第三十二話
カズチが眠っているエミルーという女性を見つめる。
そして傍に寄ってしゃがみ込む。
耳元に顔を寄せて囁く。
「エミルーさん。私です。起きてください」
遠目から聞いた俺も少しドキッとしてしまう。
カズチは誘惑力があるのかもしれない。
囁きを聞いたエミルーが「ううん」と唸る。
「だれ……あと……三時間」
「ふふ。相変わらずですね……ダメですよ。貴方の友である私……カズチのお願いですから」
「んん? カズチ……?」
エミルーが瞳をうっすらと開ける。
眠そうな虚ろな目で、俺とカズチを交互に見る。
カズチの方を見てようやく納得したような反応をする。
「あぁ……カズチおはよう」
「おはようございます。エミルーさん」
「うぅん。元気そうだね」
「比較的元気ですよ。エミルーさんもお元気そうですね」
エミルーがヌッと起き上がり、目を擦る。
大きな欠伸を一つ挟み、よろよろと立ち上がる。
俺(歩美さん)の身長と殆ど変わらないな。
細身なことには変わりなさそうだ。
「えっと……そこの子は?」
「あぁ。私の友人の歩美です。歩美、こちらが私の知る限りの最強の友人のエミルーさんです」
「おぉ……友達の名刺交換だね」
エミルーが無表情のままパチパチと両手を叩く。
なんだこの不思議すぎる人は。
俺が困惑していると、カズチが色々と説明してくれた。
強大な敵がいること、そして俺の力が絶対必要になること。
その為に強くなりたいこと。
エミルーは眠たそうな目のまま頷く。
「なるほど……事情は察した。要するにボクは歩美をムキムキにすればいいんだね?」
「はい。出来れば物理的な強化だけでは無く、魔術的な強化を中心にして頂きたいです」
「いいよ。では歩美。早速一つ質問を」
エミルーが尋ねてきて、俺は思わず息を飲む。
エミルーは三本指を突き出す。
「"普通"か"強め"か"超強め"ならどれがいい?」
「……へ?」
急な三択に俺はいよいよ訳が分からなくなってきた。
でも、単純に考えるならば修行のレベルだろう。
正直"超強め"だと本当に歯が立たなそうだ。
だからと言って"普通"だと妥協にも感じる。
ここは──。
「……"強め"でむぐっ!?」
言おうとした時カズチに速攻で口を塞がれる。
カズチが微笑みながらエミルーに言う。
「ちょっとごめんなさいねエミルーさん」
そのまま半ば強引に部屋の奥に連れられ、カズチは俺に向かって苦笑いしながら言う。
「歩美。何となくは予想できていましたが、あの人相手に"強め"はやめておいた方がいいです」
「な、なんで?」
「あの人は加減を知らない人なので、もしかしたらまた重症を負いかねないです。それにいきなり強くなるよりは、地道な努力も大事ですよ?」
冷静で思いやりのあるカズチの発言に、俺は納得する。
聞いた限り、かなりエミルーは自由人でマイペースな人なのだろう。
話が本当ならば、本当に深手を負いかねない。
それに一気に飛躍した特訓をしても強くなれる確証は無い。
ならば時間はかかっても確実に強くなれる道を選ぶのが得策だろう。
俺はエミルーに向き直りコホンと咳払いする。
「えっと……"普通"で」
「ふーん。いいよ。では一つ条件……明日また来て」
「え? 今は無理なんすか?」
「無理では無いけど。半端な力になっちゃうから」
「な、なるほど? じゃあ日を改めます」
そう言って俺達は施設を出て行った。
続く。




