過ち
私リベリア・オルフィレガーは酷く傲慢な女だった。オルフィレガー公爵家の長女として生を受け、蝶よ花よと育てられた。望むものは何でも叶えられ、欲しいものは充分に与えられた、嫌なことはしなくていいし、気の合わない使用人はすぐに私の前から消えていった。全てが私の思いどおりだった。
そう、思いどおりだった。
私は思い上がっていたのだ。この世のなかにおいて、私の思い通りにならないことなどない、と。
身分の高い令嬢たちだけと会話をして、身分不相応に私に話しかける令嬢たちは、大衆の面前で辱しめてやった。私のやることに口を出す身の程知らずな使用人は、奴隷のようにこき使ってやった。家族は私の憂いを取り除くための行いを、嬉々として許可してくれた。身を守る術を学ぶことも大切だと。
初めて両親につれられて行った社交界で恋に落ちた。美しい王太子殿下。絹のように滑らかな銀髪を束ねた優雅な方。私の燃えるように反射する赤色の髪が良く映えるに違いない。理知的な翠の瞳は私の情熱的なガーネットの瞳と合うでしょう。そして何より端正な人形のような造形。私の化粧映えする妖艶な顔を良く引き立ててくれるでしょう。そう、彼は私の王子様。
「私、殿下と結婚したいわ。」
己の身の程も知らずにそう思った。あの時から私の人生に綻びが生じ始めた。もしくはすでに私の中にあった歪みが、表に出てきただけだったのかしら。
父に懇願して初めて却下された。王太子殿下の婚約者はただ望んだだけでなれるものではない、王太子殿下に相応しい教養と家格、振る舞い等々、人々に認められた人がなるのだ、と。それを聞いて私は思った。なんだ、すでに条件は満たしているじゃないか。公爵家の出身で教養も一通り身に付けているつもりで、振る舞いは貴族然とした優雅なものだと思っていたのだ。実際は対した常識も気遣いもなく、駆け引きをするだけの頭もない上にわがまま、はしたない大袈裟な振る舞いにすぐ癇癪を起こしてキンキン声で叫ぶ、とても国母たる器ではなかったのだが。
社交の場で自分が将来王太子殿下の婚約者になるのだと吹聴して回った。自分以外に殿下に思いを寄せていることを公言する令嬢は端から蹴落としていった。私のお願いに応えない令嬢がいた時には、手を回して高齢の貴族の後妻の座を与えた。しかし、王太子殿下とまみえる機会は訪れず、その鬱憤を使用人に当たることで晴らしていた。気に入らない使用人をわざとクビにせず、辞職するまで追い詰めて遊んだりもした。誰も私を咎めたりしない、私が支配する世界だった。
当然、王太子殿下に見初められることなどなく、思うとおりにいかないイライラだけがまた募っていった。貴族学園に入学しても王子様が私を見つけてくれるはずもなく、とうとう強引に自分を押し売りするようになった。他のご令嬢がいればあたかも自分が婚約者候補の筆頭であるかのように王太子殿下の取り巻きをあしらい、暇さえあれば殿下に話しかけに行った。鍛練をしている殿下に手作りの菓子を無理矢理渡し、一人時間を楽しむ殿下の隣を占領した。殿下が苦言を呈そうとする度、良く回る口で話をそらし誤魔化した。
皆が私の迫力に負け殿下に近づくことを辞めたある日のことだ。殿下の婚約者が発表された。当然自分のことだと信じて疑わなかった。それがどうだ。いざ発表された相手は他国に留学中の殿下の幼馴染みの侯爵令嬢だった。殿下と同じ銀髪をなびかせた青い瞳の【聖女】と呼ばれることもある人だった。矜持が許せなかった。私よりも家格の低い、たかがちょっと見目のいい容姿と少しばかり噛った語学能力で殿下の婚約者の椅子に座るあの女が。噂によれば、同じ留学先の男爵令嬢と懇意にしていたらしい。低位のものに身のほどを教えるのも貴族の役目でしょう?信じられませんことね。
私は当たり前のように殿下にすりよった。あの女に何一つ負けていないどころか全てにおいて秀でているはずの私の魅力に気付かせて差し上げたかった。いまいましい侯爵令嬢の手管にはまってしまったのでしょう?おかわいそうな御方。今にして思えば、当然周りには私が婚約者のいる男性、おまけに王太子殿下にすり寄る気狂いの令嬢に映っていたことだろう。私に苦言を呈してくる令嬢たちが、あの女の味方に思えて仕方がなかった。
ある日を境に殿下にぱったりと出くわせなくなった。今までは少し探せばいたはずなのに。すぐに気がついた。あの女の仕業ね。権力をかさに金で釣り、学生たちから聞き出すと一瞬だった。あの女と親睦があるという話の男爵令嬢が2人の逢い引きを手引きしているらしい。おまけに私が乱入しないように、手も回しているらしい。なんて不遜な女だ。己の分際も弁えずに私の邪魔を画策するだなんて。
