やり直し
目を開けると、見慣れた天井だった。
(あれ…私の部屋だわ。どうして。)
茶髪の15歳ほどの若いメイドが起きた私を見て足早に部屋を去っていった。確か10歳くらいのときに、走る姿が鬱陶しくてクビにしたメイドだった気がする。名前ももう忘れてしまったけれど。
ぼんやりする頭で考える。なぜ、私の部屋にいるのだろう。ここは確かに私の部屋だけれど、処刑されて死んだはずの私が自分の部屋に帰れるはずもない。それに幼い頃クビにしたはずのメイドがいる。
(走馬灯でも見ているのかしら。随分、穏やかに流れるものね。)
先のメイドが慌ただしく帰ってきた。白衣を着た老人が後からゆっくりと入室してきた。どうやら医師を呼んできたらしい。メイドがバタバタと周りを走る足音が頭に響く。医師の診察の用意をしているのだろう。たったこれだけのことでクビにするだなんて、私はなんと幼稚だったのか。
(私はこうやって罪を重ねてきたのね。)
我が身を振り返るばかりだ。走馬灯で私の過去の罪を見せ、こんな思いをさせるなんて、神様はなんて意地悪なのだろう。今さら我が身を振り返ったところで、彼らに報いることなどできるはずもないのに。
準備が終わったらしく医師の診察を受ける。どうやら熱を出して寝込んでいたらしい。おでこに手を当てて熱を測られる。
(確かに10歳のとき、たちの悪い風を引いて寝込んだことがあった気がする走馬灯で診察なんて縁起が悪いどころ話ではないわね。)
医師が安静にしていればもう大丈夫だと言う言葉を遠くで聞いた。滑稽な己を笑いながら再び微睡みの中に沈んでいった。
(次はどんな思い出を見せてくださるのかしら。)
―――
―――――
―――――――
――――――――
私の思いを余所に、目を開けるとまたあのメイドがいた。目を合わせると微笑んできた。そうだ、彼女はとても献身的なメイドだった。けれど私はそんな彼女の慈愛深さに嫉妬して、言いがかりをつけて追い出したのだ。高貴な私にとっては慈愛など無縁なものだと、言い聞かせながら。幼い自分には嫉妬の感情を言語化することが難しかったのだ。だから嫉妬の対象を排除することで、己にある葛藤からくる難を逃れていたのだ。熱が下がったのかすっきりした頭で思う、
(走馬灯にしては時間の流れがゆっくり過ぎないかしら…?)
このままでは、半生を網羅できてしまう。本当に人生の全ての罪を振り返らされるのだろうか。
一人思い悩み声を発さない私に、ユリアが心配そうに話しかける。
「お嬢様、お目覚めになりましたね。良かったです。ユリアですよ。わかりますか?ユ・リ・アです。」
「…ユ、リア。」
メイドが己を指差しながら問うてきた。ユリア…聞き覚えがない。そうか、私は彼女の名前を忘れていたのではない、知らなかったのだ。たかが数週間で入れ替わる使用人ごときの名前など、貴族である自分が覚える意味もないと。思い返せば名を知っている使用人など片手で数えられるほどだ。お気に入り認定した一握りの使用人だけを、特別扱いしていた。彼らが周りの使用人仲間にどう思われるかなんて考えもせずに。己の罪がまたひとつ増えた心地だった。
(ですが、、なぜ走馬灯なんかで彼女の名前を知れたのでしょうか。)
「ふふ。お嬢様ったら3日もお熱を出していらっしゃったのですよ。」
「そう…なのね。」
「何か食べられますか?それともお飲み物になさいますか?」
「そう…ね、レモネードをお願い。」
「かしこまりました。すぐお持ちいたしますね。」
「ありがとう。」
「……ふふ。お気になさらずに。」
お礼を伝えると驚いたようにユリアは私を見て、微笑んできた部屋を後にした。そうだ、私はメイドに礼を言ったこともなかった。尽くされて当たり前だと思っていたから。彼女たちにささやかな礼を伝える機会を与えてくれたのか。お礼を言うだけであんなに純粋な微笑みを向けられるだなんて、いままで取って付けたような微笑みに包まれて満足していた己が恥ずかしい。
(案外悪くない走馬灯なのかしら。)
しばらくしてユリアがレモネードと菓子、果物をのせたワゴンを運んできた。牢で与えられた残飯のような何かとは違い、贅を尽くしたものだった。食事の大切さも私は知らなかった。
「お待たせいたしました、お嬢様。他にも食べられるものがあればと思い、クッキーや葡萄をお持ちいたしました。」
「…葡萄を頂くわ。」
「はい。」
