第9話:襲来! チビッコギャング団
「はーい、みなさん! 今日は『ひまわり保育園』の元気なお友達が遊びに来てくれましたよ〜!」
サクラちゃん先生の弾けた声と共に、ロビーに色とり返りのカラー帽子をかぶった園児たちが雪崩れ込んできた。
周りの年寄りどもは、孫……いや、ひ孫世代の襲来に「まぁ可愛いねぇ」「おいで、よしよし」と目を細め、一瞬でとろけきった顔になっている。
だが、俺――山中紫月(83歳・中身20歳)の警戒アンテナは最大出力で警戒信号を発していた。
(チッ……可愛いだけだと思うなよ。この中には確実に、大人の反応を見て楽しむ『天然物のクソガキ』が紛れ込んでるからな……!)
予感は的中した。
俺の歩行器の前にトコトコとやってきた、5歳くらいの鼻垂れ小僧(緑帽子)。名前はタケル。
こいつが、絵に描いたようなクソガキだった。
「ねえねえ、おじいちゃん。なんでお顔が梅干しみたいにシワシワなの〜?」
悪気のないフリをした直球のディス。
周囲のおじいちゃんたちは「あはは、上手いこと言うなぁ」なんて笑っているが、20歳の俺のプライドがピキッと鳴る。
さらにタケルは調子に乗り、俺の相棒(歩行器)のブレーキレバーをガチャガチャと弄び始めた。
「これ、カチカチして面白い! ロボットみたい! ねえ、動いてよ梅干しロボ!」
(おいおいおい、クソガキ。それは俺の生命線だぞ。外したら俺のL4・L5(腰椎)が自重で崩壊するんだよ。つーか『梅干しロボ』ってなんだよ、語路が悪すぎるだろ!)
極めつけは、タケルが俺の膝の上に乗せていた「大事な愛読書(ガジェット雑誌)」の上に、ベタベタの手で持っていた食べかけのハイチュウを『ペトッ』と貼り付けやがったことだ。
「これ、おじいちゃんにあげるー!」
周りの年寄りは「まぁ、優しい子だねぇ」
サクラちゃんも「タケルくん、仲良くできてエライね!」
(どこがエライんだよ!! 完全なる器物破損だろうが!! 堪忍袋の緒が切れたぜ……。
よし、保育園のルールと大人の社会の厳しさを、問題にならない範囲でこの俺が骨の髄まで叩き込んでやる……!!)
まずは挨拶代わりだ。
タケルが俺の顔を覗き込み、「ねえねえ、怒ってるの〜?」とニヤニヤしている。
俺は両手で顔を覆った。
「おや、タケルくん。おじいちゃんの顔が見えなくなっちゃったねぇ……」
老人の掠れ声で油断させる。
タケルは「なーんだ、いないいないばあか、子どもっぽいな」と完全に舐めきった態度。
(フッ……ただの『いないいないばあ』だと思うなよ。20歳の俺の顔面インナーマッスルと、映画の特殊メイクばりの緩急を見せてやる!)
「いなーい、いなーい……」
「ばあ(完全なるガチの変顔&現役のキラーアイ)!!!」
手の隙間から覗かせたのは、83歳のシワを最大限に歪ませ、20歳の狂気と殺意を宿した、ハリウッド映画の悪役顔負けの『ガチの怪物の形相』だ。
声を出さずに、目力だけでタケルの精神を削りに行く。
「……っ!?」
タケルはビクッと身体を震わせ、数歩後ずさりした。
あまりの恐怖に声も出ないらしい。
「あれ〜? タケルくん、どうしたのかねぇ? へへへ……」
俺が一瞬でいつもの「優しい梅干し顔」に戻ると、タケルは涙目で周囲を見回したが、大人は誰も気づいていない。
(どうだクソガキ、これがメンタル講習だ!)
続いて、全員で粘土遊びをする時間になった。
タケルは仕返しとばかりに、俺の目の前で粘土をこね、「へへーんだ、おじいちゃんの歩行器作って壊してやるー!」と、不格好な塊を机に叩きつけている。
(なるほど、クラフト戦を挑んでくるか。20歳の俺が、かつてプラモデルのガチ勢としてブイブイ言わせてた過去を知らないようだな)
俺は震える手(演技)で粘土の塊を手に取った。
指先はカサカサだが、粘土の水分のおかげで今回はグリップ力が抜群だ。
脳内の3Dプリンターを起動し、83歳の指先を極限まで精密に動かす。
こねて、伸ばして、爪先で細部を刻むこと3分。
「ほれ、タケルくん。おじいちゃんも作ってみたよ……」
俺が机の上に置いたのは、驚異の頭身と筋肉美を誇る、今にも動き出しそうな『超絶リアルなハイティーンのヒーローフィギュア(全高10cm)』だった。粘土の限界を超えた質感、服のしわ、尖った髪型まで完全再現。
タケルは自分が作った「ただの泥団子みたいな歩行器」と、俺の「超大作」を見比べ、愕然としていた。
「なにこれ……こんなの粘土じゃない……」
「ハハハ、ただの粘土細工じゃよ。タケルくんの感性も、あと30年くらい修行すればワシに追いつくかもしれんねぇ(※中身は20歳だけどな!)」
圧倒的な実力差を見せつけられ、クソガキのプライドは粉々に粉砕された。
イベント終了の時間が近づき、園児たちが帰る準備を始める。
完全に意気消沈し、俺に近づこうとしないタケル。
俺は歩行器をゆっくり進め、タケルの真横を通る瞬間、周囲に聞こえない超低音の「20歳のトーン」で耳元に囁いた。
「……おい、緑帽子」
タケルがビクッと肩を跳ね上げる。
「大人を舐めるなよ。お前が夜、好き嫌いしてピーマン残してるの、俺は全部知ってるからな。次ここに来るときまでに、ちゃんと野菜食えるようになっておけよ。……じゃないと、またあの『顔』になるからな」
タケルは恐怖で完全に硬直した。
「はーい! ひまわり組さん、バスに乗りますよ〜!」
サクラちゃん先生の声がかかる。
タケルは脱兎の如く走り出し、バスの窓から俺を怯えた目で見つめていた。
俺は車椅子用のスロープから、優しく手を振って見送ってやった。
「あら、シゲさん。タケルくん、最後はずいぶんシゲさんのことをリスペクト(?)した目で見てましたね! さすが子供に好かれるシゲさん!」
サクラちゃんが感心したように言った。
「いやぁねぇ、サクラちゃん先生。子供は国の宝じゃからな、ちょっとだけ『世の中のルール』を教えてあげたんじゃよ、へへへ」
隣で源さんが「わしには懐かなかったな……」と悔しそうにしているが、俺は心の中で勝利のポーズを決めていた。
(フッ……これでしばらく悠々園の平和は保たれるな。クソガキよ、20歳の壁は厚いぞ。まずはピーマンを克服してから出直してきな!)
肉体の限界を頭脳でカバーし、またひとつ園児相手に完全勝利を収めたシゲさん。
心地よい疲労感(とリアルな指の関節の痛み)を感じながら、今日のおやつ(プリン)を楽しみに待つのだった。




