三十一話
サヨはため息をつきながら、近づいてきた男に向き直る。
「ヴァンブ……何してんのよこんなとこまで」
「いやだって、不意に目が覚めたら先輩が居なくなってたもんで」
「別に探してなんて頼んで無いでしょ……ただの事情聴取よ」
ヴァンブと呼ばれた昨日も来ていた男は、先輩を見て少し拗ねる。
「先輩なんで時々俺置いてくんすか? 一応バディなのに」
「……あんたは事情聴取じゃ頼りないのよ。変に無駄な事聞きそうだし」
「薄情過ぎませんか!? 頭にくらい入れさせてくださいよ!」
「どうせ聞いたところで一日も経たずに忘れるでしょ」
「失礼な! 一時間は覚えてますよ!」
ヴァンブの中学生みたいな反応と会話に、俺は頭を抱えそうになる。
二人とも具体的な戦闘を見たことは無いからそこまで言えないが、とても"王国直属の暗殺組織"には思えない。
サヨが面倒そうに息をつき、ヴァンブに尋ねる。
「ていうかあんた大丈夫なの? 日差し強いのに歩いて」
「問題無いっすよ! ちょっと痛ぇ日焼けみたいなもんっす!」
「大丈夫なのそれ……まぁいいわ。ほとんど用事は済んだし。シャルへのみつぎ……コホン。お土産でも買ってこうかしら」
「棺? 棺って売ってるもんなんすか?」
「勝手に私の弟を殺さないで。あんたから殺すわよ」
目の前で訳の分からない会話が繰り広げられている。
というか待て。
「……弟?」
「そうよ? それが何?」
「ここってそこまでいいお土産あったか?」
「あるわよ。温泉まんじゅうがあったわ。事前に調べておいたのよ」
「そ、そうなのか」
「当然じゃない。他の誰でもない弟のためなんだから」
その顔にはどこか信念のような物を感じる。
余程弟を大切にしているのだろう。
サヨはクルッと俺に背中を向け、ヴァンブを連れて去ろうとする。
「そいや、あんた名前は?」
突然彼女は立ち止まり、俺に尋ねた。
「……歩美」
「そ。気が向いたら覚えとくわ」
それだけ言い残して二人は去って行く。
俺もなんとなく、元の場所に帰ることにした。
数分後。
ナズマにカズチにオリンジの三人が揃って話し合いをしている。
「……あの人を倒すのは……現段階だと厳しいのかもしれませんね」
カズチが顎に指を添えて言うと、ナズマも頷く。
オリンジも言葉を並べる。
「私は戦闘には参加していなかったが、奴は只者で無いことは分かります。それに、三人を一人で致命傷に追い込めるのは。どんなに強い人間でも簡単では無いです」
「ええ。ですが、分かったこともありますよ。彼には歩美さんが決定打となり得ることです」
急なご指名に戸惑いながらも、俺はそれに頷く。
俺の能力次第は、既に全員に共有している。
最初は全く信用されなかったが、今までの生存率と、攻撃能力と……あとオリンジの超洞察力によって納得して貰えた。
「にわかには信じ難い力ですが、その力があれば決定打にはなり得ますね」
「……だけど……俺はあいつのあの力に対抗出来る気がしない……」
「ですね。ということで、歩美さん。更なる強さを手に入れましょう」
オリンジが提案する。
更なる強さ……?
まさか魔法の習得か!?
俺のテンションが密かに上がっていた時、ナズマが微笑みながら話し始める。
「私の友人にとても戦い慣れしている人がいるのですが。自由人ではありますが、戦力はかなりのものです」
「……おぉ……その戦力はどのくらいですかい?」
「そうですね……本当にあの人は気分屋で自由人なので実力にバラつきがありますが──本気になれば基本誰にも負けません」
「……すげぇ人だな。その人はどこに?」
「この街にいらっしゃるようです。温泉が好きらしいので」
そんな最強そうな人が、身近にいるものなのだな。
「既に場所は知っています。では、早速話に行きましょう」
「え? そんな急に? アポとか取らなくて大丈夫か?」
「大丈夫です。二人とも面識はありますし、ちょっとした友人なので」
カズチは優しく微笑む。
そして二人でその人の場所に向かうことにした。
ナズマとオリンジは留守番だ。
途中、俺はティア達と戦ったビルの跡地の近くを通った。
付近が軍人によって封鎖されており、近づくことができないが、鮮明に記憶が蘇りそうだ。
「……」
俺は胸元を抑えて震えそうなのを堪える。
カズチは微笑みながら背中を撫でてくれる。
我ながら精神が衰弱仕切っていることに情けなさを感じる。
こんなメンタルで良く歩美さんを守りたい等 などとほざいたものだ。
暫くして。
「着きましたよ歩美さん」
そう言って二人で立ち止まる。
目の前に見えるのは古い一軒家のような場所だ。
「ここは民泊施設です。さて入りましょうか」
「お、おう」
俺は妙に緊張した。
とんでもなく強い人がここにいるとなると不安になる。
その人からクソザコ認定でもされたらどうしよう。
カズチが施設の扉を開け、施設の優しそうなおばさんに挨拶する。
「お婆さん。エミルーさんはいらっしゃいますか?」
「エミルーちゃんね。いるよ。部屋で寝てるわ」
「ふふ。ですよね。失礼しますね」
あまりにも軽い。
余程その"エミルー"という人とは顔馴染みなのだろう。
カズチは部屋の扉をノックする。
返事は無い。
「エミルーさん。失礼しますね?」
返事も待たずに彼女は扉を開ける。
その先には──。
「…………むにゃむにゃ。ぐぅ」
部屋のど真ん中に敷かれた布団に、気持ち良さそうに寝転がっている人の姿がある。
透明にも思える白銀の艶やかな髪。
歩美さん以上に華奢にも見えてしまう細い体。
人形のように整った顔立ち。
歩美さんと似た神々しさや儚さを感じる。
なのになんだろう──。
「うーん……むにゃむにゃ」
気持ち良さそうな寝顔の彼女からは、とても強さも神々しさも感じなかった。
俺は思わずカズチに尋ねる。
「あの。カズチさん? この人が……?」
「はい。私が敬愛している友達のエミルーさんです。私の知る限りなら、恐らく一番強いお方ですよ」
「……ふーん?」
俺はそう同調しておく。
この不思議な人の睡眠姿を見つめながら。
続く。




