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勇者、柴犬―飼い犬が異世界に転生して飼い主を探すようです―  作者: konzy
犬も歩けば棒に当たる

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大好きな匂い

 森に響き渡るアルラウネの笑い声が悲鳴に変わるまでに、そう時間はかからなかった。


 小石丸は笑うアルラウネを、羨ましそうに眺めていた。


「楽しそう……」


 静かな森に響く笑い声が、小石丸には遊んでいるように見えていた。


『キャハハ……もう苦し………キャハハハハ……うう』

『アルラウネちゃん、ごめんよ……もう少し! もう少し頑張って!!』


 どこまでも容赦のないキュウである。


 こぼれ出た涙は、老コボルトが少しずつ採取して手のひらにためていた。


『もう、二人分溜まりました。まずはうちの孫から助けても宜しいですかな?』


 老コボルトの言葉に、よく分からないながらも無言で頷く小石丸。


 コボルト戦士に涙を飲ませる彼を一瞥してから、笑い続けるアルラウネに視線を寄せる。


『ひぃ、もう終わったのよ? これ以上泣いたら枯れちゃうのよ……』

『もう十分。ありがとうアルラウネちゃん』


 アルラウネは笑い続けた疲労のせいで、地面にぺったりと座り込んでしまった。


 老コボルトは、手のひらの涙を次にカトルの口元に運ぶ。


「に、苦い……これ本当に飲んで大丈夫なのか……?」


 カトルが小石丸に視線を向ける。


 小石丸は上の空で、アルラウネを見ていた。


「先にコボルトの戦士が飲んでいたから大丈夫か……」


 カトルはそう自分に言い聞かせて、アルラウネの涙を飲み込む。


 効果は劇的だった。


 まずは、涙を含んだ口の痛みが消えた。


 次に喉の痛み。


 さらに、目の痛みに、毒を吸った肺の痛み、皮膚の痛み、体の重さもすべて吹き飛んでしまった。


「まさか殺そうとした魔物に救われるなんて」


 全身の細かい傷は治っていない。

 しかし毒が抜けただけで、問題なく身体が動くようになっていた。


「伝わるか分からないが……助けてくれてありがとう。そして攻撃してすまなかった。まさか魔物と意思疎通できるとは思わなかった」


 頭を下げるカトルの横に、いつの間にかコボルト戦士が音もなく立っていた。


 人間に頭を下げられたコボルトたちは困惑しているものの、キュウとその兄コボルト戦士だけは小さく頷いていた。


 コボルト戦士の青年は、カトルの背中を軽く叩いたあとで、小石丸に頭を下げる。


『オレの名前はハチ。あんたがいなければ、オレ達はコカトリスに殺されていた。礼を言う』

「ハチ。元気でよかった」


 小石丸とコボルト戦士ハチの会話を、カトルは不思議そうに眺める。


「俺には“わんわん”としか聞こえないが、礼を言ってるのは分かるもんだな」

「二人とも、元気、よかった!」


 カトルの言葉に小石丸は満足そうに頷くと、「ワオオオン!」と吠えた。


 柴犬の頃の習性である。


 言葉にできない喜びは、吠えて表現する癖が残っていた。


 コボルトたちも嬉しそうに、遠吠えを返す。


 木々の間に、犬たちの嬉しそうな合唱が響き渡る。


 カトルは困惑しながらも、真似て「わん」と吠えてみる。


 意味は伝わらなくても、気持ちは伝わるだろう。

 老コボルトが、それを見て嬉しそうに笑っていた。


「なあ、お前は何者なんだ? 魔物たちと会話できる上にあの強さ。本当に人間なのか?」

『あんたは何者なんだ? オレ達とも人間とも話せる。そして人間離れした強さ。魔物の仲間なのか?』


 カトルとコボルト戦士が同時に小石丸に問いかける。

 二人とも傷は多いが、視線はしっかりしていた。


 問われた小石丸は、少し考えたあと口を開いた。


「おれ、小石丸」


 小石丸は答えながらも、気もそぞろに、アルラウネを見つめていた。


 青々とした草の匂いに混じって、懐かしい匂いがする気がする。


「コイ……なんだって? 名前か?」

「名前、小石丸」

「こーしまーる? ――カシミール……か。ややこしいからカシムって呼んでもいいか?」


 小石丸の名前は、この世界の人間には発音が難しいようで、コボルト戦士の青年も『カシミール……カシムか』なんて言いながら頷いている。


 名前を間違えられている張本人、小石丸はすでに興味が別のものに移っていた。


「おれも、遊ぶ!」


 むしろ今まで、この真面目な空気によくぞ耐えていたと、陽がいたら言ったに違いない。


 アルラウネから微かに漂う懐かしい匂いにつられて、小石丸は彼女に飛びついた。


『キャハハハハ、ちょ、待つのよ! もう終わったんじゃないのよ!?』


 生前の小石丸、人見知りはせずに誰とでも遊んだ。


 今は人間の姿になったので尻尾は存在しないが、犬の姿であればぶんぶん左右に振っていたことだろう。


 ただ、いまの彼は百八十センチを超える金髪の大男。


 本人はじゃれあっているつもりでいても、少女をくすぐり続ける大男の姿は異様というよりも――面白かった。


 先ほどまで張りつめていた緊張感が一気に弛緩して、場が笑いに包まれる。


「お前が何者か、結局分からないけど……まあ悪い奴じゃなさそうだよな」


 カトルも笑いながら、誰に言うともなく呟く。


 コボルト戦士ハチも全身に負った傷を忘れたかのように笑っていた。


『キャハハ……もう……やめるのよ………』


 心の中のしっぽをぶんぶん振っていた小石丸は、アルラウネの目に輝くものを見た。

 それを見た瞬間に、懐かしい匂いの正体に気付く。


「……陽くんの匂い?」


 陽もときどき、帰りの遅い両親を想って「寂しいね」なんて言いながら涙を流していたのを思い出す。


 そうだ。消えかかってはいるが、この匂いは確かに陽だ。


 くすぐるのをやめて真剣な目で見つめる小石丸に、アルラウネは答える。


『陽? さっき人間に引き抜かれたのよ。人間に触られるなんて不快だから水浴びしてきたけど匂い分かるのよ?』


「うん、少し分かる」


 陽の匂い。


 それは小石丸が最も安らぎを感じるものであり、食事から風呂までほぼ全部の世話をしてくれていた陽が小石丸にとっての世界のすべてであった。


「……陽くんたすける」


『……陽くん?』


 アルラウネの疑問に、にっこり笑って。

 小石丸は、柴犬であった頃の習性のまま、陽にしたようにアルラウネの目に光る涙を――舐めた。


「キイイィィヤアアアァァアアアア!!!!」


 本日最大の叫び声をあげたアルラウネは、目を見開いて小石丸を一瞬じっと見たあと、地面へと姿を消した。

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