柴犬とコボルトとアルラウネ
小石丸が人間として異世界に転生して、まだ数時間。
人間に出会って肉を恵んでもらい、コボルトと人間達の戦いを止めて、災厄のようなコカトリスを倒した。
怒涛の展開に、陽を探す手立てを考える間も無かった。
でもここに、微かにとはいえ確かに陽の匂いを纏ったアルラウネを見つけた。
すべては、陽へと続く道だった。
小石丸は「陽くん、陽くん!」と叫びながら地面に逃げたアルラウネを追っていた。
「なあ、カシム? そのヨーくんっていうのは誰なんだ?」
アルラウネの涙のお陰で毒が抜け、体の自由が戻ってきたカトルが小石丸に声をかける。
小石丸が否定しなかったため、小石丸=カシムで定着してしまったようである。
「陽くんは……家族。それでご主人!」
「家族でご主人……ああ、ヨー――様は貴族か何かか?」
貴族、という言葉は小石丸の脳内に存在していたが、ピンとこない。
彼は、陽との日々を思い出して言葉にしようとした。
拾って命を助けられ、今まで育ててくれた恩。
絶対に散歩を欠かさない優しさ。
柴犬であった自分では敵わない強さ。
小石丸はカトルに向けて、笑いかける。
「陽くんは、おれを拾ってくれた。優しくて、強い」
「強い……? まさかお前より強いとは言わないよな?」
「陽くんは、おれより、全然強い!」
柴犬であった頃に近所の犬に絡まれたとき、何度も助けられた。
その頃の記憶で語っている小石丸は、今の彼自身がどれほどの強さになっているか理解していなかった。
「コカトリスを素手で倒したカシムより強いご主人? 本当に人間なのか……?」
「うん、陽くんは人間!」
嘘は言っていない――のだが、真実は伝わっていない。
「世の中には、常識外れに強い人間がいるものだな」
とカトルは頭を抱えた。
ふと、カトルが小石丸から視線を外すと、いつの間にかコボルトたちに遠巻きに囲まれていることに気付く。
視線や行動から、敵意は感じない。
だが、なにやらざわざわと語り合っているようであった。
老コボルトが歩み出て口を開く。
『カシム様。我々は村に帰ろうと思います。お礼をしたいのですがお時間ありますでしょうか?』
「……おれ、陽くん探す」
『ヨー様……あなたより強い、あなたのご主人――つまり我々のボスですな』
小石丸は、前半部分だけ聞いて頷いた。
いや、後半部分の違和感に気付く小石丸ではなかった。
『そのボスとはぐれてしまったと……ふむ』
思案顔の老コボルトは、何かを思いついたように戦士の青年を呼んだ。
『こちらは私の孫のハチと申します。人語も分かるので便利かと』
突然名を呼ばれたコボルト戦士のハチだけが困惑していた。
『群れを救われ、同じ“犬の魂”を共有できる貴方様に、連れて行っていただきたい』
老コボルトの言葉に呼応して、場にいるコボルト全員が小石丸に跪く。
『我々コボルト。貴方様に忠誠を誓います』
急展開である。
小石丸は展開についていけておらず、カトルにはコボルトの言葉は分からない。
この場を解決できるものは誰もいなかった。
『カシム様の遠吠えが雄々しく我々の胸を打ちました。忠誠と言っても重く捉えないでくだされ』
老コボルトの横で、キュウが静かに頷いていた。
『心意気も通じる貴方と友誼を結びたくなったと言い換えても問題ありません』
「カトル、ゆうぎってなに?」
「友誼か? 友達ってことじゃないか?」
コボルトの言葉が分からないカトルは、ぼんやりとコボルトたちを眺めながら小石丸に答える。
「友達。友達なら、良い」
小石丸の返答に、老コボルトは満足そうに頷いて、まだ戸惑っているコボルト戦士に声をかける。
『お前はいずれ、我々の集落の長になる身。カシム様と彼のボスに鍛えてもらってくるといい』
『でも、オレがいないと誰が皆を守るんだよ……』
『人間十人の襲撃で弱音を吐くお前に、皆が守れるとでも?』
コボルト戦士は、悔しそうに顔をゆがめる。
コボルトたちは弱い。
唯一ハチだけが、オトナ数人と戦っていい勝負ができる。
だが、それでも。
もっと人間が多かったら。
そして相手がコカトリス並みの強さだったら。
勝てない。手も足も出ない。
今のままじゃ守れない。この人間離れした強さの男についていけば、強くなる糸口が見えるかもしれない。
コボルト戦士は、観念したように顔を小石丸に向け、頭を下げる。
『どうかオレにもボスを探す手伝いをさせてくれ』
「陽くん探す、手伝ってくれる?」
『ああ、よろしく頼む』
コボルト戦士――ハチは、右手を差し出す。
小石丸は「ありがとう!」と笑ってそれを握った。
彼の胸の高さほどしかない身長と、ナイフがやっと持てるほどの小さな手。
だが確かに修練の跡が見える硬い手だった。
二人の握手に、キュウが『兄さん、達者で――』なんて言いながら、涙を流して微笑んでいる。
その時だった。
『ちょっと待ったー--!! なのよ!!!』
アルラウネの声が響き渡る。
先ほどまで逃げ回っていた彼女は、突然ぴょんっと小石丸の前に飛び出した。
『アタシを置いていくつもり!? アタシの顔を舐めたアレはもう接吻だったのよ!!』
きょとんとする小石丸に彼女は言葉を続ける。
『あんなことされたらもう、婚姻のようなものなのよ。責任取るのよ!!』
小石丸は首をかしげて、アルラウネの匂いをひくひくと嗅いでいる。
「アルラウネ必要。一緒に行く」
“陽の匂い”がついているアルラウネは手がかりとして必要――なんて説明、小石丸には無理だった。
アルラウネは、頬を紅潮させ彼に飛びついた。
『アルラウネは種族名なのよ! アタシの名前はライカ。末永く宜しくなのよ――御前様!!』
元柴犬の小石丸と、コボルトのハチ。そしてアルラウネのライカ。
なんとも異色なパーティーがここに結成された。
ただ一人、人間のカトルだけが呆気にとられていた。
小石丸に抱き着くライカの頭の三枚の葉が、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねて。
木漏れ日を受けてとても綺麗に輝いていた。




