第10話:降臨! 原宿の「シゲ先輩」
俺の部屋のデスクには、周囲のジジイどもには「ただの大きな箱」にしか見えないマイパソコン(Core i7、グラボ搭載の自作ガチ仕様)が鎮座している。
普段はここで、2026年現在の最新トレンド、バズっている動画、原宿のストリートファッションの動向を秒単位でインプットしている。情報摂取は完璧だ。
しかし――出す方が完全にゼロ。これが問題だった。
(クソッ! 画面の向こうではみんな20代の青春を謳歌してるってのに、俺は毎日83歳の皮を被って湯豆腐の温度について議論してるだけ! 限界だ! 俺の20歳ソウルが液晶画面の向こうへ行きたがってるんだよ!)
ある日の午後、部屋のゴミ回収に来たマブダチのサクラちゃん先生に、俺は20歳トーンの限界突破した目で詰め寄った。
「サクラちゃん、頼む。外に、シャバの空気に連れ出してくれ! 原宿に行きたい。今流行りのスポットを生で拝まないと、俺のソウルが干からびてガチで天に召される!」
「ええっ!? シゲさん、原宿!?」
サクラちゃんはひっくり返るほど驚いたが、俺のガチすぎる熱量に押され、「う、うーん、私の今度の休みに、地元の友達も呼んで車出すなら……車椅子持参で、絶対に無茶しないって約束ならいいですよ!」と男気を見せてくれた。
こうして、83歳の老人ホーム脱出計画(※合法的な外出)が始動した。
週末、竹下通り。
若者と熱気で溢れ返るその聖地に、俺――山中紫月(83歳・中身20歳)は降臨した。
服装は、先日サクラちゃんにネット通販で代行してもらった、オーバーサイズのストリート系パーカーにカーゴパンツ。
髪型は前回の「生まれたての小鳥」から少し伸びて、絶妙にエッジの効いたモード系おじいちゃんに仕上がっている。
「シゲさん、大丈夫? 人混み酔いしてない?」
心配するサクラちゃんと、その友達の女子大生・ミクちゃん。
「フッ、ナメるなよ。ここが俺の戦場だぜ」
車椅子からすっくと立ち上がった(腰に負担のないフォームで)俺は、まさに水を得た魚だった。
「おい見ろよミクちゃん、あそこのセレクトショップ、今SNSで一番アツいインディーズブランドだろ。ちょっと入ろうぜ。あと、あっちの最新ネオ和菓子スイーツ、動画で見たやつ! あれ並ぼう!」
「えっ、シゲさん詳しすぎ!? っていうか歩くの早っ!」
サクラちゃんたちが慌てて追ってくる。
20歳のマインドと最新のトレンド知識が、原宿の街と完全にシンクロしていた。
巨大な綿あめを片手に、ギャルピースでプリクラを撮り、若者のカルチャーをこれでもかと吸収する。
気分は完全に、サークルの女子後輩を連れて原宿をアテンドするイケてる先輩(20歳)だ。
「シゲ先輩マジで最高! 話めっちゃ合うし、そこらの男子よりトレンド分かってる!」
ミクちゃんも大爆笑で、俺たちは完全に「歳の離れたマブダチ3人組」として原宿を満喫した。
楽しさの絶頂は、夕方のストリート。
若者のダンサーたちが路上で最新の重低音ビートを鳴らし、サイファー(即興ダンス)をやっていた。
それを見た俺の20歳ソウルが、完全にリミッターを解除した。
(体が動くかじゃねえ、魂が踊ってるかどうかだろ……ッ!)
「ちょっとステップ刻んでくるわ」
「えっ、シゲさん!? 無理無理!!」
サクラちゃんたちの制止を振り切り、俺は輪の中心へ躍り出た。
もちろん、ガチのブレイクダンスをやったら骨盤が粉砕する。だから俺は、83歳の「可動域の狭さ」を逆手に取った、極限までコンパクトかつ、ビートに1ミリの狂いもない「超絶技巧のオールドスクール・ロボットダンス」を披露したのだ。
カクカク。ピタッ。スゥーッ。
時折混じる、現役マインドの鋭いストリートな視線。
ギャラリーの若者たちから地鳴りのような大歓声が上がった。
「うおぉぉ! あのジイさんヤバすぎる!!」「神ステップきたーー!!」
サクラちゃんとミクちゃんも「シゲ先輩ーーー!!」と叫びながら、スマホを掲げて動画を撮りまくっていた。
大満足で悠々園の我が家に戻った俺。
心地よい全身の筋肉痛(と、やっぱり悲鳴を上げているL4・L5)を感じながら、いつものようにマイパソコンを起動した。
SNSを開いた瞬間、俺の心臓は20歳のビートを飛び越えて止まりそうになった。
おすすめトレンド欄のトップ。
『【神回】原宿に現れたストリート系おじいちゃん(83)のステップがレベチすぎる件wwww』
動画の再生数はすでに200万回を超え、爆発的な勢いで拡散っていた。
画面の中では、オーバーサイズの服を着た俺が、キレッキレ(高齢者比)のロボットダンスを踊り、最後にカメラに向かって完璧なウィンクを決めている。
コメント欄は大盛り上がりだ。
『中身絶対20代だろこれw』『服のセンス良すぎ』『一緒のギャル2人も可愛い』
「……あ、詰んだ」
俺が冷や汗を流していると、廊下の向こうからドタドタと激しい足音が近づいてきた。
バンッ!!!
