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過去に追い付かれるまで  作者: 斑鳩 千早
過去に追いつかれるまで

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3/6

男爵令嬢

 (わたくし)は完全に風邪から回復して、バルコニーのガラスから朝日を眺めていた。なんて清々しい目覚めなのだろう。(わたくし)の門出を祝福してくれているようだ。


 (まぁ(わたくし)に祝福なんて、出すぎた真似ですけれどね。)


 コンコンとノックの音が響く。ユリアが朝早くに私室を訪ねてきたのだ。こんな朝早くにメイドが来るなんて、今日は何か予定でもあったのだろうか。


「お嬢様にお客様がいらっしゃっています。 お支度の準備を。」


 扉越しにユリアが言ってきた。 おや、覚えている限りでは、来客の予定はなかったはずだけれど。 おまけにユリアは(わたくし)にお客様だと言った。公爵様でも夫人でもなく、(わたくし)にお客様だと。(わたくし)目当てに訪ねてくる人など思い当たらなかった。そもそもかつての(わたくし)は人にすり寄るばかりで、相手からは表面上の友好しか貰えていなかったと思う。つまり、(わたくし)を訪ねてくる、友好があると(アピール)したい令嬢など、いるわけがない。当時は(わたくし)の気高さに圧倒されて畏縮しているものとばかり思っていたけれど、それが間違いだったことが今ならわかる。情報と名誉が命の貴族令嬢たちは、近い将来、社交界で鼻つまみものになるだろう(わたくし)を避けていたのだ。


「お客様とは、どなたですの?」

「ルーシェ・カナン男爵令嬢様です。」


 ユリアがドレスの着付けを手伝いながら教えてくれた。ルーシェ・カナン...?聞いたことのない名前ね。鏡で自分の顔を確認しながら思う。


 (大丈夫、泣き跡は残ってないわ。)


 というか、そもそも (わたくし)は身分至上主義だったから、男爵令嬢なんて下位の令嬢との交流もほとんどなかったはず。 まぁ、結局は因果応報。王太子殿下の権力にしてやられたのだけれど。記憶と違う見知らぬ来訪者に戸惑いを覚えながら髪を結って貰う。今日は髪の上半分を両サイドで結おう。幼い頃、好きだった髪型だ。


「ルーシェ・カナン様はなんのご用でいらしたのかしら。」

「...?以前の茶会でお嬢様と遊ぶ約束をしたのだとおっしゃっていましたよ。」

「…ええ、そうだったわね。 ごめんなさい、寝起きでぼんやりしていたわ。」


 茶会で約束...?そんなはずはない。 まだ幼い令嬢同士で開かれる茶会はお遊びのようなもので、実際に家同士を行き来するような交流は親の許可無しにはできない。所謂(いわゆる)審査性なのだ。それに加えて(わたくし)が自ら交流を持ちかけるほどの令嬢はいなかったはず。 それなのに男爵令嬢が公爵家に遊びに来る?誰かに咎められてもおかしくない話だ。どうなっているのか?


「公爵様がお嬢様に初めてご友人ができたとお喜びで、特別に入室許可をなさったそうですよ。 良かったですね、お嬢様。」

「…そうね。 楽しみだわ。」


 いったい、何が起こっているのだろう。両親はいつまでも友人をつれてこない(わたくし)を密かに案じていたのだろうか。それか、時が戻ったことで歪みでも生じたのか。


 (とにかくお会いしてみないとわからないわね。(わたくし)のお眼鏡にかなった男爵令嬢、気になるわ。)


 気持ち程度に急いで化粧を整えて応接室に向かった。 見知らぬ来訪者と邂逅するにあたり、いつもよりきつい印象を与える化粧にした。初手から舐められてしまうと、後でその付けを払わされることになるからだ。廊下のガラスに反射する己を見て、肩にかかる髪を払う。まだ、10歳の体だけれどやけに傲慢なこの仕草が似合っていた。ガラスに映る自分を睨み付け気合いをいれる。


 悠然と開かれた扉をとおり応接室に入る。ソファに誰かが座っていた。窓から差し込む光でうまく見えないが反対側を見ていたようだ。こちらに気付くとゆっくりと立ち上がってくる。


(この方がお客様ね。)


 優雅に挨拶(カーテシー)をする。


「お待たせしてしまって申し訳ございません。 ルーシェ・カナン男爵令嬢様。」

「お久しぶりです、オルフィレガー公爵令嬢様。 お待ちしておりましたよ。」


 ルーシェ・カナン男爵令嬢を名乗る人はこちらに歩きながら嫌み混じりの挨拶をしてきた。歩きながらの挨拶は非礼とも取られるものであるにも関わらず。あまつさえ公爵令嬢に向かって待たされたことを仄めかすどころか直接言ってきた。


 (なんですの、この不遜な態度は。)


  彼女の物言いにかちんときて、身分に合わない目上のものへの態度を改めて差し上げようと、顔を上げて不調法者を見る。だが、彼女の顔をみて、咎めるために考えていた言葉は口から溢れて空に消えてしまった。


 紫のつり目を携えた気の強そうな顔に、夕焼け色の髪を肩で切り揃えた、(わたくし)と同じくらいの年の少女。



 ...... 知っている顔だった。



 微かに覚えている。 殿下にまとわりつく(わたくし)を見る、さげずむような顔。 衛兵に囲まれ牢に連れ去られるときの、濡れ衣を主張する必死の顔。 私刑に処されるときの絶望した顔。幼いながら面影が残っている。




 彼女は、私が冤罪を被せて死に追いやった、あの女(侯爵令嬢)の取り巻きの男爵令嬢だった。




「この度はお招きいただきありがとうございます。 オルフィレガー公爵令嬢様。」


 唖然とする(わたくし)を無視して彼女は礼を述べた。先程の無礼を悪びれもしない態度だ。


 (なぜ、彼女がここに…?偶然にしてはできすぎているわ。)


