第二十七話
友人の目の前の死。
それを自分の手でやってしまった事実。
同時に押し寄せた現実に、俺は脳がパンクしかけている。
脳が受け入れることを拒否してしまっている。
刀を握る手は震え、血の滴る刃を見て、胃液が逆流するのを堪える。
俺はティアの骸を抱えるプロトスを見る。
プロトスは何も理解出来ていないような、呆けた顔でティアを見つめる。
光の無くなった瞳を見つめ続け──直後、気配がゾッとする程変わった。
それは、殺気だ。
「っ……!? 皆逃げ──」
俺が二人に呼びかけようとした時、プロトスの背中から無数の触手が生えた。
一斉に先端が生き物の顎のように変形し、床に突き刺さる。
建物全体に亀裂が走り、やがて轟音を立てて崩壊した。
俺とナズマは足場を失い、上層部の瓦礫と共に下へと落下した。
倒壊がおさまると同時に、俺は薄れた意識を回復させる。
体が思うように動かない。
ふと足元に視線を移すと、倒壊した瓦礫に下半身が潰されていた。
頭を軽く上げると、流血が片目に垂れて染み込んできた。
その直後、目の前で瓦礫を蹴る足音が聞こえる。
ナズマかと思い顔を上げるが、そこに居たのは肉体が完全再生し、背中に無数の触手を生やしたプロトスだ。
その両腕にはティアの死体が抱えられている。
あそこまで派手な倒壊だったのに、プロトスにも死体にも傷が付いていない。
「…………」
プロトスが瞳孔を紅く光らせて俺を睨む。
俺の手には刀が無く、下半身は潰されている。
完全に詰みだ。
やつの背中の触手の何本かが蠢き、一つの太いそれに融合される。
巨大な触手は俺の喉元へと高速で放たれ、意図も簡単に貫いた。
最早痛みすら感じず、吐血と同時に意識と体温感覚が消えていく。
「…………ぁ」
これを上げることすら許されず、俺の命は暗黒へと放られた。
──いつの間にか、空は晴れていた。
俺は暗い意識の中で、何かを聞いていた。
──ジジッ……ジジジジ。
壊れかけたラジオのようなノイズが響いていた。
いつもと違う体験だ。
いつもなら自分の魂である白い炎のようなものが目の前に現れるはずなのに、今回は現れない。
代わりに不愉快なノイズばかりが、ずっと頭の中に流れ込んでくるだけだ。
今にでも耳を塞ぎたい気分だが、生憎今は耳は愚か、指や手の感覚すら感じない。
恐らくここは俺の精神世界なのだ。
だから、ただ流れてくる情報を聞き入れるだけなのだ。
『…………な』
突然、ノイズの奥から何かが聞こえてきた。
誰の声だ?
よく耳を済ます。
『……ぁ……たい……』
それはどこかで聞いたような、消え入りそうな女性の声──。
『消えたいな』
ゾッとする程温度の無い、歩美さんの言葉だった。
「……はっ!?」
思わず目を反射的に開く。
ガバッと起き上がり、自身の喉元に触れてみる。
特に違和感は無い。
「……にしても今のは何だったんだ……?」
歩美さんの声で、あんなにも暗い声の時は無かった。
……あれはもしかしたら歩美さんの記憶なのかもしれない。
元はと言えば俺は歩美さんの肉体に魂だけが宿った状態なのだ。
それならこの脳だって歩美さんの物だ、つまり記憶自体は彼女のも刻まれている訳だ。
「……あんな声になるなんて……な」
もしかしたら、これからも何度も記憶が垣間見えるかもしれない。
俺の知らない歩美さんの一面に遭遇するのかも知れないな。
「……こんな気分なんだな……受け身でも」
何度目かの死から蘇生の体験。
加えて、ティアさんを殺してしまった──。
「……ぐっ……」
唐突に頭痛が起こり、頭を抑える。
駄目だ……罪悪感を拭うことが出来ない。
初めての……人を殺した感覚。
自分の持っていた血の滴る刀が脳裏によぎる。
「がっ……ぐっ……うぅ……」
余りの痛みに、目尻から涙が伝う。
そのまま俺の意識は再び消失した。
続く




