第二十二話
「……お願いだから……倒れてよ」
ティアさんは俺に向かって不機嫌そうに言う。
強く懇願するようなその言葉に、俺は心がジンと痛くなる。
多分ティアさんは、俺を傷つけたく無いんだ。
本当に、優しい人なんだ。
「……ティアさん。貴方が言葉で簡単に止まらないことは知っています。だけど、俺はそれでも貴方とは戦いたくありません」
「……私だってそうよ。だけど、私は……」
「婚約者のためですか?」
「……そうよ。貴方は私の中では"友人"よ……だけど"婚約者"の頼みは断れないのよ……」
ティアさんが涙を堪えるように言う。
……分かる。
俺だって、友人か恋人どちらを優先するか問われたら、間違い無く後者だ。
だったら……もう、この人に話は通じない。
俺も……無理強いは出来ない。
婚約や交際は……ある種の呪いなのかもしれない。
「……」
俺は刀を彼女に向ける。
ティアさんは右手を俺に向けてかざす。
すると、雨粒が右手に収束し始める。
今度は先程よりも先端が鋭く、大きな弾丸のようだった。
最早、難しいことを考えている訳にはいかない。
魔力を限界まで足に溜め、走り出そうとした。
──だが……突然水の弾丸が破裂した。
飛び散った雨水が俺の全身にかかり、目を閉じる。
その瞬間ハッとした。
「……目眩し!?」
状況を理解し目を開けた時、ティアさんは先程かざしていた右手を天に向けていた。
「歩美さん! "上"です!」
背後でナズマが叫び、俺は空を見上げる。
黒い雨雲が、いつの間にか雷雲に変わりゴロゴロと唸りを上げている。
「さようなら」
涙の滲んだ声の刹那──俺の体に雷鳴が轟く。
視界が真っ白になったり戻ったりし、体全身に駆け巡る味わったことの無い異次元の痛みと痺れ。
それが永遠と繰り返されるかのような感覚に、俺の脳の思考が破壊される。
「あ゛っ……が……あ゛あ゛」
辛うじて捻り出した声は掠れ、雷鳴の轟音に掻き消され、自分の耳にすらも届かない。
電撃が止むと同時に、俺の体から力が抜けていく。
地面に崩れ落ちたと同時に俺の意識は消失した。
その時、意識の暗闇で俺はまた白い光を見た。
プロトスに腕を吹き飛ばされた時と同じものだ。
あの時は何も考えずに手を伸ばしたが、今考えると"これ"はなんだ?
俺が見ることの出来る魂によく似たものだ。
だけどこれは決まって、俺の意識が消失したタイミングで現れる。
そして俺が前手を伸ばした時、腕が治って復活した……。
もしかするとこれは──俺の魂?
だけど、だとしても。
俺が触れた時に、腕が治ったのは何故だ?
俺の力は"魂を斬る力"じゃ……待てよ。
俺に能力をくれたやつは"魂を見れる力"と言った。
だけど、見れるだけなら肉体を簡単に斬れる訳が無い。
つまり俺は、魂に干渉できる力がある。
理屈も根拠も無い。
だが今は何であれ、信じるしかない。
俺は白い光に手を伸ばした。
その瞬間眩い光を放ち──。
目が覚めた時、俺の視界には薄暗い空と雨が見えた。
まだ体には麻痺感覚が残っているが、動くことはできる。
──自分でも信じられないくらいだ。
俺が目覚めたことに、ナズマとティアさんも気が付き目を疑った。
中でもティアさんは酷く狼狽していた。
「な……なんで、死なないの……?」
ティアさんが困惑した様子で尋ねてくる。
俺は痺れかけた体を動かし、ティアさんに歩み寄る。
「言いましたよね……俺は……貴方を止めるって……」
「……」
「貴方には誰も傷つけさせない。傷つくなら俺だけでいいです……だから……まだ、やり直せます」
無駄だとは分かっている。
だから正真正銘これが……彼女への最後の説得だ。
「ティアさん。また、あの銭湯で……話したいです」
「っ……!」
続く