ドアが勢いよく開き、顔を真っ青にしたサクラちゃん先生が飛び込んできた。
その後ろには、スマホを片手にプルプルと震えている西田佳子(40歳)と、眼鏡の奥の目を光らせた園長先生の姿が。
「シ、シゲさん……! 動画、大変なことになってます……!」
さらに、ロビーの方からは、スマホ講座でタッチペンをマスターした源さん(85歳)の「おい! この画面に映ってるハイカラなジジイ、シゲじゃねえか!?」という大声が響き渡る。
(クソッ……ネットの拡散力をナメてたぜ……!)
園長先生の厳しい視線、西田佳子(40歳)の勝ち誇ったようなドヤ顔、そしてスマホ画面を突きつけてくる源さん(85歳)。部屋の空気は完全に、ネットでやらかしたインフルエンサーの謝罪会見のそれだった。
「山中さん、これは一体どういうことですか? サクラさんも一緒になって原宿でこんな……」
園長の低い声が響く。サクラちゃんは横で小さくなって消え入りそうだ。
(チッ……焦ったぜ。だが、落ち着け俺。悪いことをしたわけじゃない。人を殴ったわけでも、金を盗んだわけでもない。ただ、20歳のソウルが原宿のビートと共鳴して、神のステップを刻んじまっただけだろ?)
とはいえ、ここで「いやぁ、実は俺の中身、20歳のイケイケ大学生なんすよw」などと供述すれば、即座に精神科の精密検査か、オカルト研究家に引き渡されるのは目に見えている。
何より、明日からの快適な引きこもりライフ(ネットサーフィン三昧)が脅かされる。
俺――山中紫月(83歳)は、スッと心を無にした。
20歳の脳細胞を一時的にシャットダウンし、83年間の人生のすべてを懸けた「役者魂」を呼び覚ます。
今ここに、悠々園が誇る究極奥義が発動した。
「……んあ? え? えんじょーさん、なんじゃって? 遠くで蝉が鳴いとるんかねぇ?」
俺は目をトロンとさせ、口元をわずかに半開きにして、宙を見つめた。
「シゲさん! とぼけないでください! この動画、あなたでしょ! 画面を見て!」
西田がイライラしながらスマホを俺の目の前に突きつける。
「おぉ……西田さんか。なんだか今日のお顔は、一段とモザイクがかかったようにボヤけて見えんのう……。あぁ、目が、ワシの老眼がいよいよ限界じゃ。ところで、今日の晩御飯はサバの味噌煮かねぇ?」
「晩御飯の話なんてしてません! この原宿のロボットダンスですよ!!」
「ろぼっと……? ああ、知っとる知っとる。あの、お掃除してくれる丸いルンバっちゅーやつじゃな? ワシの部屋にも一台欲しいのぅ、へへへ……」
何を言われても、斜め上45度のご老人全開トークで切り返す。
耳は都合よくシャットアウト、目はすりガラス仕様、脳内メモリは「大正・昭和の思い出」に強制上書きだ。
「おい、シゲ! この隣に写ってる可愛いお姉ちゃんは誰なんだよ!」
源さんが野次馬根性で怒鳴り込んできたが、それに対しても、
「おぉ、源さん。お前さんの頭も、今日一段と光り輝いておるなぁ。眩しくて画面が見えんわい、へへへ……」
と、ナチュラルな悪口で一蹴した。
「……だめだわ、園長。完全に話が噛み合いません。撮影マジックか、他人の空似ですよ、これ」
西田が頭を抱えて諦めの溜め息をつく。
「うむ……山中さんの普段の様子からしても、こんなに激しく動けるはずがありませんからね……。サクラさん、あなたも人違いで変な動画に巻き込まれないように気をつけなさいよ」
「は、はい……すみませんでした……」
俯くサクラちゃんだったが、俺が園長の背後で、一瞬だけ片目をパチッとやって「現役のウインク」をキメてみせると、「ププッ……」と口元を押さえて肩を小刻みに震わせ始めた。
「これ以上は時間の無駄ですね。戻りましょう」
こうして、大人たちは「やっぱりただのボケたおじいちゃんか」と納得し、一人、また一人と呆れて部屋を出て行った。源さんも「チェッ、人違いかよ」とつまらなそうに去っていく。
カチャン。ドアが閉まり、廊下の足音が完全に遠のいた。
「……ふぅ」
俺はベッドの上で、大きく一つ溜め息をついた。
丸めていた背筋をピンと伸ばし、首を左右に回してコリをほぐす。首の関節が「ポキッ」と良い音を立てた。
「やれやれ。83歳の演技も楽じゃねえぜ。危うくリアルに心停止するところだった」
俺はデスクに向かい、マイパソコンの電源を入れた。
そして、周りの年寄りが見たら卒倒するような、重低音が頭の芯まで響くデカい密閉型のヘッドホンを装着する。
画面に映し出されるのは、相変わらずバズり続けている俺の「神ステップ」の動画。
再生数はさらに伸びているが、もうどうでもいい。
俺の正体は、誰も知らない「悠々園のシゲさん」のままだからだ。
ヘッドホンから流れる最新のクラブミュージックに頭を揺らしながら、俺は次のトレンド服をネットショップのカートに入れた。
(フッ……まぁ、たまには原宿のシャバの空気を吸うのも悪くねぇな。次はサクラちゃんに、どこかエモいカフェでも連れてってもらうとするか)
身体はヨボヨボ、気持ちと思考は20歳のまま。
明日からも、時計の針がゆっくりと優しく刻まれるこの『悠々園』で、山中紫月の誰も知らないハイカラで最高にスローな二度目の青春は、どこまでも続いていく。
「さてと……明日の朝飯のリクエストは、大人しくフレンチトーストにでもしておくかねぇ」
ヘッドホンの隙間から、20歳の不敵な笑みをこぼしながら、シゲさんは今夜もネットの海へとダイブするのだった。




