第二十五話
「カ……ズチ?」
命辛々で俺が声を上げると、カズチが空中で微笑む。
「まぁ……歩美は以前もそうでしたが、頑丈……というよりは生命力が高いのですね。私よりもか弱そうな儚い体なのに」
「……んなこと……言ってる場合か……」
「ええ。貴方を安心させるための言葉です──それはそうと……」
突如。彼女の顔から笑顔が消え去り、背後で轟く雷鳴が一層力強さを増した。
まるでそれは、小さい頃に親から聞いた『カミナリ様の怒り』をそのまま映像化したような感じがした。
「プロトスさん……ですよね? 貴方に私は一度敗北していますので、あまり強く言っても、貴方には負け犬の遠吠えにしか聞こえないでしょうね。ですが──私には私なりの……意志があります」
穏やかそうに聞こえるが、はっきりとした怒りの宿った声音。
「私はナズマの姉であり……歩美は私の大切な友達です……目の前で傷つけられて……見捨てるとでも?」
白く光る雷を纏い、彼女はニコッと微笑んだ。
それを一部始終聞いていたプロトスが鼻で笑う。
「ハッ。おもしれぇ。相手になってやろうじゃねぇか」
すると、俺の肉体が突然重力を失った。
プロトスにまるで使い終わった紙屑のように投げ捨てられたのだ。
だが、空中に投げ出された浮遊感も束の間。
隣の建物からの轟音と共に、ナズマが俺の体を抱きとめた。
彼の体も傷だらけでボロボロだった。
だけど何故だか安心感があり、思わず笑う。
「……本日二度目か……サンキュウ」
「あぁ。歩美さん……俺が不甲斐ないばかりにすまない」
「安心しろい……俺の方が何倍も情けねぇよ」
ナズマが地面に着地すると、空いてる建物の中に避難する。
俺を地面にゆっくり降ろす。
「歩美さん……すまないが、俺は姉上に加勢しなくてはならない。少しの間耐えていてくれないか?」
「……ハッ。満身創痍な人間に何言ってんだか……まぁでも大丈夫だ。なんかどうせ体治る気もするし」
俺はナズマに苦し紛れに笑いかける。
それに対して彼は何とも言えない顔になってしまうが、すぐに俺に笑いかける。
「……歩美さんは強い人だ。すぐに戻る」
そう言って彼は俺に背を向けると、バチンという音と共に姿を消した。
俺は体の痛みを噛み締めながら、ゆっくりと目を閉じた。
先程の"諦め"では無く"生きる"と願いながら──。
正直に白状するなら、私の体は恐怖で子羊のように震えていた。
地面に足をつけていないから分からないだけで、本当なら今すぐに逃げ出したいくらいには怖くてたまらない。
相手が不気味で強敵だからな訳でも、かつて敗れたからでも無い。
もっと単純な理由だ。
──死ぬのが、怖い。
私は死の淵に立たされたことなんて何度もある。
だけど、死という概念はいつ何度味わっても慣れることがない。
慣れるなんてできる訳がない、人間は死ねば終わってしまうのだから。
それに私には……大切な友と、弟がいる。
もっと……二人といたい。
私が挫けそうになった時──。
私の背後で雷鳴が轟いた。
振り返ったそこに居たのは──見慣れた男の姿。
「姉上……待たせました」
「…………いえ。お気になさらず」
「……姉上。ご無理はなさらぬように」
彼の優しい言葉に、私は思わず微笑む。
確かに私はまだプロトスに負わされた傷が癒えきってはいない。
だけど、彼と共に戦い、敗北した記憶は無い。
──私達の全力の前では。
「……ナズマ。"合わせますよ"」
「……はい! 姉上!」
ナズマが力強く返答する。
そして私達は、手を繋ぐ。
刹那──魔力を全力で解き放つ。
自分の中の最大出力の魔力を媒体とし、自身の肉体から白い雷を呼び出す。
それに呼応するかのように、ナズマも青い雷を宿す。
繋がれた手の平の痺れから、その威力が伺える。
だが、この痺れが……今は非常に暖かく頼もしい。
「……相変わらず頼もしいですね……ナズマ」
「……姉上のためですから」
二人で共鳴し魔力を高め合う中、プロトスがこちらを驚愕の表情で見つめる。
「ぷ、プロトスさん!」
「下がってろティア。死ぬぞ」
微かに恍惚とした顔で、プロトスはティアを遠ざけようとする。
ティアが躊躇いながらも静かに頷く。
私達はそれを気にせず、ナズマの魔力を受け止め続ける。
──刹那。高電圧の雷の砲弾が形成され、放たれる。
「「"双電砲"!!」」
雷の音よりも速く、その閃光はプロトスに向けて放たれる。
閃光は過剰なまでの輝きを放ち、周囲にいる生き物の目を潰した。
プロトスへと砲弾が接触した直後、雷鳴が音を発し、辺りに地響きが鳴り響く。
放たれた建物の上層は砕け、周りの建物にも爪痕を残す。
やがて光と振動が収まり、辺りには砂煙が舞い上がっている。
私は力が抜けるのと同時に、傷跡に痛みを感じバランスを崩してしまう。
それをすぐさまナズマに受け止められた。
安心からか、思わず頬を綻ばせてしまう。
「大丈夫ですか!? 姉上!」
「……大丈夫ですよ……少々無理しすぎたのかもしれませんが」
「大丈夫じゃないじゃないですか! 」
ナズマの本気で焦った顔に申し訳なさもありつつ、安心させるために微笑む。
「このくらい……大丈夫です。それよりも速く歩美のとこ……ろ……へ」
そんな強がりの微笑も、目の前の光景を見て消え去った。
砂煙が収まりかけた時、奥に微かに人の影が見えた。
ティアのものかと思ったが、よく見ると"身体と思しきものが半壊している"。
二人の雷撃を正面から受けたのは彼女では無くプロトスだ。
そもそもあの攻撃を受けた人間が体の形を保てる訳が無い。
やがて砂煙が完全に消え去り、影の正体が姿を見せる。
ナズマが私を抱えながら信じられない様な口調で言う。
「……奴は……怪物か?」
砂煙から現れたのは、右半身に風穴が空き、肉体が血に染ったプロトスだ。
自分の目を疑った。
彼は通常の人間なら骨も残らぬであろう一撃で、肉体が半壊しながらも生存して何なら立っている。
息がきれながらも我々を狩ろうとするその男は、最早人間とは思えない。
プロトスは血反吐を吐きながら短く笑う。
「ハッ……! 流石にこればっかりは肝が冷えたぜ……雷に打たれて体が冷えるなんてなぁ……笑えるぜ」
息も絶え絶えなその軽口には、流石に余裕さは見られない。
だが、こちらを仕留められる力は残っていると見える。
もう無理かと思ったその時。
背後に何者かの気配を感じ、振り返る。
足に大雑把に魔力を込め、この上層部まで飛び上がってきた、刀を手に持った華奢な女性。
窮地に駆けつけた英雄のような登場をしたのは、先程まで満身創痍になっていた歩美の姿だった。
続く