 それに、彼女を(わたくし)が友人として見初めるというのもにわかに信じがたい。


「お土産にオルフィレガー公爵令嬢様がお好きとおっしゃっていた、葡萄をふんだんに使ったジャムを乗せたタルトでございます。」

「え、ええ、ありがとう。いただくわ。」


 ((わたくし)の好物を知っているなんて…以前の彼女からは考えられないわね。(わたくし)のことを毛嫌いしていたもの。)


 (わたくし)が罠にはめた男爵令嬢が、(わたくし)の好物を持ってやってきた。何かがおかしい。ユリアや父上たちの反応から(わたくし)が熱を出す以前に心を改めた訳ではないだろうし、いったい何経由での友好なのだろうか。


 (本当に(わたくし)の誘いでここへいらしたのかしら。…?とにかく彼女が誰かに関わらず、話をしてみるしかなさそうね。)


「ユリア、いただいたタルトを切り分けてきてくださる?」

「かしこまりました、お嬢様。では、失礼いたします。」


 ユリアが男爵令嬢からの土産を受け取り部屋から出ていき、タルトを口実に2人きりになる。何をどう切り出せば良いのだろうか。とにかく席に着くか。


「…どうぞ、おすわりになって。」

「どうも」


 男爵令嬢は白いドレスにシワがつくことも厭わず、乱雑な返事でドサッとソファに腰かける。装飾の少ないドレスを着ているからか、余計に皺が目立つ。


 (なんて無作法なのかしら。)


「ごめんなさい、昨日まで熱を出していまして、あなたとお約束していたのを忘れていましたわ。」


 形式ばった謝罪を述べる。これでも公爵令嬢なのだ。対面は気にする。しかし彼女はこちらの意に反してぶっきらぼうに言い放つ。


「約束なんてしてないですよ。」

「…え?」


 男爵令嬢は大きな動きで足を組んでこちらをみてきた。疑問を抱く(わたくし)を見て、にやりと笑うと言い放った。


「誰が好き好んであなたみたいな醜悪な女と遊ぶんです?てか、あなただって思ったでしょう、たかが男爵程度の娘が訪ねてくるなんてって。」

「それは…」

「ふふ、良い顔だわ。あなたの間抜け顔が見れただけでも今日来たかいがあったわ。」


 彼女は(わたくし)を悪女と罵った。普通なら公爵令嬢にそんな不貞な行いをすれば懲罰ものなのに。一体この人は誰なのだろう。知りたくない。知ってしまったら、何か恐ろしいことになる気がした。


「そんなに怒らないでくださいよ。あなたのやったことに比べれば可愛いものでしょう?」

「…(わたくし)のしたこと…?」

「しらばっくれないでくださいよ。いくら時が戻っても、私は忘れませんからね。」


 ダンッと手を机に叩きつきて身を乗り出した彼女が(わたくし)を指差した。人差し指ごしに睨み付ける(まなこ)が痛々しいほどに輝いている。やはり彼女は...



「あなたが私に濡れ衣を着せて、殺したことを。」



 静かな怒りを孕んだ声音だった。


 聞きたくなかった。過去と向き合うことを拒む自分を嘲笑うかのようだ。お前は決して一からやり直すことなどできないのだと。



 そうか…目の前にいる方は(わたくし)の過去を知っている、()()男爵令嬢なのだ。目の前が真っ暗になる思いだ。そん(わたくし)を置いて彼女はソファに座り直してこちらを見下しながら告げる。心臓がバクバクと音を立てる。手が震えてくる。


「ふふ、神様が私の願いを叶えてくださったんですよ。あなたが苦しみながら地獄に落ちるところを見たいって願いをね。」

「神様って?」

「失礼いたします、お嬢様。タルトをお持ちいたしました。」


 遮るようにユリアが戸を叩いた。


「…」

「…ありがとうございます!!」


 神様ってどういうことなの。あなたも時を戻ったのね。あなたは私の最期を知っているの?あなたはなぜ(わたくし)に会いに来たの?聞きたいことが山ほどあって混乱していた。ユリアに声をかけることも忘れた(わたくし)を嘲笑うように男爵令嬢が代わりに返事をした。見ると、綺麗に座り直していた。そして、こちらを見るや否や顔を歪めて小さな声で言った。


「あら、オルフィレガー公爵令嬢様はお礼どころか使用人に入室の許可も言えないのかしら。」

「…ユリア、入りなさい。」


 カラカラとワゴンを押してユリアが入室する。ワゴンの上には見るからに上等なジャムがふんだんに使われたキラキラしたタルトが乗っていた。精巧な彫りの入ったポットから湯気が上っている。ユリアがカップにお茶を注ぎ、タルトを配膳する。男爵令嬢は先程とうって変わったように微笑んでそれを受け取る。


 (なんて変わり身の早い方なの。)


「ユリア、人の目があるとカナン男爵令嬢が気にしてしまうから、退席してくれるかしら。」

「かしこまりました。」


 ユリアに退席を促し、再度2人きりになる。まだ、聞かなければならないことが沢山あるからだ。神様とはなんなのか、どこまでの記憶があるのか、なぜ(わたくし)とあなたが共に時を遡ったのか。



 あなたは、(わたくし)を断罪しにきたのか。



「で、わざわざ2人きりにしてまで何を聞きたいんです?オルフィレガー公爵令嬢様?」



 冷えた眼で(わたくし)を見つめる男爵令嬢に、覚悟を決めて話しかけた。

週3ほどの間隔で19時頃更新で連載しています。ブックマーク、評価等よろしくお願いします。執筆速度と妄想力が上がります。

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