彼女の失墜を狙って噂を捏造したりしたけれど、全て不発に終わった。けれどあの時は王太子殿下が私の行動を諌めたのだろうと思えず、あの女が私の邪魔をしているのだわ、消えてもらわないとと考えてしまった。目障りな存在さ排除して然るべきだと本当に信じていたのだ。噂なんかじゃ生ぬるい。罪を被せて私の世界からは降りてもらおう、そう思った。私の世界を邪魔するのだから当然のことだとも思っていた。
わざと雇った暴漢に拐われ、逮捕後にやつらには男爵令嬢が手引きしたと嘘の自白をさせた。自身の慕う侯爵令嬢の恋路に横槍する私を傷物にしたかったと、取って付けた動機も添えて。たかが男爵令嬢にそれらを払拭する術などなく、ほどなくして死罪となった。本当は流刑くらいに留めてやろうと思っていたのに、気がつけば兄や両親の力でこんな騒動になってしまっていた。悪いことをしたとは思わなかった。だって彼女が先に仕掛けてきたのだから。
そうやって殿下と私を遮るものはどんな手を使っても退けてきた。最後には侯爵令嬢にも手をかけた。自作自演で怪我をして、彼女に階段から突き落とされたと証言をした。私からすればたかが侯爵家、逆らうことなどできはしないだろうと思ってのことだった。しかし、そう上手くはいかなかった。私のしてきたことが全て露見したのだ。王太子殿下が水面下で手を進めてきた結果らしい。
私は否応なく牢にいれられた。罪状は次期国母となる侯爵令嬢への誹謗中傷及び殺害未遂、故に貴族牢ではなく一般のものたちが収容される汚らしい牢だった。殺害未遂をした記憶も心当たりもないが、男爵令嬢を無実の罪で裁いた私への当てつけに違いない。王太子殿下も手の込んだこと嫌がらせをするものだ。私はそんなことも知らなかったのだけれど。牢には家族郎党詰め込まれた。次期国母を害したのだ、公爵家といえど爵位の簒奪は免れなかった。
初めて両親に怒られた。殴られもした。父は私にことの重大さと行いの愚かさを諭し、母は育て方を間違えたと涙を流した。兄に至っては廃人のようにぶつぶつと壁に向かって話しかけていた。順調にいけば高位の官吏の席と公爵位を継げたはずなのだ、壊れてしまったのだろう。今まで私の思い通りの世界を作り上げてきてくれた人たちがこぞって破滅を迎える様子を呆然とした気持ちで見つめていた。
私の世界が静かな音を立てて崩れていった。目が覚めたというべきか。処刑を待つまでの期間、おかしくなってしまった家族を呆けて見つめていた。変わってしまった。穏やかな両親も優しい兄も、何もかも、私のせいで。大切な人たちに叱られて初めて己の過ちの大きさを知った。私の不遜にも王太子殿下を望んだ卑しさと他者を陥れることへの罪悪感の薄さ、民を寵愛し慈しむ心の無さ、他者からの真心に答えない徳の低さ、それら全てが招いた結果だった。殴られた頬よりも、してしまったことへの後悔とショックで胸がいっぱいだった。
ひとりずつ処刑台に連れていかれるのを夢でも見ているかのように見送った。心のどこかでこれは悪意ある嫌がらせで、自分は何も悪いことをしていないのだ。と思いたがっていたのかもしれない。しかし、そんな理不尽な逆転劇はおきるはずもなく、最後に私の番が来た。泣きわめいて抗ったきもするし、体力がもうなくてしなかった気もする。半ば引きずられるように牢から連行された。重罪人に貴族扱いなどするはずもなく、みすぼらしい服で己の犯した罪を振り返りながら時を待った。
処刑の時間が来た。民衆に避難され、石を投げられながら、惨めに断頭台に上がった。遠くに殿下とあの女が見えた。殿下は私を冷ややかな目で見つめていた。目が覚めた今ならわかる、いくらあしらっても付きまとう迷惑な女から解放されるのだ、あのような顔にもなるだろう。それに対してあの侯爵令嬢は祈りを捧げていた。自身の恋路を邪魔してきた女の処刑にも関わらず祈りを捧げていた。死後相手が安らかに眠れるように捧げる祈り。今から死を待つだけの私を挑発しているのか、なんて考えていると、父の叱咤が頭をよぎる。あの女が私たちの減刑を進言していた、と。頭がガンと殴られた気がした。彼女は己に害意を向けた人間に対しても、等しく慈愛の心を持っているのだ。あの祈りは挑発ではなく悔恨と祈願。私の蛮行を止められなかった後悔と処刑される私の安寧を祈りに乗せているのだ。そうか、これが彼女が【聖女】と呼ばれる所以なのか。それに比べて私はなんて自分勝手な人だったのだろうか。彼女には勝てない。そう思った。
首に刃が落ちるその時、私は思った。
―もし、もう一度やり直せるなら...
静かに目を閉じた。そして、リベリア・オルフィレガーは18年の生涯を閉じた。
はずだった。




