アルラウネ
アルラウネは、マンドラゴラのドイツ語名です。
アルラウネの方が可愛いという理由のみでの採用です。
カトルは、痛む目をうっすらと開け、周囲を見回す。
(意識を失っていたのか……)
どうやら今は、さっき知り合ったばかりの金髪の男に背負われているようだ。
この男は一体何者なんだろう。
コカトリスを倒してくれた。
そしていまも、彼の背に揺られていて不快感がない。
コボルトと会話ができることで一度は疑った。
だが、朴訥で嘘がつけそうなタイプにも見えない。
「なあ、どこに向かっているんだ?」
気付けば周囲には、この男とコボルトしかいない。
いま男に裏切られてコボルトに襲われれば、死は免れないだろう。
だが、最初に攻撃をしかけたのはこちらだ。
覚悟を決めつつも、不思議とカトルに不安はなかった。
(みんなが無事ならいいが……)
それだけが気がかりだった。
「彼らの村、行く。君、たすける」
男が、たどたどしい言葉で答える。
毒を吸い込んだ肺が痛む。
息を吸うと、強く咳が出た。
気付けば周囲の木々の密度が増していた。
森の中特有の、濃厚な緑と木々の匂いが満ちていた。
だが、この場には明らかにおかしいものがあった。
「なあ。巨大な草が俺たちを追ってきてる気がするんだが……」
少し離れたところに、とても目立つ大きな葉が生えていた。
その草はどれだけ歩こうとも距離が離れず、明らかに動いている。
普段だったら不気味に思う現象なのに、カトルはもう驚けなかった。
(コボルトにコカトリス。魔物語が分かる男。いろいろありすぎた)
コボルトの少年はカトルの声に気付くと、慌ててその草に近づき。
――一気に引き抜いた。
「キイイィィヤアアアァァアアアア!!!!」
毒で弱ったカトルの頭に、大音量の叫びが直撃した。
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大音量の叫びを受けた小石丸は一瞬意識が飛びかけ、とっさに耳をふさいだ。
支えを失ったカトルが背からずり落ち、「いてっ」と声を発してぐったりしているが、小石丸は気付かなかった。
倒れるカトルを見て、他のコボルトたちがおろおろと周囲を囲っている。
『なんなのよ! 急に引き抜くなんて失礼千万なのよ!!』
森に、少女の声が響き渡る。
『ごめんごめん、無事で良かった! アルラウネちゃんを探してたんだけど、毒のせいで一時的に鼻が利かなくて困ってたんだ』
キュウが、引き抜いたその草――アルラウネに声をかける。
立っても小石丸の膝上くらいしかない、頭から草を生やした少女。
気の強そうな大きな目が印象的で、緑色の髪が腰まで伸びている。
そしてなぜか、汚れひとつない服を着ていた。
肩から土がぱらぱらと落ちているから、服自体が汚れを弾いているようだった。
『驚かせてすみません。アルラウネちゃん人見知りで、急に抜かれると叫び声をあげちゃうんです』
『人見知りは余計なのよ!』
確かに、会話をしているはずのアルラウネとキュウの視線は交わらない。
どうやら目が合いそうになるとアルラウネが避けているようだ。
『知らない顔がいるけど、何の用なのよ?』
アルラウネは所在なさげに視線を左右させている。
ただ、小石丸とだけ目が合った。
きょとんと首を傾げる小石丸に、アルラウネは顔を赤くして目を逸らす。
『……人間がいるのよ?』
『そうなんだ。兄さんと人間さんがコカトリスの毒にやられてしまって、助けて欲しいんだ』
『コカトリスの毒? 私たち植物にとっては即死級の猛毒だけど、人間ならよほど大量に吸わないと死なないはずなのよ?』
『そうなの?』
『とはいえ毒ではあるから、大量に吸って放っといたら死ぬのよ』
ふふんっ、と知識を誇るように胸を張るアルラウネ。
『そうなんだよ。だから二人を助けるためにアルラウネちゃんの“涙”を分けて欲しい』
キュウの犬顔の鼻をヒクヒクとさせ、アルラウネにジリジリと近寄る。
『“アルラウネの涙”がどれだけ貴重な薬か分かっていってるのよ?』
アルラウネは目を逸らしながら、少しずつ後ずさる。
『うん。全ての毒を解毒できる神薬……なんだよね?』
『そうなのよ。万能薬なのよ』
また、ふふんっと胸を張るアルラウネ。
『とにかく、兄さんも人間さんも弱ってて時間がないから……アルラウネちゃんごめん!』
キュウはアルラウネに飛びかかる。
胸を反らして油断する少女に向かって彼は両手を振り上げる。
『しまったのよ!』
組み敷かれたアルラウネは、もう逃げられなかった。
涙を流させるためにキュウは――。
『ギャハハハ。ヒィー苦しいのよ』
全力でくすぐり始めた。
静かな森に、少女の苦しそうな笑い声だけがこだましていた。




