第三十五話
首元に剣の峰が迫るが、ギリギリのところで接触しなかった。
俺の肉体が悲鳴を上げ始めた。
言葉にもならない絶大な痛みに、俺は悶絶する。
だけど、エミルーは反撃してこなかった。
「……ふむ。不器用だけど、理解はできた?」
「あ、あぁ……ゲホ……だいだいりがい……できまひた」
「えらいえらい。とりあえず落ち着こう」
エミルーが俺の頭をポンポンと優しく叩く。
まるでお子様への対応のようでちょっとムカついたが、もうこの際どうでもいい。
「……ふぅ。死ぬかと思った」
「そこまで? これでも大分制限されてるんだよ?」
「いやあれは本当に"普通"じゃ……制限?」
「うん。ボクの力はちょっと制約というか、仕組みがめんどくさいの。まぁそれはさておいて。歩美は分かった?」
「……まぁな。なんつうか要するに……俺は身軽な体なのを活かして。かなりの速度を出せるようになった。だけど、それだと初見殺ししか出来ないから……守りの魔力強化も必要になる」
「うん。だからボクに近づいた直後に、魔力を足からお腹に集中させたんだね?」
「まぁそうだ。結果的には威力は殺しきれなかったけど。多分あの感覚なんだろうなって分かったよ」
「ふぅん? まぁ、ボクから見ても100点とは言えなかったけど……最後のは良かったと思う。22点」
「随分と低いですねぇ……」
エミルーの無表情のダブルピースに、俺は思わず笑ってしまう。
この人の思考を正確に読み取ることはほぼ不可能なのだと納得する。
するとエミルーの体がフラフラと揺れ始めた。
「よし……ボクは……ここまで……くひゅ」
情けない声を出してエミルーは地べたに倒れ込んだ。
俺は思わず驚く。
「ええっ!? だ、大丈夫ですか!?」
「うふふ。心配ありませんよ歩美。エミルーさんの力の影響です」
ほとんど心配して無さそうなカズチに、俺は困惑する。
カズチはそのまま、エミルーを抱え起こしながら説明する。
「エミルーさんの能力は。自身の精神エネルギーを魔力へと変換するというものです」
「ふーん? 精神エネルギーというと?」
「要するに元気みたいなものですよ。生きる上でメンタルとかモチベーションとかあるじゃないですか? あぁ言ったものをイメージして頂ければ大丈夫です」
「なるほど……んで、それでぶっ倒れたの?」
「ええ。精神エネルギーを直接使っての戦いなので。とても疲弊しやすいんですよ。だから昨日は今日まで待てと言っていたんです。今日この力で戦うために」
「……なるほど」
エミルーの魔力量が異様に多く感じたのはそういうことなのか。
メリットとデメリットが中々わかりやすい強力な力だ。
通常より遥かに多い魔力による身体能力と耐性。
恐らく、本当に万全な状態での戦闘なら、エミルーの右に出る者は少ないと、素人目でも分かる。
だけど、長期的な戦いや、傷の再生、こういったものにはめっぽう弱い。
面白い能力だけど……。
「むにゃむにゃ…………くぅ」
とても安らかな眠りについている。
なんだか色々良くわからん人だ。
「ふふ。可愛らしいですね」
「そうか? まぁでも……可愛い……か」
歩美さんに比べるとそこまでだが、そう言うとほとんどの人が格下に思えてしまう。
あんまり触れないようにしよう。
「では歩美さん。エミルーさんを施設まで運びましょうか」
「……ここ結構そこまで距離あったような」
「頑張りましょう」
「……はぁ」
項垂れながらも、俺達はエミルーさんを頑張って運んだ。
その夜。
「肩いってぇ……」
重たくなった肩をゴリゴリと回す。
施設までの長い道のりで、二人でエミルーを資材のように運んでいたのだ。
歩美さんの肉体による筋力の弱体化も合わさり、肩への負荷が半端なかった。
明日筋肉痛になりそうだと思いながら、自室に戻ろうとすると。
「──ね上。こんなに肩が凝っているとは。一体何を?」
通りかかったカズチの部屋からナズマの声が聞こえた。
何かと思い聞き耳を立ててみる。
「はぁ……相変わらずナズマはマッサージが上手ですね……ふふ。蕩けてしまいそうです……」
凄く気持ち良さそうな声でカズチは言った。
まぁ彼女もエミルーを運んだ疲れがあるのだろう。
姉弟水入らず感があってホッコリして、耳を離そうとした時。
「そう言えばナズマも今日は一日中特訓していたのでしたね? 私からもささやかなお礼を致しますよ」
というカズチの言葉が聞こえ、その直後にナズマが絶句する。
どうしたんだろう。
「……姉上のささやかなお礼は全くささやかじゃないですよね?」
「うふふ……そうですね。ですが……ナズマのマッサージに対価は払わねばなりませんよね?」
なんだか誘惑するような口調な気がするのは俺だけだろうか。
……扉をちょっとだけ開けてみようか。
少し……いや凄く気になってしまう。
俺は息を殺して扉をそっと開ける。
チラッと覗き込んで見ると俺は息を飲んだ。
服を脱いだカズチが、ベッドの上に横たわるカズチに馬乗りしている姿があった……。
続く。




