第6話:新たな敵! 冷徹な『西田佳子(40歳)』
ここ悠々園に、最近中途で入ってきた介護職、西田佳子(40歳)。
彼女はサクラちゃんのような愛嬌は一切ない。常に無表情で、淡々と職務をこなすマシーンのような女だ。
周りの年寄りどもは「西田さんは真面目で手際がいいねぇ」なんて感心しているが、俺――山中紫月(83歳・中身20歳)の目は誤魔化せない。
(チッ……あの女、目が完全に腐ってやがる。俺たちを人間じゃなくて『介護が必要なオブジェクト』として見てんな)
そう、西田は老人をあからさまに下に見ている。
例えば、耳の遠いトメさん(84歳)に書類のサインを求めるとき、見えない角度でフッと鼻で笑ったり、車椅子を押すときにわざと乱暴にブレーキをかけて首をガクッとさせたり。
どれも「老人の勘違い」で片付けられる、絶妙に陰湿な八つ当たりだ。
そして今日、ついに俺の目の前で一線を越えやがった。
食堂で、西田が源さん(85歳)の前にスープのトレイを置くとき、わざと指先を滑らせてスープを数滴、源さんのズボンにこぼしたのだ。
「あ、すみません」と棒読みで謝る西田の口元が、わずかに歪む。源さんは気づかず「いいよいいよ」と笑っている。
(……おいおい、おばさん。20歳の俺の前で、そんなダサいイジメが通じると思ってんのか? 老人は騙せても、現役マインドの俺の目は欺けねえぞ。バレないように仕返し(レスポンチ)してやるから覚悟しな)
身体は83歳、頭脳は20歳。シゲさんの「ステルス反撃」が始まった。
その日の午後、西田がタブレット端末で入居者の体調管理データを入力していた。
真面目に仕事をしている風だが、画面を覗き込むと、業務の合間にこっそり美容系の通販サイトをチェックしている。
俺は歩行器をカタカタと鳴らしながら、わざとらしく西田の後ろを通りかかった。
「おや、西田さん。熱心にお仕事かねぇ……ゲホッ、ゴホッ!」
おじいちゃん特有の激しい咳き込みを演じながら、よろめいたフリをして、西田の手元に手を伸ばす。 目指すはタブレットの画面。
先日のスマホ講座で、俺の指先が「極度の乾燥肌」であることは証明済みだ。
だが、今回はそれを逆手に取る。
カサカサの指先で、画面の「注文を確定する」ボタンの絶妙に隣にある『定期購入(縛りあり)に切り替える』チェックボックスを、通りすがりざまにカツッと掠め取った。
乾燥した指の摩擦が、奇跡的に一度だけスマートに感知する。
「あ、すまんねぇ、ちょっと足元がふらついて……」
「……気をつけてください(チッ)」
西田はイラつきながら画面を戻したが、自分が「毎月高級美容液が届く呪い」にかかったことにはまだ気づいていない。
夕方、ロビーのソファで西田が休憩していた。
手元の個人スマホで、熱心に裏アカウントとおぼしきSNSに愚痴を書き込んでいるのが見えた。
画面の反射を盗み見ると、そこにはこうあった。
『まじ悠々園のジジババ老害すぎて無理www はよ〇ねばいいのにwww』
(ほーん、なるほどね。40歳にもなってネットリテラシー皆無かよ。鍵もかけずにその投稿はリスク高すぎだろ、おばさん)
俺は懐から、サクラちゃんに教えてもらった設定済みのマイ・スマートフォンを取り出した。
もちろん、指では反応しないので、胸ポケットから源さんから強奪した「タッチペン」をスマートに抜く。
俺は西田のアカウント名(@nico_nico_40)を爆速で検索。
そして、20歳の情報処理能力をフル活用し、彼女が以前アップしていた「園の休憩室の窓から見える景色」の画像と、今日の愚痴のタイムラインをスクリーンショットで保存。
そのまま、園長が毎晩チェックしているという『悠々園・公式ご意見ボックス(匿名メール宛)』に、以下の文面を添えてデータを転送した。
『近隣住民の者ですが、貴園の職員と思われる方が不適切な投稿をされています。地域の信頼に関わるかと存じますので、ご指導のほどよろしくお願いいたします』
現役大学生ばりの、完璧な「大人の告発文」である。
翌朝。
朝礼のとき、西田はいつも以上に顔を青ざめさせていた。
どうやら園長室に呼び出され、みっちり「SNSの利用規約と職員の品格について」の説教を食らったらしい。スマホを持つ手が心なしか震えている。
さらに追い打ちをかけるように、彼女のスマホに「定期購入の発送完了メール」が届いたようで、西田は「えっ、嘘、なんで……!?」と頭を抱えていた。
「あら、西田さん、顔色が悪いわねぇ。大丈夫?」
ヨシエさんが心配そうに声をかける。
西田は「大丈夫です……」と蚊の鳴くような声で答え、憑き物が落ちたように、大人しく事務作業に戻っていった。
もう老人たちを小馬鹿にする余裕など微塵もない。
それを見た俺は、トメさんからもらった「のど飴」を口に放り込み、隣の源さんにニヤリと笑いかけた。
「源さん、今日の空気は一段と美味いねぇ」
「そうかね? わしは花粉が気になるがのぉ」
源さんは何も知らずに鼻をすすっている。
西田も、まさか車椅子の一歩手前のジジイに、裏で完璧にデジタルハッキング(物理含む)されていたとは夢にも思うまい。
(フッ……ナメるなよ。身体はヨボヨボでも、俺の脳内は常に最新のサイバー戦に対応してるんだよ。悠々園の平和は、この俺が裏から守ってやるぜ)
老人の皮を被った20歳のダークヒーロー・シゲさん。
今日も園内の秩序を影から支配し、優雅に温かいお茶をすするのだった。