レモネードと葡萄を食べる。レモネードのほんのり甘い後味が好きだ。なんだか、気持ちが爽やかになるから。一口飲むと、処刑される前の私が飲んでいたレモネードよりも強い爽快感を感じられた。心持ちで味が変わるなんて不思議なものね。私がほっと一息つくと、ユリアがおずおずと口を開いた。
「もうすぐ公爵様と奥様がご帰宅されます。お嬢様の熱が下がったことは、伝令に伝えていただいているのですが、お見舞いに来ていただきますか?」
あの時の私は可愛い愛娘が熱を出したのだから見舞いに来るのは当たり前のことだと、遠征帰りで手続きの忙しい両親をほとんど回復していた私看病にかかりきりにさせていた。甘やかしてくれていた兄が学園の寮に入り、屋敷に一人になった寂しさを埋めたかったが故の我が儘だった。でも今ならわかる。王家の次に位の高い我が公爵家の仕事が滞れば、他の関係各所にも甚大な被害が生まれうるということが。
「お見舞いは平気よ。」
走馬灯くらい行儀よくしようと思い、微笑んでそう伝えるよう指示した。いつも歪んだ笑みと高笑いばかりだったから、上手く笑えているのだろうか。ユリアはまた驚いたように目を開いた。何かおかしいことでもあるのか。反省したくらいでは私の性根が変わらないと言われるのだろうか。走馬灯に見定められている気持ちだ。私の気持ちとは裏腹にユリアは優しい笑みを浮かべた。
「お嬢様、ご無理をなさらないでください。急に大人になられても公爵様方も驚いてしまわれますよ。」
慈愛に満ちた目で私を見て頭をなでると、自由にワゴンのものを食べるように言いつけ、部屋を出ていった。廊下をぱたぱたと走る音が聞こえる。父上たちを呼びに行ったのか。
(余計な気を回すメイドね...いえ、私を心配してくれたのでしょうね。)
今、なんて酷いことを考えたのだろう、メイドの気遣いを余計だなんて。一朝一夕では人の性根は変わらないのだろう、今の一瞬で私は心底実感した。走馬灯の中でさえ心を入れ替えることの難しさを。膨らんだ自尊心と際限のない自己肯定感、傲慢な心が問いかけてきた。今さら反省したところで、何になるのだと。なぜだか涙腺が緩んできた。悔しさと情けなさが涙として現れてきた。思わずうつむくと自分の手が見える、6歳のぷにぷにした手だ。なんて手の込んだ走馬灯だろう。6歳のときを再現しているからすぐに涙が込み上げてくるのだろうか。
(私にいったいどうしてほしいのでしょう。)
ほどなくしてまたぱたぱたと足音が聞こえ、ゆっくりと扉が開かれる。涙を拭い目をやると両親がいた。
「あ、ごめんなさい、父上母上。お忙しいのに。もう元気ですから、私のことはお気になさらないで。」
両親がさっきのユリアのように驚いた顔で私を見てくる。走馬灯のくせにいちいち手の込んだリアクションだ。でも牢にいたときの両親とは違い、整った身なりと精悍な顔つきに安心感と罪悪感が込み上げてきた。
(私がこの2人を地獄に落としてしまうのね。)
いつでも私を愛してくれた2人を。公爵家として政務も多かったはずなのに、私を大切にしてくれた2人。本当になんてことをしてしまったのだろう。魂が抜けていく気持ちだ。
怯える私に両親が駆け寄ってきて抱きしめた。抱きしめられたのは何年ぶりだろう。自分から抱きつきに行くことこそあれど、両親から抱きしめられたことは久しく無かった。処刑されるまでの私はそんなつもり毛頭なかったが。牢で父上にも言われたが認知のゆがみとは恐ろしいものだ。そこで私は気が付いた、自分を抱きしめる両親が温かいことに。
(走馬灯なのに温かい…?)
手が込みすぎてないだろうか。処刑された私の体は森の中に捨て置かれるはずだから、温かいわけがない。何なのだ、この人肌の温かさは。それに 先程のレモネードの爽快感、知らないはずのメイドの名前、自由に動く体、記憶と違う両親とのやり取り。違う。これは走馬灯なんかじゃない。
(私は時を戻ったのだわ。)
神様がリベリア・オルフィレガーにやり直すチャンスをくださったのだ。そう思った。これが現実かはわからないけれど、きっと現実なのだ。この温もりは本物だ。自由なこの体が私にチャンスをくれているのだ。両親と喜びを分かち合った。彼らはなぜ私が泣いているのかもわからなかっただろうが。ひとしきり泣いた後、眠りについた。
もう、失敗はしない。私は心を入れ換えるのだ。
高望みはしないし、相手の都合を考えないわがままも辞めるわ。使用人には優しく接するし、取り巻きたちは労うわ。家族に迷惑はかけないよう努めるし、自分磨きも怠らないよいうにするわ。
大丈夫、きっと私は変われるわ。
そう決意した次の日、まだ会ったこともないはずの男爵令嬢が、私を訪ねてきた。




