強くなってる! 陽くん!」
もう地面に這わなくても分かるほど、陽の匂いがハッキリと地面に残っていた。
「陽くん、いる。ここに、いた!」
前世では助けられなかったけれど、今回は絶対に助けたい。
無心で陽の匂いを追う小石丸は、自然と歩みが早くなる。
『ちょ、ちょっと待つのよ。早すぎるのよ』
小石丸以外の三人は、ほぼ小走り状態。一番背の低いアルラウネのライカに至っては全力疾走である。
カトルもハチも本来は体力のある方だが、コカトリスとの戦闘直後。
すでに息が切れ始めていた。
ライカは自力で追うのを諦めて、小石丸の背中に飛びついた。
カトルとハチの体力がつきかけた頃、小石丸は突然立ち止まった。
草原が途切れ、土が露わになったそこは、明らかに人の手で整備された道である。
「匂い……切れた」
戸惑ったようにきょろきょろとあたりを見回す小石丸。
周囲には道と草原以外は何もない。
すでに肩で息をするようになっていたカトルが道の先を見つめながらまだ高い太陽に目を細める。
「この街道は、うちの村と商業都市ケアンテリアを繋ぐ街道だな。匂いが切れたということは……考えられるのは馬車に乗ったか、乗せられたか」
人間の言葉を理解しているハチは同意のため小さく頷く。
犬の魔物である彼の経験上、雨の後と対象が乗り物に乗ったときは匂いの追跡が困難になる。
今日、雨は降っていない。
ということはここで何かに乗った可能性が高い。
「この道を馬車で通るのは、商業都市であるケアンテリアから周辺の村々への行商人か、その先の王都へ向かう貴族か……」
「どっち行った、わかる?」
「比較的交通量の多い街道だからな……申し訳ないが、正直わからん」
小石丸の問いに、カトルは残念そうに首を横に振る。
「なあ、お前たち路銀もないだろ? やっぱりうちの村に来ないか? 村でなにか見た人間もいるかもしれないしな」
カトルの提案に、小石丸はハチと、自分の背中にしがみついたままのアルラウネの様子をうかがう。
『人の村か……いいと思う。手がかりもないし何か聞ければ』
『アタシは御前様についてくだけなのよ』
二人の言葉に頷いた小石丸は「じゃあ、村に行く――」と言いかけたところで硬直した。
今まで南側から吹いていた風が、西からの風に変わっていた。
絶対に忘れられない、忘れてはいけない匂いが流れてきたのだ。
「あの、すみません。この辺りに人里はありませんか?」
一行は声のした方へ振り返った。
そこには、やけに綺麗な笑顔を張り付けた男が一人立っていた。
「怪しいものじゃありません。道に迷いまして」
ジーパンにTシャツ。小石丸には見慣れた服装の男は、困ったような笑顔のまま口を開く。
「――私、羽場土海禰と申します」
陽と小石丸を殺した張本人が――そこにいた。




